第159話 赤毛のモンスター使い
――そうか。ついウトウトして眠ってしまっていたんだな。
目覚めた俺は、塩素の混じったプールの香りに包まれて現状を思い出す。リクライニングチェアがわずかに軋む音がし、顔を横に向けると、スースーと寝息を立てるモグの姿があった。きっとモグも遊び疲れたのだろう。俺はその頭をそっと撫でながら、他の皆はどうしたかなと辺りに目を向けた――そのときだった。
「ちょ、待ってください! だから私は違うって……放して!」
愛川の声。モコたちの鳴き声も混じっている。只事じゃない。
俺はチェアから飛び起き、声の方角へと駆け出した。視線の先にいたのは、水着姿の愛川の腕を強引に掴む、サングラス姿の赤毛の男。
「おい、俺の連れに何してんだよ」
その肩に手をかけて問い詰めると、男がゆっくり振り返り、サングラス越しに俺を睨みつけてきた。
「あん? なんだお前?」
「放して!」
愛川が男の腕を振りほどき、俺の背後に逃げるように身を寄せてきた。モコ、ラム、マール、ゴブも俺の足元に駆け寄ってくる。
「チッ、なんだよこれは……まさかお前がその女の男なのかぁ?」
男は俺を上から下まで値踏みするような目つきで見てきて、心底うんざりする。
「そ、そんな……彼氏だなんて!」
愛川があたふたと否定する。まぁ、そりゃそうか。
「俺と愛川はそういう関係じゃない。ただ、大事な友だちなのは確かだ」
「と、友達……ムゥ……」
その直後、何故か俺の腕を愛川が抓ってきた。え、俺なんか間違ったこと言ったか……?
「ふん……まぁいいさ。で、そっちのモンスター共は……お前が飼い主ってわけか?」
男がモコたちを顎で指す。モコたちはそれぞれ険しい目つきで男たちを睨んでいた。ふと、男の背後に目をやると、同じようにモンスターを連れているのがわかる。コボルト、ゴブリン――そしてもう二体、ふてぶてしい顔をした豚のようなモンスター(オークと思われる)と、小柄な同種と思われる存在が一匹。後者は袋を持って所在なげに立っていた。
「俺が面倒見ていることは確かだ。それがどうかしたか?」
「そいつらがな、うちの連中にちょっかいかけてきたらしくてな。俺としては、どう責任とってくれるのかって思ってたところだよ」
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「ゴブッ!」
「マァ!」
モコたちが一斉に抗議の声を上げる。その様子から察するに、どうやら話は逆のようだ。
「なぁ、愛川。何があったのか教えてくれないか」
「私も詳しくは……皆に飲み物を買ってくるために一旦離れてて、戻ってきたらこの人に絡まれてて。それで、皆の飼い主だって思い込んで、無理やり……」
やっぱりそうか。こいつ、最初から強引だったんだな。
「ちょっかい、ねぇ。具体的には何をされたってんだ?」
「――それは……」
男が言い淀む。あやしい。もしかして、何があったか把握してないんじゃ……?
「ギャッ! ギャギャッ!」
そのとき、後ろにいたゴブリンが目を押さえながら叫び、男に何か訴えた。
「ほう、そうかそうか……」
赤毛の男は口元にニヤリと笑みを浮かべ、そのゴブリンの頭を押さえながら俺の前へ突き出してきた。
「見ろよ、グリンのこの目。赤く腫れてんだろ? どうやらそっちのスライムか何かにやられたみたいでな。見た目に反して荒っぽいんだな、そっちは」
……確かに、ゴブリンの片目は赤くなっている。そして、ラムは水を飛ばすスキルを持っている。
「ラム。お前、やったのか?」
「ピキィ……」
小さく震えながら、ラムがしょんぼりとうなずいた。
「……どうしてそんなことを?」
俺が両手でラムを抱えながら尋ねると、モコ、マール、ゴブが次々に弁解するような声を上げた。
「なるほどな。つまり、原因はあちらにあると?」
状況的には、ラムが手を出したのは後手であり、モンスターたちがそれを庇っている構図。だが俺も愛川も直接のやり取りは見ていない。
「お前らのモンスターに非はなかったってか? へぇ、都合のいい話だな。しつけがなってないってだけじゃねぇのか?」
ぐっと拳を握る。こいつの言葉に腹は立つが、証拠がない以上反論は難しい。
確かに、グリンと呼ばれたゴブリンの目は赤いし、ラムが水を浴びせたのも事実。ならば、ここは……
「……わかった。状況は確認できていないが、うちの子が傷つけたことには変わりない。すまなかった」
そう頭を下げながらも、心の中では拳を握りしめる。
――俺は、モコたちが理不尽なことをするとは思えない。きっと何かがあったんだ。
そう確信しながら、次の展開を見守るしかなかった。




