尾州乱入2
人物描写難しすぎる。
1554年4月 千草城
先鋒と第2陣は、今日の朝に城を出たがその軍勢の後方は未だ城の近くにあり、本陣を構成する我々の軍勢は出立出来なかった。そうこうしているうちに、夜となり我々は城に泊まることとなった。
東海道と言えど2列や3列で構成された軍勢8千が通るには幅が狭いように感じる。近江や伊賀国内では街道の拡張が行われているが伊勢では基盤が固まるまで時間が掛かったので工事すら始まっていない。
また、各部隊に青銅製の大砲を配備した事も軍の移動速度の低下に繋がっている。高品質の素材を入手出来なかったことと技術力が低い事も相まって、大きく重い大砲になっている。試作品は、京極氏との戦いで壊れてしまったので改良したらこのざまだ。
大砲を引く軍馬も問題だ。大柄で強健な馬を選び交配させているが、如何せん長期的な目線でやらないといけないとですぐに結果がでない。良い軍馬は種付けの為・騎馬部隊に優先的に供給しているので、砲兵部隊には自然と良くない馬が集まってしまう。そのような馬で重い大砲を牽引しなければならない。
心配なのは、動きの遅くなった各部隊がそれぞれ織田信長の素早い機動によって各個撃破されていくことだ。各部隊には織田信長が現れた時は陣を築き固く守るように命じているが不安である。
「おーい。忠定。聞こえないのか。」
即断即決、勇猛果敢な信長に兵数でこそ勝っているが、今川義元のように本陣深く切り込まれてやられるかもしれない。私は今将来の英傑に対峙することに大きな不安を抱いている。軽はずみに、侵攻作戦を立てたことを後悔つつある。今までのような万能感は消え去ってしまった。
「こりゃ駄目だ。自分の世界に入って何も見えてねえや。おら!」
突然頭が激しく揺さぶられる。驚愕すると同時に、身体が枕元に置いてある太刀を手に取り、抜刀しながら飛び上がる。
「やっと戻ったか。久しぶり。」
月明かりが薄らとよく知った女性の姿形を浮かび上がらせると同時に体から一気にちからが抜ける。
「千代か、驚いた。いつからそこにいた。」
心臓が激しく脈打つのを感じながら問いただす。
「ついさっきからいて話し掛けてたんだけどな。なんか、不安そうな顔をしながらブツブツ言っててらしくねえなと思って喝を入れてやっただけさ。」
不安のあまり周囲の警戒を怠っていたようだ。
「少しばかり、不安な気持ちが出てしまってな。」
「俺は、この日の本で一番好き勝手やっているような男がいきなり不安に苛まれているのが驚きだぜ。いっつも俺に軽口叩くような男が、不安で縮こまってちゃあ大変だ。大将が戦う前から、敵を恐れてどうするだよ。」
「好き勝手言ってくれるじゃないか。」
一人不安に耐えていた時に、ひょこひょこやって来て好き勝手言われるのはこんなにも腹が立つのか。思わず刀を抜こうと柄に手をかけようとした時
「何時ものお前なら避けれたのに。これは重症だな。」
千代が背負ってあった直刀を一瞬で抜き、私の顔の目の前に突きつける。
「何度も言うけど、一軍率いる大将が戦う前から負ける気じゃあ勝てる戦いも勝てねえし、そもそも侵攻なんか企てんじゃねーよ。始まってしまったもんは止めらんねえし、腹くくれよ。男だろ、このままいってどうやって当主やっていくだよ。そんなに怖いなら腹切っちまえよ。介錯してやるぜ。」
せせら笑うような千代の顔やあまりの言われように、堪忍袋の緒が切れる処か堪忍袋が爆発し吹き飛んだ様だ。頭の後ろの方でブチッと頭の血管が切れるような音がした。刀から手を離し、目の前にある直刀の刃をつかみ口で咥え込む。あまりに強く刃を握りこんだので手がきれたようだ。真っ赤な血が滴り始めた。刃を思いっ切り、噛み折らんばかりに噛み込む。
何秒か噛み続けた。不安は無くなっていた。脳がおかしくなったのか、笑いが込み上げてくる。口角が上がるのを感じる。闘志が負けん気が湧いてきた。
「やっちまったことは仕方がない。やってやろう、やってやるよ。敵の首持ち帰って来るよ。」
「それだよ。それこそ本来のお前だよ。戻ってきたじゃねえか。」
互いに無言になって見つめ合う。10秒だろうか、何時間だろうか。薄暗い闇、静かな夜は人から簡単に時間感覚を奪っていく。どれくらいたったのだろうか、千代が困った顔をする。
「お前が元に戻ったことは嬉しいんだが、早く刀を離してくれねえか。血も結構出ててるしよ。後何より、やっぱその顔怖ぇよ。物の怪に取り憑かれたみたいで。」
「普通に笑っているつもりなんだかな。」
刀から手を離す。傷口は、大きいが深くは無い。幸い左手だったので馬に乗ったり、刀を振る分には問題ないだろう。急いで、清潔な水とアルコールで傷口を消毒する。破傷風なんかに罹ったら大事である。
「手貸せよ。布を巻いてやるよ。」
何処からか真っ白な布を取り出した千代が、布を巻く。足元の血は、消毒してるいる間に拭き取ったのか消えていた。
「これ以降俺は、お前が帰ってくるまで逢えねえけど、臆病風に吹かれるんじゃねえぞ。」
「確約は出来ないが、努力する。」
「そこはかっこよく、言い切る所だろ。」
どうやら、軽口を叩ける余裕が心に産まれた様だ。彼女が来てくれなかったらどうなっていた事やら。重要な場面に限って人から助けて貰ってばかりである。
「そうだ、良い布団じゃねぇか。羨ましいぞ。」
彼女は、布を巻き終えるとそう言って布団に潜り込んだ。興味が次から次へと移る奴だ。
「さっさと布団に入って寝ようぜ、俺とお前の仲じゃないか。同衾位何でもないだろ。俺は朝、周りに見つからないように出ていかなくちゃならないから、早えんだわ。」
緊張が切れたのか、疲れと眠気が襲ってきた。身体は暖かく柔らかな布団に引きずり込まれていった。朝、定持に起こされた時隣りに彼女はいなかった。
「若様、その手はどうなさいましたか。なにかあられましたか。」
「夢の中で、敵将の刀を手でへし折る夢を見たのだ。恐らくそのせいであろう。」
定持に恐ろしい剣幕で詰め寄られたが、何とか言い訳を捻り出し逃れることに成功した。
「何と、それは吉兆でありますな。しかし、戦の前に寝所に連れ込むのは良くありませぬぞ。次からは慎む様に申し上げますぞ。」
どうやら、バレているようだ。
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