閑話 その後の二人②
「これが今回の取り分だ」
「あ、ありがとうございます!」
阿久津は翔也からダンジョン探索での報酬を手渡され、顔を綻ばせながら深く頭を下げた。
阿久津と座間はその後も黒爪黒牙と行動を共にし、定期的に分け前を受け取る生活を続けていた。かつては冒険者と無縁だった二人だが、今ではそれなりに実戦経験も積み、立ち回りも様になってきている。
「いつもありがとうございます」
「いいってことさ。これは正当な対価だからな」
座間も笑顔で翔也に礼を述べる。受け取った封筒をすぐにバッグへとしまい込んだ。一方で阿久津はその場で封筒の中身を確認し始めた。
「ちょっと阿久津。そういうのは後にしなさいよ」
「何言ってんだ。こういうのはその場で確認しておかないと、後々トラブルになるかもしれないだろ」
座間の注意に眉をひそめつつ言い返す阿久津。もっとも彼の言い分も一理ある。金銭のやり取りでは確認が大事だというのもまた事実だ。
ただ、座間としてはそれがどうにもガツガツしているように見えて、あまり良い気分ではなかった。
「ごめんなさい、翔也さん。失礼な真似して」
「いや、阿久津の言ってることも間違ってないさ。未瑠も確認しておくといい」
「私は信じてますから」
「おい、それだと俺が信じてないみたいな言い方じゃねぇか」
座間の言葉にムッとした様子の阿久津が声を荒げる。その態度に、座間は大きくため息をついた。
「さっき自分で確認すべきって言ってたじゃない」
「だから確認するのは当然だって言ってんだろ!」
険悪な空気が漂いはじめたその時、翔也が軽く笑って二人の間に割って入った。
「落ち着け、二人とも。こんなことで喧嘩なんてくだらないぜ。これで一緒に飯でも食ってクールダウンしろよ」
そう言って翔也は阿久津に一万円札を手渡した。
「いいんですか?」
「ああ。二人のおかげで今回の稼ぎも上々だったからな。気にすんな。それじゃ、また連絡する」
手を振って去っていく翔也を見送った後、二人はそのまま近くの店で夕食を取ることにした。
「今回のダンジョン探索の報酬は二十万円。一回の出撃でこれは悪くないよな」
「……そうね」
「お前はどのくらいだったんだよ?」
「――あんたと同じよ」
出てきた料理を夢中で口に運ぶ阿久津に、冷めた視線を向けながら答える座間。その態度が気に食わないのか、阿久津は露骨に顔をしかめた。
「お前、最近ノリ悪くないか?」
「そう? 元からこんなもんでしょう。私、サバサバ系だし」
「自分で言うか、それ……」
皮肉混じりのツッコミを入れつつも、特に深追いすることなく二人は黙々と食事を進めた。食べ終わる頃には、外の空気もすっかり夕暮れ色に染まっていた。
「なぁ、部屋寄っていくだろ?」
「悪いけどパス。今日は疲れちゃった」
座間はあっさりと阿久津の誘いを断り、駅へ向かう人波に紛れていった。結局、二人はそのまま別々に帰ることになった。
「あいつ、最近妙だな。それに――」
阿久津の胸には、ある引っかかりがあった。最近の座間の様子――明らかに何かを隠している気配。正直、そのことを問いただしたい衝動もある。
だが今はまだ、そのタイミングではない。黒爪黒牙の協力もあり、現在の生活は成り立っている。下手に波風を立てるのは得策ではなかった。
「まぁいい。もしそうならそうで、こっちにも考えがある」
そう呟きながら、阿久津もまた夜の街へと足を向けた。
◆◇◆
「よぉ。すっかり調子を取り戻したようだな」
会社の同僚が、笑みを浮かべて阿久津に声をかけた。阿久津は書類をまとめながら、満足げに口元を緩めた。
「ああ。風間がいい加減な仕事して辞めやがったから、そのフォローは大変だったけどな。最近は新規も順調に取れてるし、まぁ悪くないよ」
その発言に、同僚は微妙な表情を浮かべた。風間の退職理由については、社内でも真相がよくわからず、噂話が飛び交っている状態だった。
「でも、風間先輩の仕事は完璧でしたよ。後々のフォローもしっかりしてくれてましたし」
その場にいた後輩が反論めいた口調で言った。風間を慕っていた一人だ。
阿久津の表情が明らかに曇る。
「お前らが何を言おうが、結果がすべてなんだよ。風間は情報を流出させた。その結果、解雇されたんだ」
「でもそれって……」
「阿久津、ちょっと来てくれ」
後輩が反論しようとした瞬間、部長の声が社内に響いた。呼びかけに阿久津は小さく舌打ちしながら席を立った。
後輩の態度にも苛立ちを感じていたが、それ以上に、部長がこのタイミングで自分を呼んだことに、別の疑問が浮かぶ――




