甲賀へ
近江はよく調べると名将が案外多くいる。有名な人は多くないが。
1552年3月 甲賀 望月屋敷
望月屋敷は、六角亀寿丸を受け入れる準備の為に家臣一同総出で屋敷の修繕、周囲の清掃、食材の買い付け等、ここでの印象が将来望月家が重用されるか決めるのである。更には、ここで縁を繋いでおこうと、甲賀各地の国衆達が当主自ら集まり作業を手伝った。
出雲守は、集まった国衆達と如何にして主家に取り入るかを話し合った。
「出雲守殿。近頃我らの六角家家中での存在感は薄れつつあります。伊賀では、御屋形様の直臣となり多くの職人を取り込み武具や農具の作製を行っております。対する我らは石鹸や樟脳等の内職の様な物ばかり。余りに悔しいではありませんか。」
「青木殿の仰る通り。更には藤林長門守の妹が御屋形様の妾となっており、その引き立てもあるという。」
「三雲殿が何度か掛け合ってくれているが、反応は芳しくないと聞く。」
それを聞いた国衆達は皆一様にため息を吐いたり天井を仰ぎ見るだけであった。今更誰かを妾として送っても、甲賀が伊賀より優先される事は無いであろうからだ。
「皆の衆には、一時期雌伏の時を過ごしてもらうこととなるが私に策がある。」
「是非とも聞かせて欲しいですな。」
「まず、このまま此度こちらに来られる亀寿丸様が当主となればその亜父とも言える存在となる三雲定持殿の引き立てがあると考えられます。されど頼みの綱が1本だけとは心許ない。そこで私の娘を亀寿丸様の侍女として差し出し、元服の暁には側室として貰うのです。」
出雲守の話を聞いた国衆達は顔を見合わせた後、疑問も次々の投げ掛ける。
「出雲守殿、確かに良い策ではあると思うのだが、いささか不確定要素が大きいのでは無いか?」
「某も亀寿丸様と出雲守殿のご息女である千代様の相性も分からぬ今、取らぬ狸の皮算用には成りませぬか?」
「出雲守殿は最初、信濃の本家に嫁がせる予定だと言っておりましたが、不義理を働くことにはなりませぬか?」
「青木殿に池田殿、伴殿まで。私の娘の可愛さ・美しさを知らぬとは言わせませぬぞ。それに今、本家との縁談はあちらの不義理により話が宙に浮いております。なんの問題もありませぬ。」
少し怒気を込めて言い放つ出雲守に国衆達はまたかと呆れた顔を浮かべる。普段冷静沈着な出雲守殿が娘の話題になると途端に親バカになる事は、彼らにとって周知の事実なのである。
「本家に嫁がせたとしても、本家は良くて数万石。されど主家である六角家は、130万石以上の大大名。どちらが我が家の為、娘の為となるかは明らかであろう。我が家の家格では、正室になれないとはいえ、側室となれば我らを十分に引き立ててくれるだろう。」
「三雲殿を通じて御屋形様に願ってみれば叶うかもしれませぬな。流石に此度の訪問では両者の相性を確かめる為に留めて置くのが良いのではないでしょうかね。」
「両者の相性が良ければ、後日三雲殿を通して、先程青木殿が仰られた様に、上手く行けば、側室へと我ら一同が推挙すれば断られる可能性も少ないでしょう。」
「出雲守殿ここは逸る気持ちを抑え、両者の相性を確認するということでよろしいかと、この為俊は考えますな。」
「・・・千載一遇の機会に私の目が曇ってしまったようだ。皆の言う通りにしよう。」
明日やってくる亀寿丸を持て成すために、最後の打ち合わせを行って解散となった。
馬に跨り三雲定持の案内によって甲賀郡の望月屋敷に向いて進んでいく。鈴鹿山脈の南嶺山脈から、甲賀丘陵・水口丘陵を含む地域である故起伏に富み、雄大な風景を見ることが出来る。
「定持、其方の故郷は風光明媚な所であるな。」
「確かにそうではありますが、それは外からやって来る者の視点。我らここに住まう者にとっては平たい土地が少なく、何とか山肌を削り田畑を作り耕しております。我らは、城下周辺の平たい土地が羨ましゅうございます。」
三雲定持は、少し忌々しげに山々を眺める。ここに住まうもの達は、山々を眺める間もなく日々生きる為に田畑を耕し、それでも足りない分は忍び等の出稼ぎで家族を養っているのだ。俺の行った多少の農具・農法の改良では、彼らを苦しみから救ってやる事は出来ない事実を突きつけられる。
「そのような視点は無かった。当主となり、晴れて領地を切り取った時には、定持お主に最も豊かな土地を贈ろう。」
「不詳定持その願いを叶えて貰うため若様を命懸けで支えますぞ。」
「私も定持の様な忠臣の上に立つ君主となれるように日々励まねばならんな。」
互いに軽口を叩きながら進んでいくと、周囲の景色は、平地から雑木林の生い茂る山地となり始めていた。
「若様、無いとは思いますが野盗の襲撃が有るかもしれませぬ。ここは、馬を駈歩にさせて進みましょう。」
定持の提案に乗り、護衛達と共に一挙に雑木林の中を駆け上がる。丘の頂上辺りで周囲の視界が開け遠くに集落が見える。
「若様、あれが望月屋敷のある集落にございます。もう少しで着きまする。」
「ここからは、馬を労るために速度を落としゆっくりといこうでは無いか。」
馬を労りつつ、周囲をよく観察する為に速度を落としゆっくりと進んでいく。
感想は全て目を通しています。作者のモチベーションになります。これからも完結に向けて頑張りたいと思います。




