第209話 ランメル鉱山
「【牙突】!」
「いいぞ、メルヒ! おっ、右側の坑道から魔物が近づいて来てる! クラーラ!」
「りょーかいっ! 【威圧】!」
翌日、俺達は予定通りランメル鉱山に狩場を移し、その上層に潜っていた。
ランメル鉱山は上層、中層、下層の三層に別れていて、深く潜れば潜るほど凶悪な魔物が出現する。下層には討伐難易度で地竜に並ぶ魔物すら現れるそうだ。
そのため冒険者ギルドは、ランクごとに推奨階層を設定し冒険者の損耗を防いでいる。上層はEランク以上、中層はD以上、下層はBランク以上推奨となっていて、Fランク以上にならないと立ち入りも許可されない。
ダミー達は俺達と出会う前に冒険者登録をしていたが、魔石納品や依頼をこなしたことが無かったから、未だ最下級のGランクだ。そのため、彼らはかなり強くはなったけれど、ランメル鉱山への立ち入りは認められなかった。
だが、俺が同行するなら話は別だ。パーティで攻略する場合は、パーティランクで立ち入り可否が判断される。メンバーの個人ランクの平均がパーティランクとなるため、Cランクの俺とGランク3人でパーティを組んだ場合はランクFとなる。ぎりぎり攻略が認められたのだ。
そして実際に潜ったところ、ダミー達は上層に出る魔物達をいとも簡単に蹴散らせて見せた。俺は同行するだけで一切手を出していない。おそらく中層までなら余裕で攻略して見せるだろう。
とりあえずダミー達の今日の目標は、上層の魔物肉と魔石を納品してFランクに上がることだ。
地竜の洞窟の仕上げに狩った地竜の肉や魔石を納品していればランクを一気に上げることも出来たんだけど、彼らは『荷物持ち』をさせてもらってたのだからと言って分け前を一切受け取らなかったのだ。受け取ったのは彼らと10人の子供たちの食事だけだ。
『強盗の罰』として同行しているから、報酬を受け取るわけにはいかないと思ったのだろう。自分たちの行いを心から後悔しているようだったので、俺も押し付けることはしなかった。まあ冒険者ランクは彼ら自身の力で上げられるだろうし。
「兄貴、そろそろ撤退するわ。これ以上荷物が増えると運べない」
「そうか、お疲れ。拠点に戻るまでが探索だ。油断するなよ?」
「はいっ!」
「当然っ!」
今日、ダミー達が狩った魔物はマッドヴァイパー2体、ケイブリザード2体、そしてオーク4体だ。狩ったその場で解体を済ませ、最も需要のある肉と魔石のみを回収し、他の素材はほとんど破棄していた。
それでも3人の背負子にはぎっしりと肉が積まれていて、見るからに重そうだ。アスカのアイテムボックスの有用さが身にしみてわかった事だろう。
俺はいつもアスカ頼りだから、荷物運搬に関しては何のアドバイスも出来ないんだよなぁ……。なんたって俺は冒険者になってから剣と革鎧より重い物を持ったことが無いからね。どこのお嬢様だって話だ。
「じゃあ、俺たちはもう少し潜るから、ここでお別れだな」
ダミー達に終日同行するつもりだったが、安定して攻略していたので別行動をとることにした。撤退に失敗することは無いだろうし、今日の戦果だけでFランクに上がることは確実だろう。もう俺たちのサポートは必要ないはずだ。
「あ、ありがとうございました!」
「兄貴たちも、気をつけてな!」
手をぶんぶんと振ったり、ペコペコと頭を下げたり、名残惜しそうに何度も振り返ったり……と三者三様の姿で立ち去るダミー達を見送る。
「じゃー、一気に下層まで行こうか!」
「ああ、当面は【威圧】で十分だよな?」
「うん! 中層に入ったら【隠密】と【警戒】ね」
この鉱山に来たのはダミー達の攻略初日をサポートするという理由だけではない。もう一つの目的は、『転移石』を手に入れる事だ。
アスカによると転移石は中層や下層の魔素だまりで採掘されるそうだ。中層辺りは取りつくされていそうだから、見つからなければ下層まで潜る予定にしている。
アスカのアイテムボックスには作りだめした料理や各種回復薬がたっぷりあるし、テントや薪オーブンまで入っているから、やろうと思えば1年でも潜っていられる。白銀鉱石や金剛鉱石なんかも採掘できるって話だから、のんびり採掘するのもいいかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
下層は【威圧】を発動しているだけで魔物の方が逃げて行ってくれたから、あっという間に中層へとたどり着いた。ここからは【隠密】と【警戒】を発動して、なるべく魔物との遭遇を避けるつもりだ。
「どっち?」
「強い魔物の気配が、左右のどちらにもあるな。左手側の方が近いかな?」
「じゃあ、そっちに行こうか」
【索敵】は周囲にいる生き物が立てる僅かな物音や息づかいを感知し、敵の位置を探ることが出来るスキルだ。そして、その上位スキルである【警戒】は、魔物が身に纏った魔素の濃さや個体の強度なんかも、より広範囲から感じ取ることが出来る。
魔物は魔素が濃いところに集まっていく習性があり、強力な魔物ほどそういった場所に居座っている。そして俺達の目的もまた高濃度の魔素が溜まっている場所にある。俺達は魔素の濃い場所に引き寄せられ徘徊している魔物の気配を避けつつも、より強大な存在感を放つ魔物に向かって慎重に歩みを進めて行った。
下位職は全て修得に至ったからレベル上げも解禁してはいる。だが、今後も効率的に熟練度を稼ぐためにも、なるべくレベル上げは控えた方が良い。
ダミー達と一緒に地竜を狩っていた時にも必ず誰かにトドメを刺させていたし、途中からは俺が【影縫】で拘束して身動き取れなくしたところを3人に倒させていた。そのためダミー達に比べると、取り込んだ魔素はかなり少なめだ。
まるで魔素を3人に押し付けたようだが、彼らは子供達のために戦う力を求めていた。俺は魔素の取り込みを最小限に抑えられて、彼らはレベルを一気に上げられる。お互いの利益が一致したってわけだ。うん。利用した訳じゃナイノダ。
それでもレベルは4も上がり、今や俺のレベルは19まで上がっている。このランメル鉱山の中層には概ねレベル10から20ぐらいまでの魔物が出るそうなので、大抵の魔物は俺よりもレベルが低い。
熟練度もたいして稼げないのだから、戦いはなるべく避けた方が良い。出来れば戦うのは魔素だまりに居座る、強めの魔物だけにしたいところだ。
「ん……?」
「どしたの?」
「この先にいる強力な魔物の近くに、人の気配がある。あれ………こいつ、単独か?」
「ソロ? 珍しいね」
ここまで来るまでに何人もの冒険者とすれ違っている。その冒険者達は、だいたい4,5人のパーティで探索をしていた。上層では単独で行動する冒険者も見かけたが、中層に入ってからは皆パーティで行動していた。
「もしかしたら……仲間が殺されてしまったのかもしれない」
「えっ……? だったら助けに行った方が良くない!?」
「そう……だな。いちおう声だけでもかけておこうか」
Cランクの魔物がうじゃうじゃいる中層に単独でいるなんて普通じゃない。いや、アスカは戦力に数えられないから俺も単独みたいなものだけど。
でも俺の場合は索敵から治癒魔法まで何でもこなせる。一つしか加護を持っていない普通の冒険者が単独で潜るのはいくらなんでも危険すぎる。
「って、マズい!」
「ど、どうしたの!?」
「単独で潜ってるヤツ、挟まれてる! 前に魔素だまりの強力な個体、背後に3匹!」
「援護に行こうっ!」
俺達は弾かれた様に駆け出した。
曲がりくねってはいるが、坑道は一本道。手前にオークと思われる二足歩行の魔物が3匹。そして奥にはさらに大きい気配が一匹……こいつは、猪頭人か!?
……急がないと! 完全に囲まれてしまっている!
全速力で駆け付けるか? いや、アスカを置いていくわけにはいかない! でも、アスカの足に合わせていたら間に合わない!?
「アル! 先に行って!」
「ダメだ! アスカの安全が優先だ!」
冒険者が持ちこたえてくれることを祈るしかない。即死じゃなかったら、どうにかして回復してやるから! 治癒魔法も使えるし回復薬だって腐るほ…………あれ?
背後にいた魔物の気配が消えた? あっ、また一匹!
坑道を走りながら【警戒】に集中する。また一つ、魔物の気配が消える。
なんだ? 何が起きてるんだ!?
俺は混乱しながら曲がり角を曲がる。目の前に飛び込んで来たのは、破城槌でもぶち込まれたかの様に頭や胸が爆散した3体のオークの死体だった。
そして、その奥に見えたは、身の丈ほどの大槌を振り上げ、ハイオークに飛びかかる少女の姿だ。
「くらえぇーー、なのです!!!」
ズゴォンッ!! と轟音を立ててハイオークの頭にめり込む大槌。明らかに致命的な一撃だった。




