伊勢・伊賀での現状
何歳位で元服させようか。
1552年 3月 観音寺城
「亀寿丸様、命じられた仕事が終わりました故、その成果を持って参りました。」
「望月出雲守、良くやってくれた。お主の活躍で六角家の基盤はますます盤石となっていくであろう。」
「ありがとうございまする。また何か用があれば何時でもお呼びください。」
そう言って退出した、望月出雲守は扉を閉めるとその影は一瞬で何処かに消えた。流石忍びの棟梁、どんな術を使っているのかさっぱり分からない。
「若様、出雲守に何を頼まれたのでしょうか?」
「これを見てみるといい。」
望月出雲守が持ってきた、紙を床に広げていく。そこには、伊賀・伊勢・志摩3カ国の地図が記してあった。
伊賀中部・伊勢国奄芸郡の全て、三重郡・安濃郡の一部を有している黄色の範囲が我が六角家の領地。紫色の員弁郡は六角定頼の弟梅戸高実が治める梅戸家領。青色の鈴鹿郡は関氏領。水色が神戸氏領。赤色が北畠家直轄領。桃色が北畠家家臣団領。茶色が志摩七党領を表している。
「この地図を見ると南伊勢での北畠家の影響力の強さが分かりますな。」
「我が六角家も北伊勢では千草氏討伐で領地を奪い取り、影響力を確保すると共に梅戸家との連携を取る事により支配を確固たるものにしておる。更には、長野家より安濃津を含む安濃郡の一部を奪い取り、中勢での影響力を強めつつある。」
「伊勢での基盤の弱さに対し、3分の1を擁し、国衆の直臣化も進んでいる伊賀の基盤は硬いですな。」
「仁木氏の領地を丸々手に入れることが出来たからな。伊賀は、往来が難しい場所だ。色々やるのに適している。ここをしっかりと抑えることが伊勢での影響力維持の為には重要だ。」
三雲定持と地図を見ながら会話を行っていく。六角家が守護職を務める近江・伊賀・伊勢のうち近江・伊賀においては確固たる影響力を持つことが出来ている。しかし、伊勢においては、南部に北畠家という武家公卿がいるのが影響力拡大の障害となっている。
この北畠家というのは、村上源氏中院家庶流であり、南北朝時代に南朝の忠臣として重きをなし、伊勢国に進出して南北朝合一後も国司として勢力を誇っている。主な勢力圏としては、本領の南勢五郡(一志、飯高、飯野、多気、度会)志摩国・熊野地域である。そして本拠地を、多気に置いている。
現当主である北畠具教は、現在従四位下である。しかし、代々高位高官に任じられる名門の公家である故、直ぐに父の従三位上右近衛大将を越えるだろう。
伊勢守護職にある父の官位を越えてしまうと統治において支障をきたす恐れが有る。大和宇陀郡、伊賀名張・阿賀二郡を我らに奪われ、更には伊勢守護職を失うという事により、その面目を大いに傷付けられた。それらの事によって彼等は、我らを大いに恨んでいるだろう。現に父義賢の妹であり、北畠具教の正室である北の方は遠ざけられていることが分かっている。
北畠家をどのように従わせるかが伊勢の領国化の大きな問題になるだろう。
「三雲定持、北畠家を従わせるには何か手段があると思うか?」
「難しいですな、当主北畠具教は優秀な人物ですからな。頭にパッと思いついたのでしたら、弟の木造具政を煽り家中を割り当主を交代させ影響力を強めるか、北畠に服従する事を良しとしない長野家家臣を扇動し領内に混乱を生み出し、それを理由に当主の交代や領地の削減を行う事ぐらいですな。流石に、北畠家を乗っ取るには本家の家格が足りませぬし、滅ぼすには朝廷との繋がりや家格の高さが邪魔ですな。」
「公家は、朝廷のある山城国で大人しくしていて欲しいものだ。」
「某も同じ思いですな。」
話を伊賀に変える(戻す)と、伊賀では仁木家の領地を接収した事に加え、南伊賀討伐の時に更なる領地を獲得した事により確固たる基盤を確保する事が出来た。
伊賀の国衆の直臣下に成功した事によって、伊賀国衆を情報収集や
伊賀の他所との往来がしにくいとの特性を生かし、様々な技術開発の場所となっている。現にはねくり備中等の多くの鉄製農具は、ここ伊賀で作製され番号を付与され、近江の村々に貸与されている。火縄銃などの火器も伊賀に招いた職人達によって作製されている。伊賀の山中は泥炭が産出するので、ここで木々の消費を抑えることが出来る。伊賀は今や六角家の権力の源となりつつある。
近江では、商品作物や食料や兵士を生産し、伊賀では武器弾薬を生産する分業体制が出来つつある。どちらを失っても六角家にとっては大打撃となる。
「そう言えば若様。若様も後数年で元服を迎える時期となります。城に篭ってばかりではなく領内を見て回る時期だと考え、御屋形様と話し合って参りました。初めての遠出先は、先程お会いになった望月出雲守殿の屋敷にお邪魔することとなりました。出発は、3日後でございます。」
「全く考えていなかった物事が伝えられて驚いた。鷹狩や城下町の見物などで少しは、遠出や外に出る機会はあったが、家臣の屋敷を正式に訪れるのは初めてのこと。緊張するがとても楽しみだ。」
北畠家この物語で最も面倒臭い存在かもしれない。




