第122話 圧倒的な二人
「これを飲ませて上げてください」
「う、うん!」
「ゴブゥ!」
香川さんが紅葉に瓶を手渡していた。綺麗な瓶に透明な液体が入っているようだ。
「お兄ちゃん飲んで!」
「ゴブゥ!」
「ゴボッ!?」
紅葉が俺の口をこじ開けてゴブが栓を抜いた瓶を口の中に突っ込んだ。やってることが過激だな! 液体が喉に入ってきてそのまま俺は受け入れた。
すると痛みが和らぎ、怪我が治っていくのを感じた。これはポーションか。ダンジョンで手に入る素材で作られる薬で怪我や疲労を回復させることができる。
ただ怪我は治ったが疲労感はあまり回復した気はしない。もしかしたら吸われた血を戻すことは不可能なのかもしれないな。
とは言えかなり楽になったのは事実だ。あのままだったら本当にヤバかったと思うし。
「ありがとう。助かったよ」
「当然のことをしたまでです。貴方はそれよりもこれ以上無茶をしないように」
眼鏡を直しながら香川さんが忠告してきた。相変わらず手厳しいが――
『グォオォォォォォォオォォオッ!』
直後ゴブリンロードが咆哮した。よく見るとゴブリンロードの体は鞭で縛られて拘束されている。あの巨体を縛る鞭って、一体どれだけ長いんだろうって思えるが、そのおかげであの鉄槌が振り下ろされることがなかったわけか。
「――鬱陶しい」
天野川が地面を蹴った。まるで天女のように軽やかに、優雅に、縛られたゴブリンロードの顔まで跳躍し、チンッ、という小気味良い音を耳に残した。
「グォ――?」
ゴブリンロードが怪訝そうに声を発すると、首から上がゴロンっと転げ落ちた。頭をなくしたゴブリンロードは手をバタバタさせながら傾倒し地面に倒れた。
「マジかよ……」
「ゴ、ゴブゥ……」
思わずそんな声が漏れた。ゴブも目を見開いて驚いている。香川さんの鞭で動きを封じていたとは言え、まさか一撃で首を斬り落として終わるなんて想像の埒外だった。しかもそれを一瞬の攻撃で成功させて見せるなんて――格の差を見せつけられたな。
「相変わらず見事な居合ね」
「うん。動きを止めてくれていたからやりやすかった」
天野川を褒めつつ動かなくなったゴブリンロードから鞭を解放すると、鞭が縮まり香川さんの下に戻った。あの鞭は伸縮自在なのか。俺が手に入れた鍬や大鎌みたいに特別な力を宿した武器なのかもしれない。
「天野川って冒険者ランク幾つなんだっけ?」
「私はC級」
俺の問いかけに答えた天野川。C級でこの強さか。もしかしてS級までいった親父と母さんって俺が思っているよりとんでもないのか?
「ところでその武器は?」
香川さんが大鎌を指さして聞いてきた。見た目からして物騒な感じがあるから疑問に思ったのかも知れない。
「宝箱から見つけたんだ。狂血の大鎌という名前みたいで、血を吸われる代わりに限定スキルとか言うのが使えるようになったんだよ」
「――血を吸う?」
香川さんが眉を顰めた。あれ? 何か不味いこと言ったかな?
「いや、でもおかげで助かったんだよ。この鎌がなければヤバかった」
「うん。鎌を持ったお兄ちゃん凄かったんだよ。チョット、怖かったけど――」
「ゴブゥ……」
紅葉の顔が強張った感じになる。ゴブも俺が大鎌を持っていた時のことを思い出したのか、不安そうな表情だ。
「大丈夫だ。あれは一時的な物だからな」
「そう悠長な事を言っている場合では無いですよ。話を聞く限りこの武器は呪装の可能性もあるのですからね」
呪装――それは初めて聞く名称だ。
「呪装って?」
「呪いの装備です」
眼鏡を直しながら香川さんが説明してくれた。呪装とは武器や防具に呪いの力が込められた物で、装備としては強力であり特別な力を有することも少なくないが、その分大きなリスクを背負うことがあるらしい。
「そのリスクとは?」
「物によって違います。場合によっては二度と手放すことが出来ないような強力な呪いが込められた装備もあるのですから、本来はもっと慎重に扱うべき物なのです」
そ、そうだったのか。仕方なかったとは言え危険な賭けだったんだな。
「とりあえず、手放しても大丈夫そうではあるかな」
「確かに手から放れてる。だけど呪装ならギルドの預かり案件」
天野川の話に香川が頷いた。
「鑑定の必要がありますね。危険性も調べる必要があるのでこの装備は一度お預かりします。よろしいですね?」
「あ、はい。お願いします」
流石にそんな危険な代物ならしっかり調べて貰いたいからな。
「そういえばこの鍬も宝箱から手に入れたんだけど」
「それは一体どんな物ですか?」
聞かれたので香川さんに説明した。
「それは恐らく魔法の効果のついた装備ですね。特に害はないと思います」
「それじゃあ持っていても?」
「問題ないでしょう。ただ鑑定はしておいた方がいいでしょうね」
どうやら効果のわからない装備はギルドで鑑定してもらえるらしい。それならお願いしようかな。
「一緒にお願いしてもいいですか?」
「構いませんが、先ずはここから出ることですね」
「ゴブリンはまだ彷徨いている。皆、私たちにしっかりついてくる」
確かにこれ以上こんな危険な場所にはいられないからな。俺たちは香川さんと天野川についていくことにした。
「そういえば、上に仲間がいる筈なんだけど」
「知ってます。途中で見つけたので安全なルートを指示して出口まで向かってもらいました。ダンジョン災害に巻き込まれた子どもたちと先生も無事です」
「風間のことは彼らから聞いた」
それを聞いて安心した。そして皆が俺が落ちたことを知らせてくれたんだな。後でしっかりお礼を伝えないと。
とにかく、これで一先ずは安心だな。そして俺たちは二人と一緒にダンジョンの出口を目指したのだった――




