第90話 陽輝山を登ろう
バスの中では子どもたちがワイワイとはしゃいでいた。そんな子どもたちの姿を微笑ましそうに見ているのは引率として付き添っている担任教師の森下 久美子であった。
教師になって三年目の彼女は今のクラスへの愛着も強い。活発な子どもたちに時に振り回されることもあるが、子どもたちの成長を直に感じられる教師という仕事に就けて本当に良かったと久美子は感じていた。
「さぁみんな。そろそろ到着だから準備してね」
『は~い!』
子どもたちの元気な声が久美子には心地よかった。陽輝山の麓に到着しバスを下車すると太陽の光に照らされた。空には雲一つない青空が広がっている。
登山するには絶好の日和だなと久美子は思った。
「それじゃあ地図を広げて目的地を確認しますね」
集団となった子どもたちの前で久美子が持参している地図を広げた。そこに記されているのは山の大きさやこれから登っていくルートについても書かれていた。
「森下先生は真面目ですねぇ」
地図を確認する久美子に声がかかった。隣のクラスの担任である山下であった。
「事故が起きたら大変ですからね」
「確かにそうですね。まぁ、何かあったらこの山下にお任せを。体力には自信がありますから」
そういって二カッと笑う山下は確かに体格が良い。ジム通いを日課にしておりベンチプレスも百キロぐらいは軽いと普段から自慢気に話していたのを森下は思い出す。
「頼りにしてますよ。勿論何もないのが一番ですけどね」
「それは当然ですがね。ハッハッハ」
こうしてルートの確認も取り、一組から順番に山に入っていった。森下のクラスは最後尾からのスタートとなる。
小学校の登山とあってルートはそこまで険しくはない。緩やかな傾斜の山道を登っていく為、子どもたちも基本的には余裕そうだ。
それでも3,40分もすれば子どもたちの中にも遅れて来る子もいる。森下はそういった子どもたちの補助も考えないといけない。
「こっちだよ。大丈夫だからね」
「うん。わたしたちもいるからね」
森下が様子を見に行くと紅葉と桜が遅れていたクラスメートを励ましながら一緒に登ってきていた。
紅葉と桜はとても仲がよいが、同時に周りを気遣える優しい心の子たちでもある。森下はそんな紅葉と桜の性格が好きだった。
「あと少しだからね。水分も補給もしっかり」
森下は子どもたちの体調を気づかいながら目的地の展望台までたどり着いた。ここでお昼休みとなりお弁当を食べ終えて休憩した後で下山となる。
「紅葉ちゃんと桜ちゃんのお弁当美味しそうだね」
二人に声をかけたのは山下のクラスの大黒 健太だった。前にちらっと話を聞いたが、紅葉と桜は公園で会うことが多いらしい。
健太は比較的おとなし目の男子と言った印象だ。体も小柄で登山の途中でも隣のクラスの最後尾から少し遅れていたようであった。
体力面では他の生徒より少々劣るようだが、頭は良いらしく成績はクラスでは常にトップなようである。
ただ健太の親はクセが強いようであり、担任の山下が困っていることもよくあった。
そんな健太が食べている弁当は、いかにもコンビニエンスストアで買ってきましたといった内容のものだった。健太が紅葉と桜の弁当を羨ましがるのも少しわかる気がする。
何より紅葉と桜の弁当は森下からみても美味しそうだ。紅葉の弁当は鮮やかで栄養バランスもよく考えられているようだった。
桜の弁当はキャラ弁だが作り込みが凄まじかった。ボリュームもあり、昼食としては十分満足のいくものだろう。
「けんたくんも食べる?」
「え? いいの?」
「うん! このからあげをあげるね」
「じゃあ私はたまごやきをあげるよ!」
二人から弁当を分けてもらい健太は嬉しそうだった。そのお返しに健太はおかしをわけているようだった。
「いや健太はこっちにいましたか。すみませんね森下先生」
「いえ、仲良くやってるみたいだし他のクラスとの交流も大事だと思いますからね」
山下とそんな話をしつつ森下もお昼を食べ、そして下山の時間が来た。
山を降りることとなったが昼休憩を挟んでいるとはいえ、疲れが残っている生徒もいる。これが如実に現れていたのは隣のクラスの健太であり、森下のクラスに追いつかれることとなった。
『もうしわけないです健太は体力的にキツそうなので森下先生のクラスと一緒でもいいですか?』
山下に無線で連絡を取るとそんな返答が返ってきた。森下としても特に問題はないので了承した。
「それじゃあ、みんな一緒に帰ろうか。疲れたら先生に言っていいからね」
『は~い』
子どもたちの元気な声を聞いているだけで森下は疲れが和らいだ。こうして下山を進めると健太は更に後ろの方になり紅葉と桜も健太を励ましながら一緒に足を進めていた。
森下は列の中間あたりで様子を見ていたが、その時健太がなにかに躓いたのか転んでしまった。
「大丈夫!?」
森下が健太の様子を見に行ったその時だった――地面が揺れた。地震!? と森下は慌てて生徒たちに駆け寄り抱きしめた。
刹那、突如地面が抜け、開いた穴に森下と何人かの生徒たちは呑み込まれることとなった――




