甲賀 3
主人公の身長についてですが、身長を高くしやがって根拠はあるのか?と思った方もいるかも知れません。根拠は、ありまして六角定頼公の兄である六角氏綱公には大柄な人との記録が残っております。氏綱公は若くして亡くなられた為、それ程多くの記録がある訳ではない中、大柄であるとの記録があるので主人公の伯祖父である氏綱公がでかいなら主人公もデカくてええやろと言う感じで身長を盛りました。
1552年 3月 望月屋敷
望月出雲守との話し合いが終わった後、領内を見て回ることを伝えると、領内に詳しい人物を付けるとの事で先に入口で待っていたら
「父より、領内の案内をするようにと仰せつかりました。」
気まずい。とても気まずい。しかし、今から案内人を替えてくれという訳にも行かないので案内を頼む。三雲定持は、息子の賢持との久方ぶりの交流や観音寺城で決められた様々事柄を甲賀衆に伝えるために今回は不参加である。
春が近い寒さの中、彼女を先頭にゆっくりと望月領内を見て回る。薄ら雪の積もる土地を馬で歩き回る。あちこちの草木には霜がついており、大地にも至る所に霜柱が出来ている。
「春が近い3月でこれでは、4月等の春の初めてでの霜害が酷そうだ。」
「左様にございます。甲賀の民は、ただでさえ米が取れぬ中、霜害にも悩まされております。」
小氷河期である戦国時代、霜害等の寒さに関わる害は、各地に住まう農民の頭を大いに悩ませているのだろう。
霜害の対策としては、不織布や寒冷紗をかける。これは霜害の原因となる放射冷却を緩やかにする雲の役割を果たしてくれるからだ。根菜類に効果的な籾殻を撒く方法もある。舟形のモミガラの隙間には暖かい空気の層が発生するめ、地表面や地中の凍結を防ぐことができる。根菜類の株元に数センチほどの厚さに敷くだけで、厳冬期に起こりやすい大根割れ等を防ぐことが出来る。
しかし、この時代に不織布は存在しないし、布そのものが非常に高価であり、農業に使うなんて出来そうにもない。籾殻も石高が多少増えたが全然足りない。他所から持ってくるのも銭が掛かる。対策はあるが実行することが出来ない。もどかしい思いをした。
霜に思いを馳せながら、他の所も見て回る。尾根の東の方に登って行くと何人かが土地を囲い何かをやっているのを見かけた。
「あれは何をやっておるのだ?」
「あれは、新たな城を建てるための測量をやっております。この尾根の南側には支城を建てる予定だそうです。そして、南東には杉谷砦、北方には杉谷城があります。」
彼らは城作りの為の縄張りを行っていたようだ。しかし、近江国内には祖父定頼の時代に城割令を出していた。一応祖父存命の時に服属した甲賀衆であるが命令は守られていないようだ。
近江国内での支配力が強くなったと言っても国境付近では、まだ我ら六角家の権威権勢は浸透していないようだ。本国である近江を隅から隅までしっかりと掌握出来る様な体制作りを行わなければならないだろう。
尾根を降りる途中、馬を並べ勇気を出して自ら話しかける。
「千は、花や菓子等の好物はありますかな?」
「好物ですか。・・・刃物、特に太刀ですかね」
斜め上の回答が返ってきた。流石に太刀が好物である事は予想していなかった。さも普通の事のように答えられてしまった事によって、返事に詰まってしまったのは仕方が無いと思う。
この会話を切っ掛けに太刀の話などたわいのない会話を続けることに成功した。これで彼女との仲を深める事が出来ただろうか?
昼前に屋敷に帰り、彼女と別れると直ぐに汁講に呼ばれることとなった。汁講とは招かれた人が自らの家で炊いた米を主催者の家に持ち寄り、主催者は自家製の味噌で作った熱々の味噌汁の入った大きな大きな鍋を、座の中央に置き、皆、その汁をてんでにかけて、汁かけご飯を楽しみながら、様々な話に打ち興じる催し物である。
望月屋敷内の大部屋の中心に大鍋を置き、その周りを車座になって座り談笑をしながら食事を行う。
「ささ、亀寿丸様熱いうちにお召し上がりください。」
望月出雲守自らご飯をよそい、熱々の汁をかけた椀を差し出す。これを受け取り、火傷をしないようにゆっくりと食べて行く。
「先の望月出雲守の作った地図、あれは誠によく出来たものであった。あの後、父上に献上したが父上は、大喜びであった。これからも色々と頼りにさせて貰うぞ。」
「我ら甲賀衆、お呼びとあらばどのような申し付けでも必ずやこなして見せましょう。」
「当主となった暁には厚く遇そう。他の皆も優秀な子息、人物がいればどんどん推挙して欲しい。何なら自分を自分で推薦しても良いぞ。先が見えぬ戦国の世、才能のある者は貴賤を問わず重用するつもりであるぞ。」
このような互いに腹を割って話す場で人材を求める。ここでの声掛けが優秀な人物との縁を繋ぐかもしれないからだ。
話は次の話題に移った。次は文化の話題となった。幾ら京と強い繋がりのある家とはいえ、戦乱や貧困で思うように京からの文化が中々入って来ないようだ。
彼らが自ら持ち込んだ伊勢物語の本や源氏物語の解釈について話し合う。ここら辺の有名な古典は、父や公家から厳しく教えられている。教えられた解釈を皆に披露したり、写し間違え等を指摘したりした。やはり教養を確りと身につけておいて良かったと思う。
「亀寿丸様の教養の深さには驚かされますな。亀寿丸様が明日には帰られる事、この池田景雄残念に思いますな。」
「父上に期日までには必ず帰るように命ぜられている故申し訳ない。次に甲賀を訪れる時は、池田景雄の屋敷に泊まり、夜を明かして語り合おうではないか。」
「是非ともお待ちしておりますぞ。」
楽しい汁講の時間を過ごした後、部屋に戻ると早速恋文の制作に取り組む。最新の流行を盛り込み試行錯誤した結果、かなりいけている文章が出来たのではないだろうか。
恋文作りにかなりの時間をかけてしまい、気づいた時には夕餉の時間となっていた。夕餉を取ると、さっさと布団に入り寝ることとした。
翌日の早朝、望月出雲守からの最後の饗応を受け、食事を終えた後直ぐに馬上の人となる。
「望月出雲守、この数日世話になった。其方ら甲賀衆の忠誠しかと父上に伝えよう。」
「よろしくお願いたしまする。最後に、亀寿丸様の道中の安全をお祈り申し上げまする。」
甲賀衆の見送りを受けながら馬を走らせ、甲賀を後にする。中々に楽しい日々出会った。
望月屋敷 望月出雲守
亀寿丸様が帰られた後、娘を呼び出し亀寿丸様より託されたものを娘に渡す。
「あいつは、帰ったんだろ。何で俺が呼ばれるのさ?」
娘の文句を受け流しながら亀寿丸様より託された物を渡す。
「亀寿丸様からお前宛の恋文と太刀を預かっておる。亀寿丸様曰く、恋文はかなりの自信作であると仰っておられた。千代是非とも読んだ後、恋文を私に見せてくれないか?」
「嫌だ。ただでさえ読むだけで恥ずかしいのに、親父に見せるて恥の上塗りにしかならねえよ。」
「仕方が無い。亀寿丸様より預かった太刀はお前が感想を言ってくれるまで私が預かっておこう。」
私はそう言いながら千代に見せつけるように太刀を鞘から抜く。元は三雲定持殿が所有していたこの太刀は、売りに出されようとした所を亀寿丸様が買われた物のようだ。目釘穴の上部には光忠と刻まれている。大房丁子乱れ、物打は小乱れの刃紋を持つこの太刀は、そこらの農民に見せても一目で価値が分かるような代物である。
「どうだ、この太刀は素晴らしい逸品だ。お前にとっては垂涎の品ではないか?感想を言うなんぞ一時の恥、其方の母も私が送った恋文を見せるのを恥ずかしがっておったが、今では互いに見せ合う良き思い出よ。」
「絶対に言いふらすなよ。言っていのはお袋だけだからな!」
「無論だ。神仏に誓って言いふらさない事を誓おう。亀寿丸様の人となりを知るためだけに使わせて貰う。資料が多いに越したことがない。」
そう言って恋文と太刀を渡すと千代は、二つを抱えてさっさと部屋から出て行ってしまった。幼い頃は、「父上、父上」と読んでくれていたのに今では交流が少しづつ減っていることに成長の喜びと一抹の寂しさを覚える。人生とは儘ならぬものよ。
後半は考えるのに疲れてダイジェスト形式になりました。
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主人公の父六角義賢は、古典の収集に熱心な人物であったとの記録が残っている方なのです。自ら馬術と弓術に置いて自らの流派を立ち上げる方でもあったのでまさに文武両道を地で行く人物なのです。




