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親友に裏切られ婚約者をとられ仕事も住む家も失った俺、自暴自棄になり放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました  作者: 空地 大乃
第三章 放置ダンジョンで冒険者暮らし編

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第149話 現れる変化

 鋭い痛みとともに、泰子は意識を取り戻した。濡れた岩の感触が背中を冷やし、鼻を突く湿った土の匂いが意識を現実に引き戻す。


「……っ、ここは……?」


 瞼を重たげに開け、岩肌の天井を見上げる。見覚えのあるような、ないような──かつてダンジョンと呼ばれていた空間。けれど、何かが違う。


 壁の中央に“いた”はずの、半身が埋まった謎の男の姿は跡形もない。ただ、無機質な岩壁だけがそこにあった。


「夢……じゃ、ないよね……?」


 自分の声にさえ自信が持てなかった。だが全身に走る違和感が、夢ではないと告げていた。


「体が……軽い……?」


 腕を持ち上げる。驚くほどスムーズに、しなやかに動く。以前の自分の腕とは明らかに違う。無駄な肉が削ぎ落とされ、引き締まった線が浮かんでいる。


「なにこれ……まさか……あの石のせい……?」


 気味の悪い静けさの中、泰子は足を引きずるようにして洞窟の奥を歩き出した。いや、“洞窟”と呼ぶしかなかった。そこにはもう、魔物の気配も、異様な圧力もない。昨日までのような“ダンジョン”の異質さが、完全に消え去っていた。


 通路は簡素な一本道へと変わっていた。入り組んだ迷路のような構造は消え去り、まるでどこかに誘導されるような……整備された通路に変貌していたのだ。


「ゴブリンも……いない……」


 その事実に、ぞわりと背筋が粟立つ。矢を受け、棍棒で殴られ、血まみれになった自分を襲ったあの群れは影も形もない。まるで最初から存在しなかったような、そんな空虚さ。


(全部……なくなってる……?)


 やがて見えてきた光。出口。見張られているかもしれないという警戒心はあったが、このまま中に留まる理由もない。


 泰子は覚悟を決めて、地上へと足を踏み出した。


「──いたぞ!」


 その瞬間、懐中電灯の光が顔を照らした。茂みの陰から数人の人影が現れる。


「間違いない、ターゲット発見」

「うわー、マジでいたんだ。すげぇじゃん、あの先輩の占い」


 声の主は、上下黒づくめのサングラス男。隣にいたのは金髪を立たせ、ガムをクチャクチャと噛むチャラついた男。そしてその横には、妖艶な笑みを浮かべた茶髪のギャル風の女。


「誰よあんたたち。警察じゃなさそうね」

「それはヒドいなぁお姉さん。俺ら、そんないかつい顔してる~?」


 ガムを膨らませていた金髪がへらへら笑いながら肩をすくめる。その態度に、泰子の眉がつり上がった。


「俺たちは終焉黒団(タナトスギルティア)。黒のジョブを持つ者を探してる。お前も──なっただろう?」

「黒の……ジョブ?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に疼くものがあった。そうだ。あの男の“石”を取り込んだ──。


「見た目も変わったろ? 聞いてた話じゃ、もっとオバサンでゴリラみたいな女だって言われてたぜ?」

「誰がゴリラよ!」


 泰子が思わず怒鳴ると、ギャルが艶っぽく笑いながらコンパクトミラーを取り出した。


「ほら、確認してみて」


 覗き込んだ自分の顔に、泰子は目を見開いた。


「えっ、これ……私……?」


 皺は消え、肌には艶があり、輪郭は引き締まっていて目元も鋭く──まるで別人。数秒間見とれた後、彼女は思わず呟いた。


「……見惚れちゃうじゃない……」

「それが、黒のジョブの“力”だ」


 黒服の男が口を開く。


「ステータスを確認してみろ。“頭の中で念じるだけ”で見えるはずだ」


「……ステータス」


 念じると、脳裏に浮かぶ文字があった。


──ジョブ:夜叉姫。


 その単語に、ぞわっと鳥肌が立つ。だが、不思議と悪くない気がした。いや、むしろしっくりきていた。


「黒のジョブは特殊だ。正規のものと違って、世間には受け入れられない。だからこそ、俺たちと動く必要がある」

「ふふ、安心して。新しい戸籍も準備してあげるよ」

「……!」


 ギャルの言葉に、泰子の胸が激しく揺れる。逃げ続けるだけの生活に嫌気が差していた。だが──今なら違う未来が見える。


「……わかった。話ぐらいなら聞いてやってもいい」

「おぉ、乗り気で何より~♪」


 金髪男がガムを膨らませながら笑った。


「なら、ついてこい。ここから先は──お前の選択次第だ」


 泰子は一瞬だけ、振り返って森の向こうを見た。警察の足音はもう聞こえなかった。だが彼女の中で、今までの泰子はそこで終わった。


 もう、戻る気はなかった。


 こうして泰子は、終焉黒団へと歩を進める。知らず、それがこの先、幾つもの運命を巻き込む大きな渦の始まりになるとも知らずに――。

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