第147話 Ｂランクモンスター
「ブ、ブルーグリズリー！！？」
キラーマンティスの応急処置をしようとしていたリンジーに、丸太のように太い腕を振り上げる熊型の魔物。
「リンジー！ 逃げろ！ ぐぁっっ！」
咄嗟に間に割り込んで振り下ろされた腕を盾で受け止めるも、踏ん張りきれずに弾き飛ばされ、無様に地面を転がってしまう。
「あ、あ、あぁ……」
なんとか顔を上げると、熊型の魔物は今まさにリンジーの頭を噛み砕かんと大口を開いていた。フォレストウルフのガルムが太い腕に噛みつくが、熊型の魔物は意にも介していない。リンジーは腰が抜けてしまったのかキラーマンティスの横にへたり込みガタガタと震えて硬直している。
「お前の相手はこっちだ！！」
【挑発】を放ちつつ、盾から引き抜いた火喰いの投げナイフを腕の力だけで投擲する。焦ってろくに魔力も込めずに投げてしまったナイフは、魔物の毛皮で簡単に弾かれてしまう。それでも注意だけは引けたようで、熊型の魔獣は四つ足で俺ににじり寄る。
「グォアァァァァァ！！！！」
雷でも落ちたのかと錯覚するほどの大音量の咆哮に身が竦む。文字通り背筋が凍りついたかのように、身体が硬直してしまう。
これは……【威圧】スキル！！？
「ぐぁっ！！！」
腕に噛みついていたガルムを振り払い、身動きが取れない俺に熊型の魔物が突進してくる。ギリギリのところで硬直が解けたが防御姿勢は間に合わず、再び蹴鞠の様に跳ね飛ばされる。
「くっそ……！」
【威圧】は自身よりもレベルが低い相手の身動きを数秒だけ止めるスキルだ。どう考えてもコイツは俺よりもレベルが高い。ここに来てレベルを上げないようにしていた弊害が出てしまった。
巨体だけあってさほど俊敏では無さそうだけど、スキルで身動きを止められてしまったら敏捷値の優位なんて何の意味もない。
「グガァァアァ！！！！」
またっ……！！ 背中に氷柱を突き立てられたかのように全身が固まってしまう。
「ぐうっ！」
今度は硬直が解けた直後になんとか盾をすべりこませたが、とても突進を受け止められそうも無い。俺は敢えて飛び上がって弾き飛ばされることで、衝撃を逃がす。ごろごろと地面を転がってはしまったが、直ぐに立ち上がって態勢を整える。
「アルっ！ 【水装】を使って！」
未だ腰を抜かしているリンジーを茂みへと引きずりながらアスカが叫ぶ。【水装】？ 防御力を高める【土装】じゃなくて？ 疑問に思いながらも【水装】を発動する。
その直後に熊型の魔獣が三度咆哮を上げる。ビクンッと身体が固まってしまうが、ほんの一瞬で硬直は解けた。打ち下ろされた丸太の様な腕をすんでのところで躱す。青黒い鋭利な爪が顔面スレスレを横切った。
「【威圧】のスタン効果は精神が高ければ軽減できるの！ 【水装】は切らさないで！」
「助かった！アスカ、リンジーは頼んだ！！」
「まっかされたー！ 青灰魔熊はＢランクのネームドモンスターだからね！ 気をつけて！」
「了解！！」
完全に防げるわけでは無いけど、硬直がすぐに解けるなら【威圧】もそう怖くは無い。【水装】の効果時間は約９０秒だ。切らさないように立ち回らなきゃな。中長距離で【水装】を維持しつつ、攻撃魔法で削り切るってのが安全そうだ。
だけど……
「グルルゥ……」
「やられっぱなしってのもな……」
何度も弾き飛ばしてくれたんだ。やり返さないと、なぁ？
「ガアッ！！」
「【鉄壁】！」
ブルーグリズリーの突進を魔力の盾で受け止める。こっちは罵声を浴びながらも闘技場でコツコツ稼いで、【騎士】を修得してるんだ……
「真っ正面からでも負けん！ 【盾撃】！」
「ギャンッ！」
火喰い円盾の炎属性が付加された魔力の盾が反転し、炎の壁を伴った衝撃が３メートル近いブルーグリズリーの巨体を弾き返す。
「【牙突】！」
上半身が泳ぎ、がら空きになったブルーグリズリーの腹部に槍スキルを突き込む。間髪入れずに引き抜くと青黒い血液が噴き出した。
「【大・風衝】！」
多く魔力を注ぎ込んだ風の塊の衝撃は、ブルーグリズリーの巨体を軽々と弾き飛ばす。
「【烈攻】！ 【火装】！」
腹部から血を滴らせながらも地面に爪を突き立てて、身を起こしたブルーグリズリーが俺を睨む。よろよろと二本足で立ち上がって大きく息を吸い込むと、空気と魔力で胸が膨らんでいく。
「グルァ」
「させるかぁっ！！ 【剛・魔力撃】！」
鋼の短槍の切り上げの一撃はブルーグリズリーの胸部を深く切り裂く。攻撃力強化のスキルと魔法を重ね掛けしたうえに、多めに魔力を注ぎ込んだ渾身の【魔力撃】だ。効くだろ？
「とどめだっ！ 【剛・牙…」
「スト―――ップ！！！」
アスカの大声で踏みとどまる。ブルーグリズリーはズゥンと音を立てて前のめりに倒れ込んだ。
なんだよ？ いいところだってのに……。
「倒してどうすんのよっ！ 経験値が入っちゃうじゃない！」
あ、ああ。熱くなって気付かなかったが、ブルーグリズリーはいつの間にか瀕死状態になっていた。
「リンジーちゃん！ テイムお願い！！」
「はっ、はいっ！！」
茂みに隠れていたリンジーが飛び出して来て、恐る恐るブルーグリズリーの背部に手を当てる。
「【契約】！」
リンジーの手が輝き、その光がブルーグリズリーの身体に吸い込まれる。
「テイム成功です！」
「おっけ！ アル！ ひっくり返して！」
促されるままブルーグリズリーの巨体を転がして仰向けにさせると、アスカは胸部の斬り傷に下級回復薬を振りかけた。ブルーグリズリーが青緑色に輝き、傷が急速に癒えていく。
「あ、ありがとうございます！ 後はわたしが……【復調】！」
へえ…。これが【魔物使い】の自己回復力を高めるっていうスキルか。【治癒】と違って一気に傷を癒すんじゃなくて、じわじわ癒していくって感じなのかな……？
あ、キラーマンティスがいつの間にか立ち上がって茂みの方に控えてるな。無事に従魔に出来て、怪我も癒えたのか。良かった。これで依頼は無事に依頼達成か。
「これで大丈夫です！ すごいです！ Ｃランクのキラーマンティスの単独捕獲だけでもすごいのに、Ｂランクの青灰魔熊まで圧倒しちゃうなんて！ この子、ヘルキュニアの森の主で、賞金首なんですよ！？」
なぜか急に敬語になったリンジー。道中で多少は打ち解けて、敬語無しで話してくれてたのに。
「賞金首……。そうなんだ？ じゃあ報酬も期待できるな。あ、でも賞金首の討伐依頼は事前に冒険者ギルドに届け出ないといけないんだっけ。それに討伐したわけじゃないし……」
「大丈夫です！魔物使いギルドの方にちゃんと報告しますから！ 冒険者ギルドから捕獲依頼の達成報酬が出るように手配します！」
「おお。ありがとう。頼むよ」
ＣランクのキラーマンティスとＢランクの青灰魔熊の捕獲。ブルーグリズリーが突然現れた時には驚いたけど、結果的に一気に依頼を二件達成か。これで多少は冒険者ギルドの評判も回復するかな？
ん？ なんだよアスカ、浮かない顔して……。もしかしたら決闘士ランクと同じく冒険者ランクもＣにあげられるかもしれないだぞ？ 笑顔が可愛いんだから、そんなしかめっ面してないでさ……。
「あの……ところで……」
「うん？」
俺の目をじっと見つめるリンジー。その瞳は好奇心と敬意に満ちている様に見える。
「アルフレッドさんは一体何者なんですか？ 魔術師なんじゃないんですか！？ 剣闘士……いえ、騎士のスキルと……槍術士のスキルも使ってましたよね！？」
あ…………
しまったぁぁーーっ！！！
熱くなりすぎて堂々と口に出してスキル使ってた！ しかもこれ見よがしに魔力をマシマシの分かりやすいスキル発動をしちゃったし！
水装、火装、風衝、鉄壁、シールドバッシュ、烈攻、牙突……。やばい……どうやって誤魔化そう……。
「…………ばか」
ちらっとアスカの目を見ると、呆れた顔で俺を見上げていた。
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