第239話 伏兵
「ガアァァッツ!!」
「うっひぃ!! 【大鉄壁】!」
ウェッジが金竜の【咬刃】を魔力盾で受け止める。情けない声を上げるものの、さすがは騎士団の精鋭だ。
金竜は既に満身創痍。エドマンドさんとウェッジが全ての攻撃を捌き、四方八方から槌やらスキルやらを叩き込まれているのだ。むしろ、よくもまあ未だに戦っていられるものだと感心してしまう。
「グルルルゥッ……」
「させるかっ!【影縫】!」
身を屈めてブレスを発動しようとした金竜に投げナイフを飛ばす。ビクッと巨体を硬直させた金竜に、すかさずアリスが突っこんでいく。
「くらうのです!」
跳躍の勢いそのままに振り下ろした戦槌で金竜の頭が地に叩きつけられ、洞窟の固い地盤に蜘蛛の巣の様なひび割れが走った。
「トドメだっ! 【剛・魔力撃】!」
盾役に徹していたエドマンドさんがアリスに続いて飛び出し、剛剣を振るう。渾身の魔力が込められた剣は、皆の攻撃で鱗が剥がれ落ちた首元を深々と切り裂いた。暗紅色の血飛沫が舞い、金竜の四肢と尻尾が力なく地に沈む。
「いやったー!!!」
「Aランク撃破ぁっ!」
メルヒとクラーラが抱き合い、ウェッジとビッグスが拳をぶつけ合う。アスカとアリスが満面の笑みを浮かべて駈け寄って来た。
「お疲れさん」
「やったのです!!」
「楽勝だったね!」
「元A級決闘士のエドマンドさんと騎士団の精鋭達がいて、アリスにダミー達もいたからな。やっぱり仲間がいるってのは心強いな」
「そだねー! アリスもすごかったね! 最後の一撃、かっこよかったー!」
「えへへ。アルさんの強化魔法のおかげなのです」
「うんうん。8人もいたのに強化を切らさなかったもんね! アルもかっこよかったよ!」
「えっ? あ、ありがとう」
おっと。窘められると思ってたけど、意外にも褒められた。魔力回復薬の使い過ぎで小言を喰らうと思ってたのに。
「無駄打ちも多かったけどね」
そう言ってニヤっと笑うアスカ。あ、はい。そうですよね。
盾役ならそれなりに上手くこなせる自信があるけど魔法はなぁ。まだまだ修練が必要だ。せっかく他種の加護を持っているんだから、前衛も後衛もこなせないとな……。
「アルフレッド、あれが目的地か?」
「ええ、そのようですね」
エドマンドさんが、地に伏す金竜の向こうにある人工物を指さした。先端が尖った四角錘状の巨石建造物。あれは間違いなく目的地の神殿だ。
「よし、ここは金竜の縄張りだったから、しばらくは地竜も寄ってこないだろう。一休みしてから、神殿に向かおうか」
「さんせー! お腹すいたー! みんなー、軽食とろー!」
そう言ってアスカは金竜の死骸を収納し、焼きたてのパンを詰め込んだバスケットを取り出す。片手ですぐに食べられるように、パンには茹でたソーセージや焙った干し肉が挟んである。ダンジョンの中で作り立ての温かい食事が食べられるんだから、アスカのスキルには本当に感謝しかない。
皆が食事を取ろうとテーブルの周りに腰を下ろすが、なぜかダミーだけは座らずに、不安そうな表情で辺りを見回していた。
「どうした、ダミー? 近くに魔物はいないだろ? ダミーも軽く食べておけよ」
「兄貴、やっぱり、なんか変じゃないか? 匂いと音が……」
そう言えば、さっきもそんな事を言ってたな。神殿に近づいたから感覚が狂ったのかと思っていたけど、ダミーの思い過ごしってわけでも無いのか……?
「んー、俺にはわからないな。離れたところに地竜が何頭かいるのはわかるけど……。あとは、さっきも言った、魔素が濃くなった…………?」
そこまで言ってようやく、俺もダミーの言う違和感に気付いた。
さっきダミーは『匂いを嗅ぎ取れなかったり、音が聞こえなかったりする所がある』と言っていた。そう、匂いや音が無い『場所』があると。
俺の【警戒】は、ダミーほどには細かい匂いや音まで把握は出来ない。俺の五感が拾える音や匂い、風の流れなどから、周囲の気配や敵意を感じ取っているからだ。
だが魔力の流れや魔素の濃淡を感じ取る事だけは、獣人のダミーよりも秀でている。その感覚が、頭の中で警鐘を鳴らしている。
魔素が無い『場所』がある。俺達の周辺に、魔力や魔素を感じ取れない、空白があると。
「そっ、総員、戦闘準備! アスカとジェシーを中心に円陣を組めっ!!」
「えっ?」
「はっ、はいっ!」
「おっ、おう!!」
俺の叫び声に反応し、皆がパンを放り投げて、アスカとジェシーを中心に円陣を組んだ。
「どうしたっ!? 敵襲か?」
「どこだ!?」
「地竜!? そんな気配はしないけど……」
そうだ。ダミーに言われた時に、なんで気付かなかったんだ。
音も匂いも、魔素も……人の身体から漏れ出る微細な魔力すらも覆い隠すスキルを、俺は知っているじゃないか! 近くにいたはずの集団に全く気付かなかったことが、あったじゃないか!
「姿を現せ! お前たちがそこにいることはわかっている!!」
俺の声が洞窟の岩や地面に反響し、暗闇に吸い込まれていった。辺りは変わらず、空気が流れるごく小さな風の音と、すこし離れた場所にいる地竜の息づかいや足音しか聞こえない。
だが次の瞬間、俺達の周りを取り囲むように、次々と【照明】の灯かりが浮かび上がった。等間隔に浮かんだ照明が、鏃と短杖を俺達に向けて構える部隊を照らし出す。
「なっ!」
「いつに間に!?」
エドマンドさんが驚きの声を上げる。
違う……『いつの間に』なんかじゃない。こいつらは、ずっとここに隠れて見ていたんだ。息を潜め、獲物が罠にかかるのを……。レリダで、支援要請の合図が上がるのを待っていた時のように。
「ははっ。すげえじゃねえか。よく気付いたな」
「ゼノ……!!」
「荒野の旅団!?」
俺達を取り囲む傭兵部隊から、一人の男が歩み寄って来た。顔つきは獣のように彫が深く、ふさふさとした体毛が手の平や顔以外を覆った獣人族の男。傭兵団『荒野の旅団』、旅団長のゼノだ。
「……レグラムに向かったんじゃなかったのか、ゼノ?」
「ああ、大半はな。ここにいるのはウチの主力部隊だ」
ジオット族長から報酬を受け取った後、荒野の旅団は次の戦場に向かったと聞いていた。まさか、こんな所に隠れていたなんて……。
「ちょいと頼みがあってよ。貸し、一つあったろ?」
ゼノは普段と変わらず、軽妙洒脱な振る舞いそのままに、笑顔を浮かべてそう言った。
「取り囲んで武器を向けておいて、何の頼みがあるっていうんだ?」
「そう殺気を向けないでくれよ。あんた達にとっても、そう悪い話じゃ無いぜ?」
5,6人編成の班が、ざっと20ってところか。班ごとに【暗殺者】の加護持ちを配置して、部隊ごと姿を隠していたのか。各班ごとに短杖と弓を構えたヤツが数人ずついて……残りは近接戦闘職かな……?
これは、まともに戦っても勝ち目はないな。弓と魔法を雨のように浴びせられて全滅……。
俺とエドマンドさん、ウェッジの3人で【鉄壁】を張り続けて、薬が切れるまでアスカに魔力を回復し続けてもらえばあるいは……さすがに多勢に無勢か……。いや……他にも方法は……
……とりあえずは、話を聞いてみるか。
「………聞こう」
「よし。まず言っておくが、俺達はお前らの作戦行動を邪魔するつもりは無い。集団暴走の原因究明。もしいたら魔人族の殲滅だろ?」
……ゼノ達が魔人族の手先だとか、操られてる、もしくは化けてるってわけじゃないのか?
「それで? 頼みってのはなんだ?」
俺はゼノの問いには答えずに、話の続きを促す。
「っだよ、せっかちだな。こっちはずっとここで待ち伏せしてたってのに。ちっとは会話を楽しもうぜ?」
「…………」
「はいはい、わかったよ。頼みってのはな……」
ゼノは顔をわずかに歪め、苦笑いを浮かべる。まるで言いたくないことを、無理に言わされているかのように。
「ガリシア族長の娘、アリス・ガリシアの引き渡しだ」
「えっ?」
思わぬゼノのセリフに、俺とアリスの口から、場にそぐわない素っ頓狂な声が出た。




