第243話 焦燥
「エドマンドさんっ!!」
岩槍に腹を貫かれ崩れ落ちるエドマンドさんに駆け寄ろうとするも、灰色ローブの男が俺の前に立ちふさがった。
「どけぇっ!」
「ふっ!」
横薙ぎに振るった火龍の聖剣が、魔力を纏った右拳の振り打ちで弾かれる。続けて放たれた左拳の上げ突きを、俺は辛うじて盾で受け止めるも、衝撃で怯んだ俺に灰色ローブの男は追撃の右上段蹴りを繰り出した。
「くっ!」
咄嗟に盾でガードするが、魔力を纏った右脚の威力をおさえられず、数歩後ずさってしまう。
「行かせると思うか? 神の使い、アルフレッド・ウェイクリング」
灰色ローブの長身巨躯の男が、鋭い鉤爪のついた手甲を前に突き出してニヤリと嗤う。一般的に線の細いエルフ族とは思えないほど、その体躯は逞しく、顔つきは近寄りがたいほどに厳めしい。
「今の技……【拳闘士】か」
俺の剣を弾いたスキルは、おそらく【剛拳】。まさか魔力に秀でる魔人族が、近接戦闘職のスキルを使って来るとは思っていなかったため反応が遅れてしまった。
「いかにも。我が名はロッシュ・グラトニー。闘技場以来だな、神の使いよ」
「あの時いたヤツか……」
逆光でよく見えなかったが、闘技場で鐘塔の上から見下ろしていた4人の人影のうち一人らしい。一際大きい人影があったが、こいつか……だが、拳闘士の加護持ち?
エドマンドさんの腹に突き刺さっているのは【岩槍】だ。岩槍は【魔術師】の上位の加護である【魔道士】が使える魔法だったはず。ということは……
「チェスターで戦ったアイツと同じく、複数の加護を持っているということか」
「ふっ。ヤツは主より授かった力に溺れ、技の研鑽を怠った愚か者だ。同じようにいくとは思わぬことだ」
技の研鑽……スキルの熟練度のことか。確かにチェスターで戦った火魔法を操る魔人族は、癒者の加護も持っていたようだが、上手く使いこなせないとか言っていたな……。
なんにせよ、あの時だって不意打ちで毒殺して、なんとか勝つことが出来たんだ。俺だってその後に腕を上げたつもりだが、楽に勝たせてもらえるとは思っていない。
「さて、闘りあおうか、神の使いよ!」
「くっ!」
低い姿勢で突っこんで来たロッシュが掬い上げるように右拳を突き上げる。俺は反射的に盾で拳を受け止めつつ飛び退り、【剛拳】の衝撃を逃がした。
「【風刃】!」
「【岩壁】!」
着地と同時に魔法を放つも、地面から突き出た長方形の岩壁に阻まれる。ちっ、中級の魔法だと言うのに出が早い!
くそっ! エドマンドさんの腹を貫いた岩槍はどう考えても致命傷だ。早急に治癒しないと命にかかわるというのに、近寄らせてもらえない!!
「どきなさいっ! 【氷矢】!」
「【岩弾】!」
俺の後ろからジェシーの放った氷矢が飛来する。しかしロッシュはいとも簡単に岩弾で相殺してしまう。だが、ジェシーの不意打ちのおかげで、ロッシュの意識が俺から逸れた。
「【治癒……」
「させぬわっっ!!」
その隙に回復魔法を飛ばそうとすると、ロッシュが怒号を上げる。魔物の咆哮を思わせる怒声に身が竦み、身体が硬直してしまう。
しまった……【威圧】か!? 拳士の加護持ちだというなら、最も警戒すべきスキルだったというのに!
「【岩槍】!」
「きゃあっ!!」
ロッシュが狙ったのは俺ではなく、後方にいたジェシーだった。ロッシュの威圧に抵抗できず、身を竦ませたジェシーに向かって飛んだ岩槍が、肩に突き刺さる。
「ジェシー!」
「よそ見をする余裕があるのか!?」
「ちっ!」
ロッシュが一瞬で詰め寄り、右拳の中段突き、左拳の上げ突き、右上段蹴りと流れるような連撃を放つ。
拳士のスキルは一撃一撃が重く、受け止めると衝撃で体勢を崩されてしまう。俺は、右拳を盾で弾き、左拳を剣で払い、蹴りを飛び退って躱す。
捌ききったものの再び後方に下がることを余儀なくされ、倒れ伏すエドマンドさんから、さらに離されてしまう。
「ジェシーは任せて! アルは魔人族に集中してっ!」
「っ! 任せた!」
振り返らずにアスカの声に応える。アスカの回復薬があればジェシーは大丈夫だ。早くエドマンドさんを助けなければ!
アスカの回復薬は効果も高く、ストックが切れない限り使い続けられるという利点がある。だが回復魔法とは違い至近距離でないと使えないという欠点がある。
俺の回復魔法ならここからでも届くだろうが、攻撃魔法に比べて詠唱が長く出が遅い。さっきのようにロッシュに阻まれてしまう可能性が高いだろう。
【照明】で目眩ましを狙い、その隙に回復魔法を飛ばすか……? いや、アスカが放った『フラッシュ・バン』はロッシュに通用しなかった。むしろあれに乗じて、エドマンドさんに【岩槍】を食らわせたのだろう。
ロッシュは闘技場にいたのだから、アスカが不死の合成獣との戦いで繰り返しフラッシュ・バンを使う姿を目にしている。目眩ましは対策されていると考えた方が良い。
なら、どうする? 応急処置として回復薬をエドマンドさんにぶっかけたいところだが、そう簡単には近づかせてもらえない。かと言って回復魔法は詠唱を潰されてしまう。
くそっ、仲間に癒者がいさえすれば……。一刻も早く重傷を負ったエドマンドさんを回復しなければならないと言うのに!
「『天龍薬』!」
アスカの声と共に、後方から青緑の光が広がっていく。そうか、聖者の祈りに似た効果のある天龍薬だ! 広範囲に回復効果のあるこの薬なら!
「ふんっ!」
「ぐあぁっ!!」
だが、天龍薬の光がエドマンドさんに届くと思ったその刹那、ロッシュはエドマンドさんを後方に蹴り飛ばした。青緑色の光が俺の身体を包みこむが、重傷を負うエドマンドさんには届かない。
「きさまっ!」
「そうだっ! 全力でかかって来い、神の使い! よそ見をしている暇など無いぞっ!」
くそっ、まずはこいつを片付ける! エドマンドさんの治癒はロッシュを倒した後だ! 持ってくれよ……エドマンドさんっ!
「はあぁっ!」
「【爪撃】!」
振り下ろした火龍の聖剣がロッシュの爪に弾かれ、お返しとばかりに放たれた右上段蹴りを盾ではじき返す。
「ハアッハッハッー!! これだ! これを待っていた! 血沸く命のやり取りっ! 楽しいぞっ、神の使い!!」
「黙れぇっ!!!」
火龍の聖剣を左右上下から振るうも、その全てがロッシュの鉤爪に弾かれる。逆にロッシュの拳と蹴りは鋭さを増し、俺の頬を削り、脇腹を抉っていく。
「【剛脚】!」
「ぐぉっ!!」
左右の振り打ちに盾と剣を弾かれ、がら空きになった腹にロッシュの前蹴りが叩き込まれる。イレーネが鍛えてくれた地竜の鱗鎧が、その威力を減じてはくれたが、肋骨が軋むように痛み、呼吸が荒れる。
「はぁっ、はぁっ!」
くそっ、くそっ!!! 俺の剣が届かないっ!
こうしている間にも、エドマンドさんの命が削られていくというのに!
「アルーーッ!! 落・ち・着・き・な・さ・い!!!」
アスカの大声と共に、俺の身体が白色の光に包まれる。この光は回復薬……じゃなくて万能薬?
「よく見てっ!」
えっ……? エドマンドさんが担がれている……あれは……ゼノ!?
「さっきの天龍薬で治したかったのはゼノ! エドマンドさんはもう大丈夫!」
「いつの間に……」
「アルは魔人族に集中っ! 何のために闘技場で修業したと思ってんの!! あたしの騎士が、魔人族なんかに負けるわけない!」
アスカの叱責の声が心地よく耳に入って来る。
ロッシュから感じる威圧感は強烈だ。だが闘技場で対峙した時ほど絶望的な状況じゃない。アスカの言うようにロッシュに集中すれば、苦戦すれど全く敵わないと言うほどでは無いと思えてくる。
…………どうやら、冷静さを欠いていたみたいだ。




