和睦2
短めです。
1554年 5月 田上山 朝倉宗滴
返書より、六角方の交渉役は後藤賢豊殿に任せられたことが分かる。これは中々厳しい交渉になりそうだ。
「あちら方の提示した条件は、小谷城に籠城している者たちの切腹と領地の召し上げ、斎藤利政の守護職の解任と追討令の布告、上野信孝の謝罪と出家か。」
予想通りの内容とはいえ、小谷城に籠城している者たちの命を何とかして救わなければならぬ。ただこのままでは、交渉するものがない。何とか利を持って和睦を結ばねばならぬ。
「加えて、我ら朝倉には斎藤攻めの助力を乞うか...」
山を切り開いて作られた陣中で書状から顔を上げて見えるのは、要所に陣取った六角の大軍である。小谷城は、人の海の中に一つ佇む小島のようである。
「宗滴殿、遅れてしまい申し訳ない。」
「なにを仰られる。本来は、儂がそちらに出向くのが筋である所を、こちらが呼び出したのだから大舘晴光殿は何も悪くありませぬぞ。」
急い来たのであろう。人馬ともに息が上がっていた。晴光殿を呼んだのは、公方様より何らかの栄典を六角義賢に下賜できないかを相談する為である。上野信孝らの佞臣どもに話を通せば必ずや反対するであろう。
「さて、宗滴殿重要なこと故朝倉の陣中にて話したいことがあるとか。」
「その事でだが、このまま六角方と交渉するには我らが持っている手札があまりにも少なすぎる。そこで、公方様より是非とも六角方に何らかの栄典をお送りいただけないかと考えた次第です。」
「確かに、我らは公方様を担いでいるが劣勢に置かれている状況。ならば、公方様のお力をもって何とかするしかないと。」
「そうですな。どの様な栄典を出せるのか、どうかこの老骨にお教え願えないか。」
「頭を上げてくだされ。我らが何とか対抗できているのは宗滴殿の威名を六角方が警戒している故。宗滴殿に頭を下げさせたとあらば末代まで詰られましょう。」
やはり、大舘晴光殿を招いたのは正しい判断であった。追い込まれている中でも落ち着いて、話すことができる。佞臣共だとまともな会話にすらならんであろう。
「さて、すぐに思いつくのは、先代六角家当主六角定頼殿が務めていた管領代への任官ですかな。これは、大きな箔になるでしょう。他に考えられるのは、六角義賢殿のご子息六角忠定殿への公方様の偏諱授与ぐらいですかな。」
「管領代と言わず、正式な管領に任ずるのは駄目なのか。」
儂の言葉に晴光殿は顔を顰め、顎に手を当てて考え始めた。
「それは難しいかもしれませぬ。何とか行けて同族の京極家の七頭の地位を六角家に譲り渡す位でしょうか。それ以上は、公方様が首を縦に振るとは思えません。」
晴光殿が無理と言うなら、無理なのであろう。しかし、血筋も良く、大勢力となった六角をそれで説得出来るかどうか。もう少し無いものか。
「晴光殿どうか、頼み申す。もう少し考えられる栄典は無いものか。」
「これ以上は…」
そう考え込んだ晴光殿であったが直ぐに、顔を挙げられた。何か良き案が思いつたのであろう。
「確か、六角義賢殿は自らの次男を京極家の養子として、その名跡を継がせようとしていたはずであります。その事を公方様より認めていただくのはいかがでしょう。これでも足らぬと言うなら、近江・伊勢・伊賀の守護職の改めての公認となりますが。」
「これだけあれば説得することもできましょう。難しい中、老骨の為に色々と考えていただき有難い。主君よし何とかこちらで和睦を纏めて見ましょう。」
「公方様の未来は、宗滴殿にかかっております。また何かあれば遠慮なくお呼びください。我らが頼れるのは宗滴殿ただ1人なのです。」
晴光殿が、初めて切羽詰まった顔をされた。どうやら、心の中ではかなり不安に思っていたようだ。
「この宗滴に万事お任せくだされ。もし六角方と戦になったとしても必ずや公方様御一行は傷一つ付けさせず逃がすつもりであります。」
「晴光殿待たれよ。主君朝倉義景より、公方様への進物が届いておった事を忘れておりました。」
陣より去ろうとしていた、晴光殿が慌ててこちらにやって来られる。
「何と、有難いこと。兵どころか、進物まで送られるとは。この朝倉の忠心、この大舘晴光しっかりと公方様にお届けしますぞ。」
「また、何かあれば朝倉をお頼りくだされ。」
晴光殿は何度も礼を言いながら公方様の元へ帰って行った。権勢が衰えたとは言え、畿内近国における将軍の権威はまだまだ大きい。ここで太い繋がりを作る事も重要よ。
「景紀、もし儂が帰らなかったら、お前が公方様をお守りしながら、軍勢を率いて越前へ引くのだ。」
「義父上、一体何をなされるつもりですか。」
晴光殿が帰られたあと、儂は養子である朝倉景紀を呼び出した。もしもの時のために、軍勢の指揮を引き継ぐためだ。
「最大の誠意を見せて、無理やりにでも和睦を取り付けるのだ。つまり、儂自ら六角の本陣に乗り込み交渉を行うつもりだ。」
「さすがにそれは危険すぎますぞ。万が一の時には命を奪われるかもしれませぬ。」
「そのような卑怯な振る舞いを名門六角家が出来る訳があるまい。もし、わしの命を奪おうとするならば、義賢と刺し違える心意気よ。」
儂は景紀の杞憂を一蹴し、交渉の為の材料の整理、書状の作成を始めることとした。陣において月日が経つ事に体の衰えを如実に感じる。本当にこれが主家への最後の奉公になるやもしれん。
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