勅使来臨
フィクション最高(*`ω´)b
1553年 8月 京 内裏 近衛稙家
麿が自ら書いた上奏文を努めて粛々と読み上げる。しかし内容故に時々自らの声が震えているように聴こえて仕方がない。平和の御世ならこの様な傲岸不遜の願いは、文に書く所か口にすることすらはばかられるものなのだ。
上奏文を読み終えた後の周りの公家達の表情は皆強ばっておった。その様な顔を見ると逆に此方が落ち着いてきた。
「近衛殿、この様な事を本気で仰られておられるのか?」
「幾ら乱世であるとは言え、この様な要望を叶えるのは如何なものか...」
周囲の公家からは否定的な意見が発せられる。それについては麿もよく分かっておる。されど進藤殿が帰られた後、義賢殿より直筆の書状を使者が届けてきて、麿に念押ししてきたのだ。ここまでされて断れる訳がなかろう。
「良いでは無いか。加えて朕の一字をくれてやっても良い。」
御簾の向こうより最も考えられなかった一言が発せられた。
「主上!それはかつての足利尊氏を思い起こさせますぞ!」
「新たな幕府を開らく意思があると思われますぞ!」
室町幕府初代将軍足利尊氏を想起させるような帝からの偏諱の案を主上自ら話しだした。流石にこれは不味いと言うことになり、六角家の忠義を称え忠の一字を送ると言う折衷案が出て来た。
「されど、この様な一大名に過度な恩典を与えるような事は朝廷の立場を危うくしますぞ。」
「左様、左様。加えて幕府を軽んじていると思われますぞ。」
「朕が思うに最早朝廷の命運は、六角に握られておる。朕がこうやって其方らを集めれるのも、六角の支援によって朝廷と其方らに余裕が出来たからであろう。最早我らは、六角無しではやって行けぬ所まで来ておる。これ程までの尊王の意に篤い者に報いるのは当然であろう。もし問題になれば朕自ら頭を剃り、仏門に入って詫びようではないか。」
「主上がそこまで言われるのであれば...」
「異論はございません...」
「何、悲しむ事はあるまい。これによって六角と朝廷の結び付きはより強まる。危険も大きくなるが、その分様々な物を六角から引き出せる様になるだろう。我らは幾多の混乱の時代を乗り越えてきた。我らは此度の混乱も上手く乗り越えるであろう。朕の勘であるが、新たな時代の夜明けはかなり近づいておる。後少しの辛抱よ。」
「主上の考えの深さに感服したいました。」
「己の考えの浅さを恥じるばかりでございます。」
帝は、何時と違い饒舌であられた。下心があるとは言え、愚直に長年何も要求せずに献金し続けた六角家に何か報いたい気持ちがあったのだろうか。ともあれ何とか幕府との仲を保つ為の交渉材料が出来た。次は公方様との手紙のやり取りを行わなければならぬ。
同月 観音寺城 三雲定持
「御屋形様、某の申した考えが近衛卿のご活躍により実現し、勅使をお迎えすることが決定されました。」
その言葉に御屋形様を初め家臣一同皆喜びのあまり腰を浮かすことになった。不可能と思われたことが実現したのだ。
「進藤賢盛。良くぞやってくれた。これは汚辱を注いで余りある名誉である。後日、其方に相応しい褒美を与えよう。」
御屋形様は、満面の笑みをもって賢盛殿を労う。私は、亀寿丸様の元服式がこれまでに無く格式高いものになることに喜びを隠せずにいる。その後朝廷からの提案のあった、9月13日に元服式が設定されることとなった。
「元服式の総指揮は平井に任せよう。永原は、何時ものように各地の有力者との取次を命ずる。」
六角家内の興奮は元服式に向かって高まって行くのであった。
亀寿丸
本当に元服式に勅使を迎えることになるとは。興奮していた三雲定持にこの事実を知らされた時、こっそり頭を抱える事になった。朝廷との繋がりを強くしてしまうのは正直好ましくない。朝廷からの干渉を受けるようになるからだ。朝廷を通した和睦などを無視することが出来なくなってしまう。
「なんだ、名誉な事なんだろ。嬉しくないのか?」
千が顔を覗き込んできた。流石は甲賀の名門の娘。他人の機微に聡い。面倒臭い事となったと思っていた事を知られてしまったようだ。
「朝廷からの干渉がこれから入ってくるのではないかと考えていた。朝廷は、平和になるまで神事を行っていて欲しいと思っているからな。」
「俺の夫になる奴は、帝どころか天魔すら畏れないおっかない奴だな。」
「刀収集が大好きな気狂い女に言われたくない。」
何時の間にかこんな軽口を叩ける仲になっていた。千の方が俺の懐の中にするりと入って来ているからの様な気がするが。
何だかんだ言いながら勅使が来ると言うので緊張している。緊張を紛らわす為に白酒でも作ろうか。
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