15,The Origin Online開発室 1
東京某所。
数々の高層ビルが密集する、人口過密都市に、とある会社の開発室が置かれていた。
開発室と言っても、実際に機材等が置かれているわけではなく、モニターに、数台のPCが置かれているだけの簡素な内装。しかしながら、この開発室で提案された内容が、実際に試作機で試され、「The Origin Online」のゲームに反映されていくことになる。
そんな、開発室で議題に上がっているのは、次のアップデートやイベント等の話ではなく、現在ゲームが抱えている問題点の解消について。目新しく、ユーザーにも喜ばれやすい、新規企画は残念ながらこの部署には回ってこない。元よりそのような個所を担当する部署では無いので、仕方がない事ではあるが、モニターの小窓でしかめっ面している女性社員にとっては、納得のいくものではないらしい。
そんな女性社員が、ぶっきらぼうに了承の言葉を口にし、接続を切ると、彼女の機嫌をどうにかなだめようと苦心していた、開発室の長は、フッーっと息を吐き、椅子の背にどっしりと寄りかかる。
「室長、朝礼終わりましたか。」
深々と椅子に座り、ようやく、一息つけるかと思っていたところに、今度は働くことに意義を見出していそうな、スーツも髪型もカチッと決めた、バリバリのキャリアウーマンが、画面に映し出される。
この女性社員は先ほどのご機嫌取りを、朝礼と言っていたが、実際問題、あれはただの愚痴聞きで、本来5分で終わるところを三倍の時間使わされているので、挨拶で済ましていいものではない。それもこれも、この開発室の作業量が多すぎるせいで、もともと新規開発に携わっていた人員もこちらに呼び寄せる羽目になってしまったことが問題なのだが。社員のメンタルケアぐらいは、せめて元の部署が責任をもってやってほしい。
「あぁ、南さん。終わりましたよ。」
くたびれた白シャツに、古びたメガネをした、ぼさぼさ頭の不健康そうな男がそう言うと、彼女は「お疲れ様です」と一言、言った後、PCの画面に数枚の資料が映し出す。
仕事の速い彼女だが、息つく暇も与えてくれないので、提示される資料の数々を見て、彼の気持ちは再び下降していく。
「今後はもう少し短めにしてくださると助かります。」
ダメ押しと言わんばかりに、棘を含んだ言葉で上司を攻撃すると、彼女は今日議論すべき議案を資料に基づいて、説明し始めた。
「本日はキャラクターの使用率問題と、魔物陣営における交易活発化についてです。先日お送りした資料には、既に目を通してありますか。」
てきぱきと資料を展開し、説明し始める“南”と呼ばれる女性社員は、明らかに室長の疲労感に気づいていそうだったが、その手を緩めることは無かった。
容赦のない部下に対し、泣きそうになっている室長が、仕返しにと、資料を読んでいないと発言することも可能だが、それをしたところで、彼女に対して何のカウンターにもならないことは事前の失敗から学んでいる。そのため室長は、素直に「あります」と答え、上下関係が実にしっかりとした会議がつつがなく始まる。
「まずは、使用率の低いキャラクターについてですが、β版から引き続き、移動速度の遅いキャラクターは人気が低いようです。どうされますか。」
「そのままでいいよ、イベントとか、PVを見ればそのうち増える。ある程度メリットがあるようにも作ってあるわけだし。どちらかというと問題なのはプロローグ部分だよ、もっと自然に自分の操作するキャラの強みと弱みがわかる導入にしてほしい。企画に伝えておいて。」
男は今月方々で、幾度どなく答えさせられたテンプレの回答をすると、一枚の資料を拡大し、その下部まで目を通すと、以前見た時から変わらない数字を見つけてしまい、ため息を付く。
「ゴーレムは相変わらず一人か・・・。この子しかやってないせいで、情報公開が滞るんだよな・・・。」
男がこめかみを抑えて、困った顔をする。
現在、「The Origin Online」でゴーレムを選択しているプレイヤーは一人きりだ。正確には、毎日、誰かしらがチャレンジしては辞めて行っているわけだが、まともにプレイしているのが一人なせいで、この子一人のために、詳細データをあやふやにしたりと色々変更しなければいけなことがあった。
もちろん、ゴーレムが一人きりだと知れ渡ったところで、問題はないかもしれないが、もし、彼女が誰かに狙われる立場にでもなった際に、“プレイヤーのゴーレム”という情報だけで、個人が特定される状況になるのは芳しくない。と、お上からのお達しがあった。
有名プレイヤーにでもなれば、誰からも存在だけで認知されるようになるなんてこともあるのだが、どうやら、お上の方々はひどく炎上を恐れているようで、今回の様な対応となった。
一度はこの子のプレイ等をPVに乗せてしまって、新規のゴーレムを増やそうと考えたのだが、これも結局却下した。
どうせ、イベントとかで珍しさから悪目立ちするんだから、今の詳細データ偽装の効果はいつまでも続かない。PVに乗せて人が増えなかったら、いつかは、ゴーレムのプレイヤーが少ないということがバレ、変にこの子が目立つことになる。そのため、新規を増やさないことには、こちらもやりにくくてしょうがないのだ。
「この子の移動方法だけPVに乗せれば、ちょっと解決しそうなもんなんだけどねぇ・・・。」
件のゴーレムが、転がりながら地面を蹴っている動画を再生しつつ、ため息を吐く。
「結局、これはアリなんですか。」
「アリだよ。こんなの、スキップか走るかの違いみたいなもんで、咎めてたらキリないよ。ていうか、β版以前にテスターがこの移動方試してたし。
ただ、黒か白で言ったら、真っ白ではないから推奨できないってさ。わかるけどさぁ・・・」
もういっそのこと、基礎値から弄るか?
なんて乱暴な考えを浮かばせる室長だったが、南が次の話をし始めたことで思考は中断される。
「企画には具体的に何と。」
「今、ゴーレムの「転がり」のレベル上限を2に上げるようにって掛け合ってるから、それ終わったら、ゴーレムPRできる何かをちゃんと出してって言っておいて。レベル上がったら移動速度上がることもそれとなく匂わして。他のキャラも同様でお願い。」
「何かって、何ですか・・・」
「それはこの部署の仕事ではないのでー。」
部下に、そう言い放ち、室長は両手を突き上げ笑い出す。
そんな室長の様子を見て、これから、他部署と上司にサンドイッチにされる運命を背負わされた女性社員は、めんどくさそうに、一つ息を吐きだすと。「承知しました。」と吐き捨てるように言って画面から退室して行った。
通話の切れた画面を見て「え、ちょっ!?」と焦る室長だったが、もう遅い。
まだ、バザールのこと話してないじゃん・・・
両手を天につき上げ、およそ成人男性はしないポーズで固まった室長は、彼女のいなくなった画面を見つめ、冷汗を流す。
この後、退社ぎりぎりに再び訪れた南によって「バザールの件、忘れてました」と、長時間拘束されることになることを、彼はまだ知らない。
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「南さん」
ゲーム会社で働く27歳の敏腕社員。
仕事はできるわ、はっきりとものを言うわで、締め切り事を催促する際は彼女が頼られることが多い。入社時から現在の部署にいるため、室長とは結構長く働いている。ゲーム制作が佳境に入る~ゲームが発売される、の過程で段々と壊れていきながらも、なんだかんだ働き続ける室長を見ているため、とりわけ彼には容赦がない。これまで幾度も昇進の話が出ていたが、そのたび室長が揉み消している。FPSが得意で座右の銘は「やられたらやり返す」。ちなみに、自分の昇進を室長が揉み消していることは知っている。
「室長」
室長。
優秀だが、疲れで壊れた。
壊れた中でも、人を選んで壊れた自分を見せているためかなり質が悪い。
自分が楽をするためにと、南の昇進を度々揉み消しているが、そのうち殺されるんじゃないかと思っている。体が強く、風邪をひくこともめったに無い健康優良児のため、合法的に仕事をさぼる術を持たない悲しき労働者。ゲーム全般得意で、親戚の子供とゲームをすることを親族から禁じられている。
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