改元
1555年 10月 観音寺城 六角義賢
越前にいる公方様より、改元の為の費用を出せとせっついて来おった。公方様の権威を示すための改元は前将軍足利義晴殿も朽木谷に在られながら享禄から天文への改元を執奏された前例がある。しかし、今の状況は、その時よりもさらに悪い。加えて先程まで戦をしていた相手に銭を強請る様な真似は如何なものか。
「永原、この書状どう思う。」
「御館様の思いよく分かります。されど、ここは気持ちを抑え、公方様に奉公することが良いでしょう。」
「徒に戦乱を撒き散らしているお方が兵革を理由とし、改元を執奏するとは。それに伊勢氏とも対立しておるのにどの様に改元の実務をこなされるおつもりなのか。」
「御館様のお気持ち拝察いたしまする。どうかここは改元の為の金銭を出すことが良き選択でございましょう。」
確かに公方様は我らと戦っていた間にも加賀国四群のうち江沼郡を奪った朝倉と本願寺の和議を取り持つなど、明確に三好に対する包囲網を築こうとする動きを見せている。年若いとはいえその器量は侮れぬものがある。経験を積めば義晴公を超える存在になるかもしれぬ。ここで敵対し続けるのは得ではないか。
「永原の言う通りにしよう。」
ここで永原を詰めていてもしょうがない。言われた通りに出すものを出してやろう。祖父定頼より将軍家・幕府を確りと支えろと言い含められておるが、このまま公方の言う通りに畿内での威勢を誇る三好と干戈を交えれば六角が潰れてしまう。父と義晴様の様な関係を築こうにも三好憎しの公方様とは利害がどうしてもぶつかってしまう。どうしようもないが、京に近すぎる近江の地理が恨めしい。京の内情によって我らも大きく振り回される事となる。
「さて公方様の話はここでしまいにして、近衛家の姫の輿入れはどのようになっておる。戦続きでこの一年はつらい時となった。年始に慶事を持ってくることで少しでも家中の雰囲気を明るくしたい。」
「輿入れの話については、近衛家とも何度も引き出し物を送りあい、御屋形様も確認された通り起請文を交わしました。相手方より婚礼の時期はいつでもよいとの言質も頂いております。」
「順調で進んでいるようで何より。忠定も元服こそしたが、あれやこれやと落ち着きがない。すでに望月の娘を愛妾として囲って居る。手を出すのも時間の問題。早く娶らせねば大変なことになるだろう。」
「大変なことが起こる前に、万事抜かりなくことを進めてまいります。」
「内に外にと苦労を掛ける。だがこれらを成した暁には必ずや報いよう。」
そう言って、永原を下がらせる。今や外の公方・内の嫡男に大いに悩まされている。何とかしてこの両者を落ち着かせる必要がある。忠定についてはどうとでもできるが公方様は一体どうすべきか。世の中に悩みの種は尽きぬものよ。
伊賀上野城 六角忠定
今、目の前には保内・小幡・石塔・沓掛の四郷より、中野馬太郎・布施源左衛門・今堀左近太郎・今在家彦太郎が代表者としてやってきた。いわゆる保内商人や山越衆と言われるような商人集団である。
彼らは、祖父定頼の代より大いに重用されており、近江国内において大きな利権を築き上げている。かく言う私も、農機具の販売等を通して大いに協力してもらって居る。彼らが居なければ農機具を広める事は出来なかっただろう。
さて、栄えるものがあれば、衰退する者がいるのもこの世の絶対的な理である。それが、山越衆と相対するように座っている横関商人である。六角氏が保内商人を重要視した事によるしわ寄せを最も受けた存在である。
そんな彼らの代表として苗村孫次郎と小杉屋助太郎がやってきた。聞くところによると、商人としての活動が大いに狭められているようだ。彼等の表情には何とも言えない複雑な感情が浮かんでいるように感じられる。
「此度は、我らの為にこの様な場を設けていただけるとは。」
「領国の揉め事を裁くのは我らの役目ゆえ、これらかも遠慮なく持ち込んで来るがよい。さて、此度其方らをわざわざ伊賀にまで呼び寄せたのは、苗村からの嘆願があったからであった。間違いないな。」
「六角様の仰る通りにございます。此度六角様に申し上げますは、我ら横関衆が、保内商人の方々の販路の一端を請け負うことになったことのご報告でございます。」
苗村盛国から発せられた言葉は、驚愕と言って差支えのないものであった。保内と横関の両商人集団の争いは、彼らの曽祖父の代にまで遡れる位の歴史がある。一朝一夕に仲直りができるとは考えられない。
「事の経緯は、私め今堀から説明させていただきます。六角様のお作りになられた様々品物は、正に飛ぶように売れておりまして、人手が不足しておりました。これに加えて、北近江にも販路を広げる為にはどう工夫しても人手が足りない故、横関衆と和解し販路の一端を担って貰う事となりました。」
「国内の商人達が互いに蟠りを乗り越えて協力する事は、我ら武家にとっても好ましい故何の問題もない。では、保内商人に卸していた商品の一部を横関商人にも卸せばよいということか。」
「流石は、聡明で知られるお方でございます。我らの胸の内を当てられるとは。どうかこれからは我ら保内商人に加え、横関商人もご贔屓にお願いいたします。」
「お願いいたしまする。」
国内で商人同士が潰し合うよりも、互いに協力して他国の商人を潰してくれた方がこちらの利となる。それにしても、人間追い詰められたら、数代の確執は越えられるようだ。戦でも同じ事が言えるだろう。
ご意見・ご感想お待ちしております。




