尾州侵攻6
1555年5月 岩倉城 佐久間信盛
僅かな手勢を持って奇襲で織田信安親子を討ち取り、岩倉城を落とした我ら一行は暫く城に留まり六角方の出方を伺っていた。
「殿、六角方は未だに織田大和守家の混乱を治められぬもよう。城を取り返そうとする動きは見られませぬ。」
「あい、分かった。皆の者!六角勢は、当初の動きが嘘の様に鈍い。六角の者に兵法を理解する者はいないようだ!まさに組みしやすき敵なり。我らの前に兵の寡多なんぞ問題とならん!」
殿の言に、我ら一同の士気は天にも登らん勢いである。反対に六角勢は、混乱を纏めることも出来ず指を加えて我らの動きを見ているだけだ。動かぬ大軍なんぞ存在してないのと同じである。
「あ奴らは今や、大義名分を失い士気が大きく下がっておる。逆に我は、岩倉城を落とし、守護斯波義統殿の敵討ちに燃えておる。そしてもうすぐ、義父殿が援軍を送ってくる。六角を破れば我らの武名は畿内一体に響き渡るであろう!」
この度の岩倉城落城によって、織田伊勢守家、その家臣達の領地は没収され、我ら家臣にそれぞれ配分されることとなった。
これは、篭城戦において織田伊勢守家の家臣団の多くが討死したことや、生き残った者の殆どが清須に没落して行ったからである。
我らは美濃との連絡路を回復させ、新たな領地を得るという一石二鳥の成果を得ることができたのだ。
清洲城 六角忠定
清洲城の混乱を治めるのに時間を要したせいで、岩倉城が落とされてしまった。織田伊勢守家は当主と嫡男が同時に討死してしまい、断絶となった。領地を追われた伊勢守家の家臣団が大量に清洲にやってきたので、一旦治まった混乱が再発してしまった。
「六角忠定殿には、我らを受け入れていただいたこと、何とお礼を申し上げるべきか、小人の頭では考えつかぬ有様でございます。」
「皆、面を挙げよ。」
彼等は織田伊勢守家の元家臣たちであり、織田信長によって領地を失い命からがら清洲城に逃げ延びて来た者達である。
「其方らが気にやむ必要は無い。それよりも、此方の事情により援軍を送れなかった私に責任がある。」
そう言って頭を下げる。こうして彼等から怨嗟や恨みを避けることが出来るのなら幾らでも下げる。人の恨みは怖いのだ。
「主君を失ったばかりの、其方達にかけるものでは無いかもしれぬが、今私は北伊勢を治めるために新たな家臣達を必要としている。大義名分を失った我らは、これ以上の損害を避ける為に織田信長と和睦をするつもりである。無理強いする訳では無いが、北伊勢に替地として新たな所領を給付する準備が私にはある。よく考えて欲しい。」
「我らもまだ落ち延びて来たばかりであり、一族を纏めきれておりませぬ。どうか暫し猶予をいただけませぬか。」
「勿論、そのつもりである。良き答えを期待している。」
前世での記憶より予め目星をつけていた、将来豊臣秀吉の有能な家臣になる堀尾吉晴をその父の堀尾泰晴を贈り物や前の領地よりも高い石高を提示することで、召し抱えることで確保した。他にも前野宗康とその一族を召し抱えることに成功した。彼等には私の旗本として、直轄軍を率いてもらうつもりである。
今回の侵攻では、尾張の完全制圧と織田信長の命運を断つことは出来ず、逆に信長の立場を固める結果となってしまった。されど尾張の中島郡・海西郡・海東郡・葉栗郡を制圧し、春日井郡の一部を制することができた。この領域は尾張の西半分であり、織田伊勢守家から有能な家臣を引き抜くことが出来た。
津島を抑えたことにより、ある程度織田信長と交渉出来るであろう。もうすぐ、吉田重政が4千の援軍を率いてくる。これで我らの軍勢は合わせて1万1千となる。織田信長が清洲城に攻め寄せて来ても十分に迎撃できるし、和睦の時にも圧力をかけることが出来る。
しかし、大義名分を失った現在、これ以上の領地拡大を行えば占領地の維持が難しくなる。土豪達に反旗を翻されると我らは孤立することとなる。
「藤林長門守、信長の動きはどうだ。何か情報はないか。」
勝幡城より、呼び寄せた長門守に問う。今、尾張一体には伊賀者があちこちを歩き回り、情報収集を行っている。彼の元には尾張全国の情報が入ってくるのだ。
「今の所大きな動きは見られませぬ。岩倉城は佐久間が5百の兵で防御を固めております。本隊は、那古野城に帰還しております。どうやら、末森城を気にしているようであります。」
どうやら、信長は末森城にいる織田信行を警戒している様だ。元々、兄弟間の中はよろしくない。されど、このような時に後ろから兄を襲う程信行も愚かではないようだ。
「調略はやはり駄目であったか。」
「申し訳ありませぬ。のらりくらりと答えを引き伸ばされた挙句、織田伊勢守家のことで態度を硬化させ、危うく使者が囚われる所まで行きました。望みは無いかと。」
「そうか。ここまで来たらやはり和睦しかあるまい。父上の和睦が纏まり次第、公方様に和睦の仲介を願いでよう。此度の尾張侵攻は失敗である。」
損切りをして今占領している土地の確保するために和睦の内容を今から考えねばならぬ。
ご意見・ご感想お待ちしております。




