第221話 ブートキャンプver.4
「へっへーっ、お前の母ちゃんゴブリンっすー!!」
「グルオォォォッ!!」
気の抜けるセリフと共に【挑発】を発動したウェッジに、引き付けられた地竜が突進する。涎をたらしながら牙をむき出して迫る地竜は、さながら土石流のようだ。
「うへぇっ、【大鉄壁】っす!」
「今! ジェシー、ビッグス!!」
「おうよっ! 【エレメントショット】!!」
「【裂・風刃】!!」
「グギャアァァァッ!」
ウェッジに突進を抑え込まれ、勢いの止まった地竜にジェシーとビッグスのスキルが殺到する。耐久力・魔法抵抗ともに高い地竜だが、風の属性を持つ攻撃にはその本領が発揮できない。地竜の顔面に刃の斬り傷が深々と刻まれ、喉元に矢が突き刺さる。
「エドッ! ヘイト稼いで!」
「承知! 【盾撃】!」
激昂した地竜がジェシーに突進しようとしたところを、エドマンドさんがカイト型の盾で殴りつけて向きをずらす。さすがは騎士団の大隊長だけあって、安定した立ち回りだ。
「おーい、お替り連れて来たぞー!」
「ひいぃっ! まだこっちは片付いて無いっすよー!!」
「おいおいっ! 2頭同時なんて聞いてないぞっ!」
「なーに言ってんの! レリダには地竜とか軍蟻とかがウジャウジャいるんでしょ!? 同時戦闘なんて当たり前でしょうがっ!」
「ははっ! アスカ殿は手厳しいな!」
ウェッジとビッグスが悲鳴を上げ、エドマンドさんが苦笑いする。
「ウェッジ、エドとチェンジ! エドっ、ご新規さんを歓迎して! ビッグス、エレメントショットは溜めてからだよ! ジェシーはウェッジの方をフォローして! さっきの【風刃】良かったよ! その調子で!」
「お、おうっ!」
「うっはー、キツイっす―!!」
「了解!」
盾役のウェッジが1頭目の前で【挑発】を放ち、補助盾のエドマンドさんが2頭目の前に立ちふさがる。ビッグスはエドマンドさんの、ジェシーはウェッジのフォローに回って攻撃を開始した。
「アルー、もう1頭連れてきて。ここに連れて来たら、避け盾の練習ね!」
「あいよ」
「ひいぃぃっ!? 3頭同時はムリっすよー!?」
「急いでねー、アルー!」
「き、聞いてくれっすー!!」
「アスカが聞いてくれるわけないでしょ! とっとと1頭目を倒すわよ!」
「ひどいっすー!!」
エドマンドさん達と地竜の洞窟に潜るようになってから今日で3日目。エドマンドさん達もアスカのブートキャンプにだいぶ慣れてきたようだ。諦めたともいう。
さすがは王家騎士団の精鋭だけあって、エドマンドさん達は初日から地竜を安定して倒すことが出来ていた。エドマンドさんとウェッジが前衛、ビッグスとジェシーが後衛を担当し、素晴らしい連携を見せてくれたのだが……そこで満足しないのがアスカ品質だ。
1頭を安定して狩れるなら、連戦を。連戦も問題ないなら、間隔を短く。それも問題ないなら、2頭同時戦闘を……と、どんどんハードルが上がり続けて今に至る。
的確な指示が出せて、ダメージを受けたら即座に回復してくれる。さらに戦力のギリギリを狙いすました連戦を見事にコントロールする手腕によって、メキメキとレベルを上げていったエドマンドさん達はアスカに信頼を寄せるようになった。
俺はと言えば、エドマンドさん達が戦ってる間に次の地竜を連れてきたり、暗殺者のスキル【暗歩】で回避盾の練習をしたり、【影縫】で戦闘をフォローしつつ、熟練度稼ぎをしているくらいだ。
おかげさまで、そろそろ【暗殺者】の加護レベルも上がりそうだ。攻撃にはほぼ参加していないので、無駄なレベル上げも避けられている。他の素材を譲る代わりに、地竜肉と魔石は全て俺達の物にしてくれているので、稼ぎ的にもほくほくな状況だ。
あ、俺がパーティリーダーとか、そんな話もあったね。そんなの、初日からアスカがしっかり務めてくれてるよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うっま!」
地竜肉を挟んだパンにかじりつき、ビッグスが感嘆の声を上げた。
「でっしょー? アスカちゃん特製、地竜肉のローストサンド!」
「何がアスカちゃん特製だ。作ったのは俺だろうが」
「なによー。決め手のローズマリーとタイムのミックスハーブソルトはあたしが作ったじゃん」
「乾燥ハーブと塩を混ぜただけじゃねえか。しかも俺の指示で」
「細かい男ね」
「うっせ」
騎士団の面々は全く料理が出来なかったから、料理は俺とアスカが全面的に請け負ってる。ダミー達と一緒にいた時は20人分以上の料理を作ってたから、このぐらいの手間はなんでも無いけどね。
「野営でこんなに美味しい物が食べれるなんてな……」
「薪ストーブがあるから家と同じ料理が作れますから」
「最高っす! スープも美味しいっす!」
「でしょでしょ!? そっちはあたしが作ったんだよ!」
「絶品っす! アスカにお嫁に来て欲しいぐらいっす!」
「あ、それはムリ」
「ひどいっす!!」
ウェッジの叫びに笑いが巻き起こる。ここ数日でずいぶんと馴染んだもんだ。
アスカにいたってはエドマンドさんを、エド呼ばわりだもんな……。エドマンドさんはイーグルトン子爵家の次男で、親衛隊の隊長に就任すれば伯爵相当の権力を有することになるって言ってるのに、気にもしない。
あ、でも、よく考えれば決闘士のルトガーもラングリッジ子爵の弟だったっけ。俺も人のことを言えないか。
「でも、この地竜肉ってよぉ。美味いんだけど……」
「滾るんすよねぇー」
ビッグスとウエッジが顔を見合わせて溜息を吐く。
そうなんだよな。地竜肉を食べると生物としての衝動が高まってきて、身体の一部分に血が滾ってくるんだよなぁ……。従軍中に食べたら闘争本能を刺激して戦果が上がりそうではあるけど、同時に性犯罪も横行しそうだ。
「ぜったい私のテントに近寄らないでよ」
「行かねえよ」
「こっちにも選ぶ権利があるっす」
「なんですって!? 私だってあんた達なんて願い下げよ! あ、エドマンドさんとアル君なら大歓迎よ?」
「結構だ」
「間に合ってます」
「ぐっ。ちょっとは考えなさいよ!」
ジェシーが笑いながら、そう言った。冗談めかして言ってはいるが、半分本気っぽいから怖い。エドマンドさん、ちゃんと相手してくださいね? あなたの部下でしょ?
「で、アルフレッドさん、明日以降はどうします?」
「地竜の洞窟に潜るのは明日で最後にしましょう。明後日は難民キャンプに移動して、明々後日は作戦会議に出席ですね」
「明日はアスカちゃん式ブートキャンプ最終日ね。頑張っていこー!」
「お手柔らかに頼むっす」
「アスカにそんなの期待しても無駄よ」
「3頭同時戦闘からの、連戦かなぁ。でもエドとウェッジの挑発、ビッグスのエレメントショットとジェシーの風刃の熟練度を少しでも上げときたいし……奥まで行ってダンジョンボスのエルダードラゴンで……」
アスカが不穏なセリフをぶつぶつと呟き、ジェシー達が顔を引き攣らせた。うんうん。ジェシー、よく分かってきたじゃないか。こういう時のアスカには何を言っても無駄なんだ。
「……風呂も用意してるのでジェシーとアスカからどうぞ。今日も見張りはエースがしてくれるから、明日に疲れを残さないように今日はとっとと休みましょう」
「ヒヒーン!」
任せておけと言うようにエースが嘶いた。
「ほんと、至れり尽くせりね……」
ほんとだよね。俺は便利さに慣れちゃったから、アスカのいない旅なんて考えられないもんなぁ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん……」
物音が聞こえた気がして、ふと真夜中に目が覚めてしまった。隣には半裸のアスカが横になっている。
「おっと……地竜肉ってのはこれだから……」
なるべく音や声が漏れないようにアスカと静かな野戦を行ったわけだが、ひと眠りしたら俺の聖剣は輝きを取り戻してしまったようだ。適度に発散させてもらえる俺でもこれだからウェッジたちがぼやいてしまうのもよくわかるってもんだ。
「こんな夜中に誰だってんだ」
俺とアスカ、男性陣、ジェシーの計3張りのテントを向かい合わせて設置し、その中央でエースが見張りをしているのだが……そのすぐ側に人の気配がある。エースが騒いでいないし、敵意も感じられないが……。
枕元に置いていた火龍の聖剣を掴み取り、頭を振って眠気を払う。何があってもすぐに対応できるように剣を抜いてテントから出ると、そこにいたのは思いがけない人物だった。
「あ、アルさん。起こしてしまったのです?」
真夜中の来訪者は、ガリシア氏族の長女、アリス・ガリシアだった。




