第173話 どんどん育つ作物
秋月の運転で俺たちは放置ダンジョンへと戻ってきた。正直なところ、帰りは俺が運転を代わろうかとも思ったんだけど、秋月は「運転好きだから」とにこやかに断ってきた。
それ以上に、祖父である落葉さんの形見の車だって話も前に聞いたことがある。大切な車だからこそ、他人にハンドルを握らせたくないって気持ちもあるんだろうな。
俺は営業時代、社用車ばかりだったし、プライベートで車を持ったことがない。今後のことを考えればあってもいいとは思うけど……費用面とか、ダンジョン暮らしの生活スタイルを考えると、まだ難しいか。
そんなことを考えながら、車内でたわいのない会話を交わしているうちに、ダンジョンに到着した。買ってきた荷物は俺とモンスターたちで分担して運ぶことに。
秋月も「手伝うよ」と言ってくれたけど、運転してくれた上にそこまで甘えるのは悪い気がして、ここは休んでもらうことにした。
「後はこれを運ぶだけだな」
「ゴブッ!」
「ワン!」
「ピキィ♪」
「マァ♪」
「モグゥ!」
残っていたのは、ゴブが作ってくれた折りたたみ式のテーブルとイス。見た目こそ素朴だけど、構造は頑丈で収納にも便利な一品だ。皆で協力してそれを運んでいると――
「風間さん、すごいよ! ちょっと来てみて!」
興奮気味の秋月が外から駆け寄ってきた。目を輝かせながら俺を手招きしている。
とりあえずテーブルとイスを所定の場所に運び入れ、秋月の指さす方向へ視線を向けると――畑の一角に、真っ赤に色づいたトマトがたわわに実っていた。
「マジか……もう収穫できるのかよ……」
正直、言葉が出なかった。種を蒔いてからそこまで経っていないのに、この育ちっぷりは異常だ。まるで何か加速する力でも働いてるみたいだ。
「わぁ……こんなに早く実がなるなんて……!」
秋月も目を見張っていた。あまりの成長スピードに、もはや畑の常識が通じないことを改めて痛感する。
そういえば、これも作物だし、鑑定スキルが使えるかもな。ためしに手のひらで実ったトマトの近くにかざしてみる。
『陽熟実トマト:ダンジョンの陽気を吸って育った強化作物。摂取により集中力が増し、睡眠や混乱などの状態異常にも掛かりにくくなる。視界の明瞭さも一時的に向上し、周囲の状況を把握しやすくなる。熱を通すことで味が深まり、効果の持続時間が延びる』
「……またとんでもない効果がついてるな、これ」
前の魔根人参の時も驚いたけど、今回のトマトもなかなかどうしてヤバい性能だ。こんなの食べて平気なんだろうか。人間用として安全なのか、やっぱちょっと心配になる。
「このトマト、美味しそうだよね。人参もだけど、料理に使ってもいいかも」
秋月がそう言うと――
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「マァ~♪」
「ゴブゥ♪」
「モグゥ♪」
モンスターたちが一斉に喜びの声を上げた。料理、というワードに反応したようで、モコは尻尾を振って跳ね回り、ゴブは口元をぺろりと舐めている。皆ノリノリだな。
ただ、俺としては、念のため誰かに確認したい気もする。特にこの手の特殊な作物に詳しい人とか――
そのとき、タイミングを見計らったようにスマフォが震えた。表示された名前は、小澤マスター。
「マスター? どうかされましたか?」
通話を繋ぐと、元気いっぱいの声がスピーカーから響いてきた。
『おう! 別に急ぎじゃねぇけどな。調子はどうかと思ってよ。特にモンスターたちは元気か? 可愛らしいモンスターたちはどうだ! また新しい仲間が増えたりしてないか!』
いきなりハイテンションで畳みかけられて、思わず笑いがこぼれる。相変わらずモンスター大好きだな、この人。
「流石に新入りは増えてませんが、実はダンジョンの畑で育ててた人参とトマトが、今日見たら収穫できてまして」
『ほう、そいつはすごいな。どんなもんが育ったんだ?』
「はい、実は――」
俺はマスターに、鑑定スキルで判明した人参とトマトの情報を説明しはじめた。思えば、これは俺たちの暮らしにとって、かなり大きな“収穫”かもしれない――。




