第120話 ゴブリンロード
鋼鉄の鎧を装備し、角つきの兜を被り、手には巨大な鉄槌が握られている。一体どこから手に入れたのか、それともダンジョンから与えられた物なのか。
そしてその顔は厳つく、ゴブリンの雰囲気を残しながらも感じられる威圧感は比較にならない。下顎からは湾曲した角が生えていてそれがより迫力に磨きをかけているようだった。
ゴブリンロードが俺たちを見下ろしていた。咆哮したのはこいつのテリトリーに入り込み掻き回したからか。思考は動物と変わらず縄張りを荒らされることを極端に嫌うタイプなのかもしれない。
そんなことを思考しながらも俺の心臓はバクバクと激しく波打っていた。膝が震える、心の底から恐怖している自分がいる。
だけど、それを気取られるわけにはいかない。今ここで俺の心が折れたらゴブや紅葉も犠牲になってしまう。
だが、どうする。ただでさえ俺より遥かにデカい相手だ。下手な攻撃など当てる当てない以前にまともに届かない。足になら攻撃できるが、それがどの程度効果あるのか――
「ゴ、ゴブッ!」
その時、ゴブがスリングショットで鉄球を撃った。それはゴブリンロードの眼球に吸い込まれるように向かっていった。
そうか。どんな相手でも目は防げない。ましてやあれだけ大きな眼球だ。巨体ゆえに恐れたが、それ故の弱点だって――そう思ったのだが、ゴブリンロードは目を見開いたまま鉄球を受け入れた。眼球に鉄球がめり込むも全く怯む様子すら見せない。
それがどうしたと言わんばかりに俺たちを見下ろしている。
「ゴ、ゴブゥ……」
ゴブリンロードが全くの無傷だったことにゴブも動揺を隠せないでいた。
「く、くそッ! 天地返し!」
俺は覚悟を決めて鍬を握りしめ、スキルを行使した。地面を削りながら衝撃がゴブリンロードの足に直撃した。だが――
「ハハッ、全く効いてないのか、ぐぼッ!?」
思わず自嘲した直後、俺の体が飛ばされるのを感じた。何が起きたか理解できなかった。全身に凄まじい衝撃を受け、景色が遠ざかった。直後に背中に激しい痛みと壁の崩れる音。視界がぐるぐると回転し脳が揺れ、目眩と吐き気が同時に訪れた。
何をされた? 思考を巡らせる。そうだ、俺に向けられたのは手だった。武器ではなくてゴブリンロードは手のひらで俺を払ったんだ。まるで鬱陶しい小虫を追い払うように。ゴブリンロードにとって俺はその程度の相手でしか無いってことだ。
「んだよこれ――」
天井を見上げながら漏らした声に吐血がまじる。咳き込むたびに血が顔に掛かる。視界がかすみ、上手く立ち上がることができない。
「お兄ちゃんッ!」
紅葉の声が聞こえた。紅葉、誰だっけ? ダメだ思考が追いつかない。
「キャァッ! ゴブちゃんゴブちゃん!」
「ゴブゥウッa!?」
「嫌だ、ゴブちゃんを放して放して、え?」
「ギャギャッ」
「ギャ!」
「こ、この近寄らないでよ!」
ゴブ、紅葉、そうだ。二人がまだあそこにいるんじゃないか。それにこの声、まさか他にゴブリンが、不味い。このままじゃ、だけど、俺に一体何が出来る。ダメだ、諦めるな。先ずは動け、動け!
鍬を支えになんとか立ち上がった。脇腹が痛い。肋が何本も折れてるようだ。足が痛い。罅ぐらいは入ってるか。折れてないだけまだマシか。いや、右手の指の何本かは逝ってるか。だがそれぐらい、まだ行ける。俺はまだいけるんだ――
『後ろを見て――』
その時、俺の脳内に何か声が聞こえてきた。何だ? 脳に直接? 言われた通り後ろを振り返るとそこには宝箱があった。
『ここから、出来ることはこれぐらい、だから――』
そこで声が消えた。なんだこれ? 痛みで幻聴が? いや違う。間違いなくなにかの導きだ。何者かわからないけど、今はこれに賭けるしか無い。
俺は痛む体を引きずるようにして宝箱を開けた。罠があるかどうかなんて考えている余裕はない。そしてその中に入っていたのは――一本の大鎌だった。柄から刃まで血のように赤い不気味な鎌だ。これを使えということか――




