人間はあんまり欲張らずそこそこの暮らしで満足するのがいいのかもな
さて、俺が家畜化されているはずの牛を入手するかどうか悩んでいると娘のアイシャが声をかけてきた。
「とーしゃこわいかおー」
「おお?
俺は怖い顔をしていたか」
「してたー」
「そうか、それはごめんな」
「とーしゃは、どしてそんなかおしてたの?」
「んー、今より生活をもう少し便利にする事ができるけど、後々いろんな問題が起きそうだからどうしたもんかと思っていてな」
これは鉄器や青銅器をはじめとした金属器もそうだし、牛馬を主とした大型動物の家畜化もそうだ。
これらの存在が人の生活を便利にしたのは間違いないが、この地域を大きく荒廃させるに至った原因でもあるのも事実だ。
「とーしゃはよくばりなの」
アイシャがそう言ったので俺は不意をつかれたように驚いた。
「おれは欲張りか。
うーん、確かに言われてみればそうかもな」
少なくとも衣食住に困っているわけでもないし、家族の仲も良好。
ゆったりとした時間の中でのんびりと日々を過ごせるのにあくせくする必要はたしかにない。
「たしかにあんまり欲張りすぎるのはよくないな」
人間の存在は自然の再生力や動物の繁殖力を超えてしまうことが多々あり、それにより、すでに多くの動植物などを絶滅させてきたし、これからも絶滅させていくことになる。
無論、今俺が時計の針を進めるのをやめたとしても、人類の歴史の大まかな流れは変わらないのだろうとは思うが将来の大洪水を乗り越えるすべを子孫に授けようとするなら、エリコの子孫が何千年かの間はのんびり過ごせるように生きていく方法を伝えていくほうがいいのだろう。
北米のネイティブ・アメリカンなどは口伝でそういった生き方を伝えていっていたしな。
とはいえ石器のみで過ごしてていたサハラ以南のアフリカの住民や南北アメリカのネイティブアメリカンなどは後にヨーロッパの白人によってひどい目に合うのではあるが。
「そうだなあんまり多くを望みすぎないで程々に過ごすようにしようか。
アイシャは何がしたい?」
俺がそう言うとアイシャはニパッっと笑っていった。
「おしゃかなすくいにいくー」
「そうか、じゃあ川に行こうか」
「いくー」
タモ網を持って俺はアイシャと一緒にヨルダン川まで行く。
この時代の釣り針はでかいし、タモ網も目が荒いから小さい稚魚まで根こそぎさらってしまうことはない。
このコロンのヨルダン川にはでかい魚から小さい魚まで色々たくさんいるが、人間の生活排水や工業排水農薬などの水質汚染もないし、大規模漁業によって魚が根こそぎ取られてしまうなんてこともない。
外来種によって在来種が絶滅に追い込まれるということもないしな。
逆に奇蹄目で反芻能力を持たない馬などは家畜化されていなければ、絶滅していただろうとも言われているが。
いずれにせよあまり過剰に環境を変えすぎないように今後は気をつけていこうとは思う。
それこそエリコの住人が、何より愛する家族が安らかに過ごせればそれで十分だしな。




