第152話 欲望に忠実に
駅前で愛川とばったり遭遇し、そのまま昼食を一緒に取る流れとなった。彼女が案内してくれたのは、意外にも庶民的なラーメン屋だった。
「ここがオススメの店なんです!」
「へぇ、ラーメンが好きだったのか?」
俺の中で、愛川ってもっとオシャレなカフェに詳しいイメージだったから、ちょっとだけ意外だった。
「はい! ラーメンは大好物です!」
照れもなく、にこっと笑うその表情に、俺も思わず笑ってしまった。なんというか、親近感が湧くというか、こういうギャップっていいな。
「それに、ここはモンスターも入店OKなんですよ」
「あ、本当だ。『モンスター歓迎』って貼ってあるな」
「ワンワン♪」
「ピキィ♪」
「モグゥ~♪」
「マァ~♪」
「ゴブゥ~♪」
モンスターたちも上機嫌だ。最近はモンスター対応の店舗が増えてきたとはいえ、まだまだ貴重だからありがたい。
「いらっしゃ~い!」
店に入ると、元気な声が店内に響く。厨房にいた店主らしき男性がこちらに気づき、にっこりと笑いかけてきた。
「おや、これはこれは。可愛らしいモンスターが勢揃いだね。ちょうど一卓空いてるから、そちらどうぞ」
「ありがとうございます」
四人掛けのテーブルに案内され、女性スタッフがさっと子ども用の椅子を追加してくれた。おかげで皆も無理なく座れる。こういう心配り、すごく嬉しい。
「ここ、ラーメンも美味しいけど、餃子が絶品なんですよ」
「お、期待できそうだな。皆はラーメンと餃子、いけそうか?」
「ワンワン♪」
「マァ♪」
「ゴブッ!」
「ピキィ!」
「モグゥ~♪」
声を揃えて元気に応えるモンスターたち。空腹も手伝って、もうすでに目がキラキラしている。
それぞれメニューを開き、真剣な眼差しでページを追っていく。器のサイズも豊富で、小さい子でも食べやすそうだ。ありがたい配慮だな。
「サイズも選べるし、好きなの頼んでくれて大丈夫だぞ。ここは俺が出すから」
「そんな悪いですよ!」
俺の言葉に愛川が遠慮を示した。とは言え俺達の方が人数多いし、纏めて支払った方が店も助かるだろう。
なので、ここは俺が出してお返しは次の機会にでもという話で落ち着いた。
「いろいろと……ありがとうございます」
そうお礼を言ってきた愛川の頬が少し赤い気がするが、気のせいか?
俺たちは大皿の餃子と、それぞれが選んだラーメンを注文した。待っている間はのんびりと談笑。ふと、店内のテレビに視線が向いた。
『――人はもっと欲望に忠実にあるべきです。さぁ、私の占いであなたの欲望を解放しましょう』
フェイスベールを付けた女性占い師が、妖しげな微笑を浮かべて画面越しに語りかけていた。服装も独特で、見る者に印象を強く残すタイプだ。
「……なんだ、この人」
俺が呟くと、愛川が頷いた。
「最近よく見るんですよ。この人、セイラって名前で活動してて、若い人たちの間ではちょっとした話題になってて」
「欲望に忠実、ねぇ。……今ってそういうのが流行りなんだな。って、あ、俺の言い方おっさんぽかったか?」
冗談めかして言うと、愛川が慌てたように言葉を返してきた。
「そ、そんなことないですよ! ハルさんは……その、若いですし、その、かっ、かっこ……」
「へいお待ち! スライム餃子、大盛りオークラーメン、塩ゴブリン麺、それにちびサイズのラーメン五つ!」
タイミング良く(?)店員が料理を運んできたおかげで、愛川の声はそれ以上聞こえなかった。……いや、何か言いかけてたよな?
「今、何か言った?」
「も、もう! なんでもないです!」
そっぽを向いてぷいっと頬を膨らませる愛川。何が“なんでもない”のかはわからないけど、何か機嫌を損ねたような……いや、気のせいか?
運ばれてきた料理はどれも見た目からしてうまそうだった。スープの香りが食欲をそそり、餃子の焼き色はパリッと黄金色。さすが愛川のおすすめの店だな。
『――誕生日が◯月のあなたは“食欲”がキーワード。我慢せずお腹いっぱい食べることで運気が上昇するでしょう』
テレビからそんな声が流れてきた。あの占い師、狙ったようなこと言ってくれるな。
俺もモンスターたちも夢中で食べて、あっという間に皿は空っぽになった。
「ハルさん、良ければなんですけど……皆も一緒に、この後付き合ってもらえませんか?」
食後、愛川が声をかけてきた。顔がちょっと緊張してるような、それでいて期待を込めたような……そんな表情だ。
「別に予定はないけど。どこか行きたい場所でも?」
「実は……スポーツクラブの体験会があるんです。入会をちょっと迷ってて、どうかなって」
なるほど。秋月の道場とは別に、運動を続ける場所を探しているのか。あの稽古の後なら、その気持ちはよく分かる。
「俺はいいけど、皆も大丈夫そうか?」
「ワンッ!」
「モグゥ!」
「マァ~♪」
「ピキィ♪」
「ゴブゥ!」
モンスターたちも大賛成らしい。楽しみにしているようで、モコも尻尾や耳がぴょこぴょこ動いている。
「それじゃあ、皆で行ってみるか」
「やったぁ! じゃあ案内しますね!」
こうして俺たちは、思わぬ流れでスポーツクラブの体験会に行くことになったのだった――。




