第25話 冒険者ギルドにやってきた
「ここがギルド支部か……思ったより“役所”だな」
ナビに従って車を進めると、灰色の箱型ビルの正面に大きな看板。
冒険者ギルド ○○地域支部――鉄筋コンクリート造の、いかにも現代日本の公共施設だ。
「駐車枠も広いですし助かりますね」
秋月がオフロード車をゆっくり枠へ収める。埋まり具合は六割程度。
モコを抱え、ラムを肩に乗せてエントランスへ。手動のガラス扉を押すと、白いロビーと一本のカウンター。
三十代前半ほどの事務員がきびきびと立っていた。
「あの、ジョブストーンを入手したので新規登録をお願いしたいのですが」
名乗りを終えると、女性の視線は一瞬だけモコとラムに向けられるが動じない。場慣れしているらしい。
「登録ですね。お手続きにはいくつか書類が必要となります。まず確認ですが――そちらのモンスターは既にテイム済み、ということでよろしいでしょうか?」
不意を突かれた。受付の女性が怪訝そうにこちらを見ていた。登録前のテイムは疑念を招く。
「し、仕方なかったんです!」
秋月が慌てて割って入る。
「栽培した作物に特殊効果が付いてしまい、それを食べて懐いたんです。不可抗力で!」
受付嬢はメガネを押し上げ、僅かに溜息をつく。
「食餌従属のケースですね。後ほど鑑定審査がございますので、そちらで安全性を確認いたします。では新規登録のご説明に移ります」
テキパキとした受付嬢が胸元のネームプレートを軽く指で押さえ、続きを促す。抑揚こそ淡々としているが、言葉選びは丁寧だ。
「よろしくお願いします」
俺がうなずくと、彼女は卓上端末を操作し、小さなメモパッドをこちらに向けた。
「ご用意いただくものは四点です。個人番号カード、印鑑、住民票の写し、そして履歴書」
指先で一つ一つを示しながら視線を合わせてくる。柔らかな香水の匂いがわずかに漂った。
「個人番号カードと印鑑はお持ちですか?」
胸ポケットからカードケースを取り出しつつ、俺は首の後ろをかく。
「印鑑は三文判ですが……」
ポケットの奥で朱肉の蓋をいじる自分の指先が、少し汗ばんでいるのを感じた。
「かまいません」
受付嬢は小さく笑ってメガネを押し上げると、ロビーの隅に設置された端末を手のひらで示した。
「住民票の写しはあちらの端末で即時発行できます。一通二百円です」
案内を受けて秋月が「なるほど」と頷き、モコとラムも首を傾げて端末を見上げる。
「履歴書は新規受付横の記載台に専用用紙とサンプルがございます。証明写真ブースもそちらにございますので、撮影後に貼付してください」
メモパッドを戻すと、受付嬢は腰を軽く折り畳んで一礼した。
「何かご不明点がありましたら、いつでもお声がけください」
「分かりました。ありがとうございます!」
俺も深く頭を下げた。すると足元のモコが「ワフッ」と短く鳴き、ラムが肩の上でぷるんと震えて同調する。
一連のやり取りを終え、俺たちは必要書類を揃えるためロビーの端末へ向かった。
端末に個人番号カードを通し、住民票を一通出力。証明写真ブースで撮影し、そして奥の新規登録受付所に向かう。
白い壁が続く細長い通路を進むとT字路につきあたりその正面に目的の部屋があった。
中に入ると長椅子が幾つか置かれていて待っている人も結構いた。
番号札を取り、待合の長椅子へ。呼出モニターには二桁後。待ち時間を使い、壁際の記載台で履歴書を埋める。
――その時。
「おいおい。何で“会社クビ”の役立たずがこんな所にいるんだよ」
聞き慣れた声に背筋が凍る。振り向けば、軽薄な笑みを浮かべた阿久津。
その腕に絡むのは、俺を裏切った元婚約者・未瑠。
「あら、本当。あなたが冒険者? 身の程知らずね」
モコは耳を伏せて唸り、ラムはぷるるっと淡い光を弾かせる。
ギルド登録という第一関門を前に、最悪の“因縁”が立ちはだかった――。




