さらなる一手 1
最近はモチベがある。
1545年 9月 観音寺城
近衛稙家がやって来てから1日が経った。彼は今祖父、父と共に能を鑑賞している。俺は相も変わらず蚊帳の外であり、三雲屋敷でゴロゴロしているだけである。しかし、近衛家当主が来ているのに、ただ手をこまねいているだけでは無い。然るべき、一手を打つための物がもうすぐ届くことになっている。
少し時が経ち、三雲定持が一手の駒となる者達を連れてきた。
部屋に入ってきた彼らは籠いっぱいのキノコ、書物、2つ酒瓶を差し出してきた。そのキノコは、椎茸である。その中の1つを取り匂いを嗅ぐ。天然物よりも匂いが薄い。これは、製法のせいであり仕方がない。興味を示している定持に渡し、匂いを嗅がせる。
「どうだ定持。匂いは些か天然物と比べ薄いが椎茸で間違いないであろう。」
「若様のおっしゃられる通り、天然物と比較しいささか匂いが、落ちますが確かに椎茸でございます。」
定持から感想を得ると、職人達の方に向き言葉をかける。
「職人の衆らは良くやってくれた。褒美を遣わそう。」
そう言って、銭の乗った三方を彼らに渡す。そして、これからも思いついた事の実現の為に手を貸してくれるようにと言葉をかける。
彼らが去った後、如何にしてこれ程の量の椎茸を集める事ができたのかを定持が聞いて来る。彼に職人達が置いていった書物を渡し読ませる。
その書物の内容は、圧力鍋を利用した椎茸の栽培法である。その方法は下記の通りである。
①米糠、水、クヌギやクワ等のおが屑を重量比1:2:3の割合で混ぜる。(握りしめて、水が滲む程度。この時、米糠とおが屑を先に混ぜておけばムラが出にくい。)
②①を瓶の容積6割まで逆さにしても落ちない位の固さになるまで詰め、菌糸が伸びやすくなるように崩れない程度に穴を空ける。そして、瓶の口を布で縛る。
③瓶を2/3程水を張った圧力鍋の中に入れて蒸気が出てから約60分ほど加熱する。
④圧力と温度が下がったら鍋から取り出し、室温になるまで冷ます。
⑤周辺をアルコール等で殺菌、瓶の口と種菌を入れる道具を火で炙り更に滅菌を行う。そして、他の菌が入らないように火の上昇気流の中で種菌を植える。(最悪椎茸の欠片でも可)
⑥18~25℃、湿度80%前後の環境で1日に1回表面が濡れる程度の水をやる。
⑦3ヶ月経ったら上記の環境で日の当たる場所に置く。
⑧茶色く小さい塊が生えて来たら15℃以下で高湿度の環境に移動し、同じ頻度で水やりを行いつつ、10日から2週間程待って収穫する。
⑥⑦の工程で白いのが出てきたら成功である。
この栽培方法だと原木栽培した物よりも食感香りが落ちてしまうという短所がある。しかし、原木栽培が木の伐採から乾燥、菌を植え付け、椎茸が生えてくるまでにおおよそ2年かかる。それに対し、この菌床栽培だと3~6ヶ月で栽培出来る。そして菌床は2,3回は使用出来るので一年中椎茸を栽培することが出来る。
この栽培方法を行うために出来た副産物である圧力鍋は大いに役立つ物である。例えば、調理の幅が広がったり、道具の滅菌に使用する事ができるようになる。さらに、将来の蒸気機関を作るための練習台となる。
読み終えた定持は納得したようなしていないような表情をしていた。
「定持、この椎茸の栽培を領地でやってくれまいか。」
「若様。この定持を信用し、引き立ててくださるのはとてもありがたいのですが、当家は石鹸などの生産販売でかなりの益を得ております。これ以上はお家の秩序を乱すことになりますが故辞退させて頂きたく。」
困った事になった。まさか断られる事は一切考えていなかった。後学の為に訳を問いただす。
理由としては、甲賀に本拠を置く三雲家は明との交易もあり、ある程度裕福だった。しかし、他の甲賀の地侍はあまり米が取れない土地柄裕福では無い。そこへ、俺から託された石鹸等の生産販売によってさらに裕福となってしまったことで、他の甲賀の地侍からやっかみを受けているとの事だ。更には、生産の技術を盗もうと草を派遣してくるものが多く、それを防ぐのに人手を取られているとのことだ。他にも、六角氏の配下の家が戦などで余裕が無い中、急激に裕福になった事で悪目立ちをしているそうだ。
なるほど、儲けていることは知っていたが儲けすぎたが故のやっかみ等を想像出来なかったこちらの落ち度である。
ではどうしようかと考えていると、ふと疑問に思った事を定持に質問する。
「甲賀と言えば高頼公の時の鉤の陣の活躍など、草、透破としての働きを得意とするものが多いと聞く。定持ら三雲家もそのような働きができるものがいるのか。」
「甲賀と一口に言ってもそれぞれの家ごとに異なっております。その中でも当家は草働きよりも武士としての側面が強い家でございます。我々と対局に位置するのが望月家でありますな。かの家は多くの草働きのできるものを抱えております。無論、当家も望月家程ではありませんぬが、そういう者を召抱えております。」
やはり、あまり裕福ではない家ほど草働き等を主としているということが更に語られた。やはり、ここら辺の事情は伊賀と同じようなものであるのが分かる。
ならば、良い方法が思いついた。甲賀の地侍達を当家に臣従させ、さらに俺も儲ける事が出来る一石二鳥の考えである。
「定持、この椎茸の栽培方法を甲賀の地侍達に教えて回ろう。」
「若様、あ奴らは臣従していない者達。一度教えてしまいまするとあっという間に流れ出ますぞ。」
「定持、誰もただで教えてやるとは言っていない。当家への臣従と引き換えに教えるのだ。」
地侍達へ、もし六角家に従うなら三雲家のように裕福になることが出来る方法を授ける、という書状を送るのだ。恐らく何家かはこちらの誘いに乗るであろう。誘いに乗った家を裕福にし、その事実を持って再び書状を送れば残りの家も臣従するであろう。
こうすれば、勢力の拡大と大量生産の為の人手が手に入ることを定持に説明する。無論、三雲家への草の派遣を辞めさせ、手の空いた者を技術漏洩防止の為の監視を三雲家から出させる事を付け加えておく。
定持は俺の説明を聞くと、自分一人では決められないと言い、家臣と相談する為に奥へ下がっていった。
やっぱり、忍者と言った方が読者的には読みやすいのだろうか。
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