第153話 予選
「それでは、決闘士武闘会、予選会を開会します! 決闘士の皆さんの健闘を期待します!」
雲一つ無い晴天のもと、マーカス王子が決闘士武闘会の開会を宣言した。
「マーカス王子ー!!」
「きゃーっ! かわいいーっ!!」
「殿下ー! こっち向いて―!!」
「ご快復おめでとうございます!!」
マーカス王子は満面の笑顔を浮かべて観客席に向かって手を振り、観客達から拍手と歓声が巻き起こる。大半は黄色い声援だが、王子の快復を祝う言葉もちらほらと聞こえる。殿下はずいぶんと人気者みたいだ。
「WOTでもギルバードとマーカス王子が人気を二分してたよ」
「失礼だけど、可愛らしいお顔をしてらっしゃるからな」
本来なら予選に開会式など無いらしいが、快復された殿下のお披露目のために行われる事になったらしい。本戦の開会と閉会の挨拶は陛下がされるそうだ。
「今日はたくさん試合があるんだよね? 大変だと思うけど、がんばってね!」
「ああ。Bランクの決闘士もいるみたいだしな。無理せず、頑張って来るよ」
「うん。『いのちだいじに』ね!」
「了解」
本戦は16名の決闘士が出場し、トーナメント形式で行われる。16名のうち10名はBランク決闘士の上位成績者に割り当てられているため、残りの本戦出場枠は6名だ。
予選にはCランク決闘士60名ほどと、下位のBランク決闘士8名が参加するそうだ。6つのグループに分かれて総当たり戦が行われ、各グループで最も成績の良かった者が本戦に出場できる。人数も多いため闘技場を2分割して、二日がかりで予選を行うそうだ。
「そろそろ行って来るよ」
「うん。魔力回復薬は持った? 回復薬は? 装備のメンテするから1試合ごとに戻って来るんだよ? あたしはここにいるからね」
「はいはい。わかってるって。じゃあ、行って来る」
まるで世話焼きな侍女のように持ち物確認をするアスカに手を振って、俺は地下の決闘士控室に向かった。
アスカの【製薬】スキルのおかげで回復薬は潤沢にある。下級回復薬は1本あたり銀貨1枚、魔力回復薬にいたっては大銀貨1枚はするから、試合ごとに回復薬を飲むなんてことは普通は出来ないだろう。
武器も防具もアスカの【武具解体】スキルで常に新品同様の状態を維持している。【武具解体】は解体という名前の通り武具を素材に分解することが出来るスキルだが、整備も出来るのだ。
使えば使うほど損耗していく武具が、このスキルのお陰で驚くほど長持ちする。酷い損傷は直せないそうだけど、それでもかなり有用なスキルと言える。
今日と明日で12回もの決闘をこなさなければいけないのだが、アスカのお陰で他の決闘士に比べればかなり有利な条件で戦える。回復薬を使い放題で、武具も良好な状態を維持できるんだからな。
今日まで毎日闘技場に足を運んで50回以上も決闘をこなして来たし、ここ数日の訓練でヘンリーさんとも互角に戦えるようになってきている。武具の整備もアイテムの用意も問題なし。準備は万端だ。
俺は意外なほどにリラックスして、決闘士武闘会に臨むことが出来ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「よお、泥仕合。まさかお前が決闘士武闘会に出るとは思わなかったぜ」
「ああ、君が初戦の対戦相手か? よろしくな」
「こちらこそよろしくだ。お前が出てくれたおかげで、労せず一勝がもらえるぜ」
「……勝ちを譲る気は無いけど?」
「ふん。お前、わかってんのか? 予選は制限時間つきなんだぜ。いつもみたいに逃げ回って相手の消耗を待つような泥仕合は出来ねーんだぞ?」
「ああ、そうみたいだな。今日は真っ向からやらせてもらうよ」
「はっ! 逃げ回るんじゃねえぞ? 判定勝ちじゃポイント稼げねえからよ。安心しろ、俺の【爪撃】で大怪我しねえように沈めてやるからよ」
【爪撃】ねぇ。ってことはこいつの加護は【喧嘩屋】かな? オークヴィルの無精ヒゲにしろチェスターのダリオにしろ、喧嘩屋ってのは面倒な奴が多いな。同じ拳士のヘンリーさんも、セシリーさんの事に関してはロクなもんじゃ無いしな。
「次! Cグループ第3試合、アルフレッドとバーナビー! 闘技場に上がれ!」
お、ついに出番か。今日は時間制限付きの決闘だから、熟練度稼ぎをするわけにもいかない。いちおう未修得の【暗歩】だけは発動しておくことにするけど、今日は何試合もこなさないといけないわけだし、さっさと終わらせないとな。
俺と対戦相手の出っ歯な男は階段を登ってアーチをくぐり、闘技場に出る。俺が闘技場に姿を見せると同時に、観客席から温かい声援が飛んできた。
「引っ込めアルフレッド―!」
「今日は逃げんじゃねーぞ!」
「いつものノーコン魔法を見せてくれよー! ギャハハハッ!」
うーん。いつもながら大した人気だな、俺。それにしてもノーコン魔法ね。熟練度稼ぎのためにあえて当たらないように放っていた魔法の事を言ってるんだろうけど……。
「アル―っ!! がんばれー!!!」
アスカのひと際大きな声が聞こえる。おっ、隣に座ってるのはボビーか? さすが決闘マニア。予選から逃さず見に来てるんだな。俺は二人に向かって手を振る。
「へぇ。なかなかいい女じゃねえか。お前、幼女でしか勃たねーんだろ? 俺に譲れよ、あの子」
出っ歯拳士がねとっとした視線をアスカに向け、下卑た笑みを浮かべる。この下衆ヤロウ……汚い面でアスカを見やがって。
「両者、開始線に立って。神龍様に祈りを」
今日は時間制限付きの決闘だ。決着がつかなかった場合は採点での勝敗判定になるから、審判員がついている。俺は、神龍ルクス像が頂きに据えられた鐘塔に向かって一礼する。
「それでは、Cグループ第3試合を行う。はじめっ!」
決闘開始の鐘の代わりに、審判の声で決闘がスタートする。開始と同時に出っ歯拳士が飛び込んで来た。
「オラアッ!」
出っ歯拳士の大振りの拳や蹴りを躱しつつ、俺はスキルを重ね掛けしていく。
(【烈攻】…【瞬身】… 【暗歩】…!)
「くそっ! ちょこまかと!逃げんなっ!」
出っ歯拳士が苛立った声を上げる。さて、準備は完了。
【暗殺者】のスキル【暗歩】は未だレベル1だ。数十秒しか効果は持たないし、とっとと勝負を決めますか。
俺は殺気を膨らませて紅の騎士剣を抜く素振りを見せる。直後に気配を完全に殺して出っ歯の懐ににゅるりと潜り込んだ。
ものの見事に泳がされたガラ空きの腹に【爪撃】を叩き込む。拳の先に発生した斬撃は出っ歯のソフトレザーアーマーを切り裂き、脇腹に拳がつき刺さる。
「ぐふっ……!」
【暗歩】は緩急をつけた歩法で自分の気配を波のように揺がせ、敵の目線と意識をかく乱するスキルだ。『攻撃を躱しやすくする効果』とアスカは言っていたが、むしろ敵の意識を誘導して反撃の起点とすることにこそ、このスキルの真価はあると思う。
目をぐるっと回転させ、白目を剥いて前のめりに倒れた出っ歯。気配を薄めつつ、油断なく構え直したところで審判が決闘を止めた。
「止め! 勝者アルフレッド!」
ふうっ。まずは1勝。
これを今日と明日で12回もやるのか…。なかなかめんどうだな。Bランクの決闘士との対戦は明日だし、疲れをためないためにも、それまでは出来るだけ早期決戦を狙って行かないとな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アル! おつかれー!!」
笑顔で駆け寄って来たアスカと両手をあげてハイタッチする。
「アル、順調な立ち上がりだったな」
ボビーも片手をあげて迎えてくれたので、パンっと手を合わせる。
「ありがとう、二人とも。ボビー、応援しに来てくれたのか?」
「おう。対戦表を見る限り、アルの相手になりそうなヤツは一人しかいなかったけどな」
自分で言うのもなんだが、確かにC,Dランクの決闘士に負けることは無いと思う。Bランク決闘士とは戦ったことが無いから油断は出来ないけど。そう言うとボビーはニヤッと笑う。
「何十回も決闘をしておきながら未だにCランクに居座ってるんだからな。モグリどもは好きな事を言ってるが、Cランク筆頭は間違いなくアルさ。だけどBランク決闘士のことはほとんど知らないだろ? ひとつ情報提供でもしてやろうと思ってな」
「それはありがたいな」
「本戦出場が決まってるヤツのほとんどが敵情視察に来てるぞ。ホレ、あそこにいる男がBランク筆頭決闘士だ。」
そう言ってボビーが観客席の最前列に指を向けた。
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