第204話 弱いのが悪い
ダミーが語ったのは、3人が強盗に至ってしまうまでの、過酷で悲惨な経緯だった。
ダミー・メルヒ・クラーラの3人は、レリダの孤児院で物心がついた頃から一緒に過ごした家族も同然の間柄だった。
孤児院のシスターは厳しいけれど優しい皆の母代わり。冒険者の兄は心躍る冒険の話でいつも楽しませてくれて、仕立て屋で働く姉は裁縫や計算を教えてくれた。親の顔を知ることは出来なかったけど、シスターや兄姉のおかげで愛情が何たるかを知る事は出来た。
スープはいつも味が薄いし、パンは石のように固かった。量も少なくて、いつもお腹を空かせていた。衣服は継ぎ接ぎだらけで、お下がりしか着たことが無かった。それでもシスターや兄姉、皆がいてくれたから、幸せな毎日だった。
だけど、そんな日々は突然、壊れてしまった。
身を呈して自分達を庇い、地竜に喰われた兄。ゴブリンに物言わぬ骸となるまで汚された姉。手を引っ張って逃がしてくれたシスターもキャンプを前に力尽きた。
貧しいけれど満ち足りた揺り籠から振り落とされ、文字通り荒野に追い立てられた。絶望に打ちひしがれながらも、3人は歯を食いしばって子供達の面倒を見続けた。
難民キャンプにいる大人達はいつも苛立っていて怖かったけれど、それでも毎日ご飯は分けてもらえる。偉い人たちがレリダを絶対に取り戻すと演説していたし、なんとか耐え抜けばきっと孤児院に戻ることが出来るはず。
冒険者として身を立てて、兄や姉がしてくれたように孤児院で弟達や妹達を守っていく。それが自分達を守って死んで行った、シスターや兄姉に報いる唯一の方法なんだから。
だが、そう願って耐えていた矢先に、さらなる悲劇に見舞われる。
「クラーラが……襲われかけたんだ」
ダミーが拳をきつく握りしめ、絞り出すように言った。クラーラは俯いて小刻みに震え、メルヒがそっと腕を伸ばし優しく肩を抱く。
「俺たちが配給を取りに行って……戻ってきたらクラーラがいなかったんだ。慌てて近くのテントを探し回ったら、男に押し倒されてて……助けようとしたんだけど俺はそいつにボコボコに殴られて……」
「ガリシア兵が駆けつけてくれて、クラーラもダミーも助かったんですけど……そいつはクラーラが盗みを働いたから懲らしめたんだって……。孤児の僕達の言うことなんて誰も信じてくれなくて……またクラーラが襲われるかも、妹達が襲われるかもって思ったら怖くなって……」
聞くに耐えない話だ……。頭が燃え上がるような、激しい怒りを覚える。アスカも目を真っ赤にして、柳眉を逆立てていた。
「だから、俺たちは皆を連れてキャンプを出ることにしたんだ。俺は盗賊で、メルヒは槍術士で、クラーラも喧嘩屋の加護があるから、危険はあるけど冒険者になって魔物を狩ってなんとか食べて行こうって……」
「……でも、考えが甘かったんです。キャンプ近くの草原に出る弱い魔物はもうほとんど狩りつくされちゃってて……。ダンジョンに挑戦しようとしたんですけど、冒険者ギルドの人たちが危ないからって入れてくれなくて……。地竜の洞窟なら荷物持ちで雇ってくれるかもって噂を聞いたから来てみたんですけど、冒険者の人達に僕達は弱すぎるから雇えないって言われて……」
「ガキ供に飯を食わせなきゃいけないのに、どうすることもできなくて……そしたら旨そうな匂いがして……」
「ごめんなさい! ぼ、僕が言い出したんです! 女の子一人しかいなかったから、食料を奪えるって!」
「ふっ、ふざけんな! 言い出したのは俺じゃねえか! クラーラもメルヒもそんなことしちゃダメだって言ったんだ! でも俺が勝手にアスカを襲ったんだ!」
掴み合って、俺が、僕が、と言い合う二人。クラーラは目に涙を浮かべて、間に入って諌めようとするが二人はなかなか止まらない。
何度も気にするなとは言ったけど、やはり自分たちの行動を責めていたのだろう。もう止めろと言おうとしたところで、アスカがすくっと立ち上がった。
「うるさいっ!」
ゴンッ!
アスカが二人に拳骨を落とす。突然のアスカの行動に思わず唖然としてしまう。
殴られた二人は頭を押さえて悶え苦しんでいる。あぁ……あれ痛いんだよなぁ。アスカの拳は1000越えの俺の防御力ですら貫いてくるからな。
「気にしなくていいって言ったけど、これだけは言っとく。クラーラが酷い目にあったのに、なんで家族のあんた達が女の子を襲うような真似すんのよ! クラーラの気持ちも考えなさいよ!」
「ぐぬ……」
「ごめんなさい……」
「せめてクラーラの見てないところでやりなさい!」
そうそう。やるならクラーラがいないところでこっそりと……ってオイ。
「そう言う問題じゃないだろ「シャラップ!」 アッハイ」
「殴って気が済んだから、これでお終い! もう謝らなくていい。っていうかもう謝るな!」
「ハイッ!」
腕組み仁王立ちでダミーとメルヒを見下ろすアスカ。二人は完全に飲まれてしまった。クラーラはなんだか潤んだ瞳でアスカを見つめている。
「あんた達、何が悪かったか、ちゃんとわかってんの!?」
えっ、もう謝るなって言ったのにまだ説教するの?
「えっと……クラーラの前でアスカを「違うっ!!」 ひっ!」
……さっき、クラーラの前でアスカを襲ったのがいけなかったって言ってたよね?
「あんた達が弱いのがいけないのよ! 強かったらエースに勝てて食糧ゲット出来てたでしょ!」
「はぁ? 何言ってんだよアス「シャラップ!!」 アッハイ」
「そもそも、あんた達が強ければダンジョンに入れて、子供達を食べさせることもできたでしょ!」
「それは……そうだけど」
ダミーが憮然とした表情で呟く。うん、そうだよね。何言ってんだよって話だよね。そもそも論を言い出したらキリがな……
「あんたもよ! クラーラ!」
「ハイッ!」
「クラーラは喧嘩屋の加護持ってるんでしょ! この二人を殴ってでも止めなさいよ! こいつらは女の敵よ!」
「ハ、ハイ! お姉さま!」
「す、すみませ「謝るな!!」 ハイッ!」
「あんた達が弱いのがいけないの! わかった!?」
「ハイッ」
「だから、女の子を襲うゲス男のあんた達を叩き直してあげる! アルが!!」
「えっ、俺が「シャラップ!」 アッハイ」
突然のフリに驚いて反応したら、黙らされた。なになに? こいつ等を俺が? エースと俺で、すでに痛い目に合わせてるけど……。
「明日は朝からダンジョンアタックよ! 迷惑かけられたんだから、あんた達には荷物持ちをしてもらうから! その代わり全員に朝ごはんと夕ご飯だけ食べさせてあげる! 皆、こき使ってやるからね! 覚悟しなさい!」
「へ?」
「荷物……持ち?」
「でも僕達は弱いからダメだって断られて……」
「返事は!!?」
「ハイッ!」
「じゃあとっとと寝なさい! 明日、寝不足だったら承知しないわよ!」
「え、でも見張りとか……「弱いからやらなくていい!」 ハイッ!」
そう言ってアスカは魔法袋(偽)から毛布を取り出して3人に投げつけた。
「馬車に入って寝る!!」
「ハイッ」
「はいっ、お姉さま!」
3人は慌てて立ちあがり、幌馬車に入っていった。
……なるほど。荷物持ちねぇ。アイテムボックスがあるアスカに荷物持ちなんてどう考えても必要ないのにねぇ。
ああでも、強盗しようとしたのに飯を食わせてもらったあげく、仕事までもらったとなれば、アイツ等も引目を感じちゃうだろうしな。罰として荷物持ちって言っとけば、まだ受け入れやすいかもね。
ニヤニヤしながらアスカを見ていると、アスカは顔を赤くして唇をとがらせた。
「な、なに?」
「いーやー? 優しーなーと思って」
「ち、ちがうもん! そ、そう! あの子達をパーティメンバーにして連れて行けば、その分だけアルに入る経験値が減るでしょ!? レベル上げを抑えられるじゃん! 利用するだけなんだから!」
「へぇー」
「な、なによ! 最初から計算づくなんだからね!」
「ハイハイ。じゃあ俺たちも早く寝ちゃおう。アスカ、食器洗いと風呂の片付けよろしく。俺はエースの身体を拭いてあげるから」
「ちょっと! アルッ!」
さて、明日は当初の目的地、地竜の洞窟の攻略か。Bランクダンジョンって言うから、あの3人を連れて行くのは不安もあるけど……アスカの事だから何か考えがあるのだろう。
今日は幌馬車は取られたから久々に地べたで寝ることになるな。タープの下で、アスカと一緒に毛布に包まって休みますかね。




