第158話 モンスターの主
『こいつら生意気ブヒッ』
『あの豚みたいなチビのくせに、腹立つぜ』
『畜生! 目がいてぇ、あのスライムふざけやがって!』
モコたちに絡んできた三匹が、苛立ちを隠すことなく騒いでいた。そんな身勝手な言い分に、マールが呆れたようにため息をつく。
『そんなの、悪いのはあんたたちなの』
『なんだと、球根みたいな顔してるクセに!』
『きゅ、球根ッ!? 失礼なの! 許せないの!』
相手のゴブリンに球根と揶揄され、マールは顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒った。
「テメェら、一体ここで何してんだ?」
『『『ボスッ!』』』
そこへ現れたのは、赤く染めた髪にサングラスをかけ、派手な海用のシャツを羽織った男だった。風間と同じくらいの年齢に見える。
ゴブリン、コボルト、オークの様子からして、この男が三体のモンスターの主らしい。
『うぅ、何かあったブ~?』
その男の後ろから、二足歩行の子豚のようなモンスターが歩いてきた。缶の入ったビニール袋を抱えており、他の三体に比べて体も小さく、表情もどこか頼りなさげだ。
「うるせぇ、お前はいいからさっさと来い! グズグズすんな!」
『うぅ、ごめんブ~』
男に怒鳴られ、子豚のモンスターは足を早めた。その間にも三体のモンスターが男に向けて口を開く。
『聞いてくれよボス! あいつらが俺等に逆らいやがってよ!』
『トンマみたいなチビのクセにムカつくぜ』
『あんな奴らに舐められっぱなしじゃ、メンツが丸つぶれブヒッ!』
三体が一斉にまくし立てる中、男はあからさまに鬱陶しげな表情を浮かべ、サングラスの奥から鋭い目を光らせた。
「喚いてんじゃねぇ。お前らが何言ってるかなんて分かんねぇんだよ。……だがまぁ、ムカついてるのは伝わったぜ」
男はサングラスを外し、鋭く光る目でモコたちに視線を向ける。
「なるほどな。こっちのチビどもが原因ってわけか」
『勝手なことを言うな!』
『そうだよ、僕たちは何も悪くないもん!』
『仲間を侮辱したのはそっちだ。モンスターの主なら、ちゃんと教育くらいしておけ』
『ゴブの言う通りなの! 私たちの御主人様とは大違いなの!』
モコ、ラム、ゴブ、マールの怒りの声が飛び交う。その姿をジッと観察していた男は、ふっと口角を上げた。
「ふーん。怒り、抵抗、比較……面白ぇな。なかなか情緒豊かな連中だ。で? 主人はどんな奴なんだ?」
「皆、ごめんね~待った? て、えっと……」
そのとき、ジュースの入った袋を手に戻ってきた愛川が、物々しい空気に気づいて立ち止まった。
「へぇ~、可愛いね君。もしかして、このモンスターたちの主人かい?」
男の態度が一変した。愛川の姿を上から下まで舐め回すように見て、気安く距離を詰めてくる。
「違います、私は──」
「いやいや、俺もモンスターの主でさ。この子たちがうちの連中と揉めちまってねぇ。もちろん俺は止めたんだけど、今後のこと考えると……ちょっと話し合おうか?」
男は愛川の腕をぐいと掴んで引こうとする。その手つきには迷いがなく、あからさまに強引だった。
「ちょ、待ってください! だから私は違うって……放して!」
慌てる愛川を助けようと、モコたちが動き出すが、例の三匹に遮られる。さらに、子豚のモンスター──“トンマ”と呼ばれた彼は、ただその場でおろおろと立ち尽くすばかり。
「トロトロしてねぇで、お前もそのチビ共を止めとけ、トンマ!」
男の怒声が飛び、トンマはびくっと肩を震わせた。
「おい、俺の連れに何してんだよ」
そこに割って入ったのは、目を覚ました風間だった。男の肩を無言で掴み、その視線を正面から受け止める。
「あん? なんだお前?」
ぴり、とした空気がプールサイドに漂う。モコ、ラム、マール、ゴブは、風間の姿を見て安堵の表情を浮かべていた。
一方、風間と赤毛の男──モンスターの主との間には、一触即発の緊張が走っていた――。




