第91話 穴の底
申し訳ありません間違えて同じ話を投稿していたので新しい話に差し替えました。
紅葉、桜、健太、久美子とその他数人の子どもたちは突如出来た穴に呑み込まれてしまった。
そのまま底に落ちてしまった森下は一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐに気を取り直して子どもたちの安否を確認する。
「み、みんな大丈夫!」
至極慌てた表情で子どもたちの問いかける森下。子どもたちは全員体を起こし暫くキョトンとしていたが何人かの子どもたちが泣き出してしまった。
「どこか痛むの? 怪我はある?」
「私は大丈夫だよ。桜ちゃんは?」
「私も大丈夫だよ。あ、健太くん!」
「ぼ、僕も大丈夫。ちょっと擦りむいただけ」
健太は手の甲を擦りむいたようだがそこまで大きな怪我ではない。泣いている子どもたちも怪我自体は大したことがないようだった。
登山遠足ということもあり比較的丈夫な作りの服装だったのが幸いしたのだろう。頭から落ちた子がいないことも幸いした。
ただ、突然の出来事にパニックを起こして一部の生徒は泣いているようである。森下は生徒たちを宥めてなんとか泣き止ませた。
「とにかくここから出ないと――」
そう呟き穴を見上げるが、落ちてきたと思われる穴は結構上の方にあった。とても子どもたちと一緒に登れる高さではない。
森下は今後のことを考えた。とりあえず横穴を見るが違和感があった。
「なんだか明るい――」
そう視界が確保できる程度には明るいのだ。薄暗いとも言えるが明かりの入りこまない穴の底にしては明るすぎる。
「このまま黙って助けを待ったほうがいいのかしら……」
森下は子どもたちの安全を考えれば下手に動かない方が懸命と考えていた。だが、その考えを打ち砕くような不気味な声が横穴の奥から聞こえてきた。
「ギャギャッ」
「ギャッ! ギャッ!」
「え? 何この声?」
森下の顔から血の気が引いていく。人間の声ではないのは明らかであった。かといって動物の声かと言えばそれも違う。
「不味いわ。皆一旦向こうへいきましょう!」
流石に正体不明の何かが近づいてきている状況でここに留まるのは危険だと考えたのだろう。森下は子どもたちを引き連れて逆側の方へと移動した。
――何かとんでもないことが起きている!
森下は焦っていた。子どもたちを守りたいのは山々だが、相手の正体がわからない。ただ脳裏に一つの言葉だけが思い浮かんだ。
ダンジョン――そうダンジョンだ。森下も世界中にダンジョンが溢れているのは知っていた。ダンジョン探索を生業とした冒険者という職業があることもだ。
だけどこれまでの彼女にとってはどこか遠い存在であり自分には関係のないものだった。漫画やアニメを嗜む程度には見るためどんなものかはわかっていたがその程度だ。
大きな事件があったことも知っているが当時の森下はニュース番組で内容を知る程度の物であったし、これからも特に関わり合いもなく生きていくだろうと考えていた。
だから現状も心の何処かではまさか、そんなことが、と訝しんでいた。あの声ももしかしたら音が反響してそう聞こえただけかもしれないとさえ思っていた。
「先生どこにいくの?」
「と、とにかく安全なところへ――」
途中で何度かの分岐が訪れたが森下はそれを勘だけで決めて進んでいた。そうこうしている内により明るい場所を見つけた。とりあえずそこに行こうと考えた森下だが――
「ギャギャギャ~」
「ギャヒッ!」
「ギヤギャギャギャ」
光が見えた場所は広めの空間となっていたが、そこからまたあの声が聞こえた。森下は足を止め子どもたちに静かにしているよう伝えた後で、そっと中を覗きみた。
そこにいたのだ。緑色の肌をしていて頭に小さな角が生えた不気味な存在を。
「そんな、まさかあれってゴブリン?」
ぼそっと呟き固唾をのんだ。森下の脳裏に物語で見たゴブリンの特徴が過った。見た目もそのままであり背格好も知識通りだ。
背丈こそ人の子ほどだが、とても醜悪な存在であり、基本群れで行動し、狡賢く人間相手には容赦がない。特に女と見ると――森下は首をブンブンっと振った。
嫌な妄想をかき消すためだ。とは言え、そこに化け物がいることは確かである。
(でも、どうしたらいいの?)
森下はこれ以上何をしていいか思いつかなかった。戻るのも手だが他のゴブリンと鉢合わせになる可能性だってある。だからといってここにいてはいずれは見つかるだろう。
森下は必死に頭をフル回転させて打開策を探ろうとした。その時だった。
「ゴブ――」
背後からそんな声がした。え? と森下が振り返るとそこにいたのだ。緑色の肌をした一匹のゴブリンが。
不味い! と森下は顔が強張るのを感じた。まさかこんなに早くゴブリンに見つかるなんて。
森下の思考が定まらない。一気に逃げるか、でも子どもたちがいる。相手は一匹だ。それならなんとかならないか? だけど子どもたちが狙われたら……。
「ゴブ、ゴッ! ゴブゥ~」
あまりに現実離れした状況に森下が懊悩していると、背後にいた一匹のゴブリンが指をさして歩き出した。
森下は、え? と目を丸くさせた。当然だ。そのゴブリンは襲ってくることなく不可解な行動をしてみせたのだから――




