55.ピクニック
絶好の行楽日和であった。
というのも当然の話で、朝に天気を確認して条件のいい日は店を休みにしてしまおうと事前に決めていたからだ。
ずっと見上げていたくなるような秋晴れで、気温は僅かに涼しい程度で肌に心地良く、これ以上ないほどの天気と言えた。
街を出て、五人で街道を歩いた。
くだらない雑談。竜を討伐した時のこと、これからどこに行くのか。そんなことを話しながら、賑やかに道を行く。
秋の風が気持ちよく、歩いているだけでも気分が晴れ晴れとしてくる。
目指す地点は、アルテシオンからほど近い、小高い丘の上らしい。
なんでもそこが、ルナリアの思い出の場所だそうだ。
丘の傾斜もアロマ山に比べればだいぶゆるい。
街道から外れても草はそれほど茂っておらず、歩きやすかった。
丘の途中も花は咲いていたが、頂上はその比ではなかった。
一面の花畑と言っていい。
白と桃色の花が、晴れ空を眺めるように空に向かって花開いていた。
匂いは微かだが甘く、緑の匂いの中に薄っすらと花の匂いが混ざっている。
「こりゃあなかなかのもんだな」
リクウが感嘆の声を漏らすとルナリアが得意そうに、
「でしょ。とっておきの場所なんです、ここは」
スフェーンが花の少ない場所を選び、手際よく敷物を敷いた。
皆が敷物の上に座り、しばし花畑を眺めている。
「ずっと昔に、お父さんがいた頃、家族で来た場所なんです」
ルナリアがポツリと呟いた。
「子供の頃のわたしは、この花畑が綺麗過ぎて、どうしていいかわからなくなって泣き出しちゃいました。そんなわたしをお父さんとお母さんは笑ってました」
ルナリアの目は、遠く、過去にここで泣いた自分を見でもしているかのようであった。
「家族の思い出で一番記憶に残ってるのはここなんです」
「妾たちにこの光景を見せたかったのか?」
「それもそうなんですけど……」
とルナリアは言い淀んでから、
「たった数ヶ月だけですけど、リクウさんと、ルリちゃんと、それにミューちゃんにスーくんも、家族のように過ごしたなって。だから、みんなでここに来たっていう思い出を作りたかったんです」
ルナリアは恥ずかしそうに笑っている。
「すいません、勝手なこと言っちゃって」
「いや、いいよ」
「いいって?」
「そう言われて悪い気するやつなんていねぇよ。なあミューちゃん?」
「なんでアタシに振るのよ! それにミューちゃんって呼ぶな!」
リクウはけけけと笑い、
「弁当、持ってきてるんだろ?」
「それは、はい!」
ルナリアがスフェーンの背嚢から次々と食べ物を取り出した。
敷物の中央には、ちょっとしたご馳走が並ぶ。
「あの、酒はないのかな?」
「そういうと思って、実は持ってきました!」
ルナリアがスフェーンの背嚢から、木製のコップと酒瓶を取り出した。
「けど、昼間だし飲み過ぎちゃダメですからね? みんなでちょっとずつですよ」
「わかってるよ、飲み過ぎるとすごいことになるやつがいるしな」
「誰ですか?」
「さあ誰だろうな?」
変なリクウさん、と言いながら、ルナリアは次々とコップに酒を注ぎ、順に手渡していく。
「それでは、なんでしょう、別れに乾杯は変ですよね」
「俺らの新しい旅路に乾杯でどうだ?」
「それにしましょうか! では」
五人がコップを掲げて、
「乾杯!!!!」
丘の上の花畑で、軽い音が響いた。
リクウは皆が一口ずつ飲むのを見て、
「スフェーン、お前飲めるのか?」
「飲めなくはないですけど、意味はないです。付き合いで真似をしてるに過ぎません」
そう言うスフェーンは、いつも通り表情に乏しい。
「スフェーンの改良ってのは、上手くいったんだよな?」
「ええ、もちろん。アタシ達がやったんだから」
ミューデリアは自信ありげに胸を張っている。
「あんまり変わってないように見えるが」
「それはそうよ。成長できる余地を増やしたんだから。植物の鉢植えを大きくしたようなもの。だから成果が出るには時間がかかるの」
「そっか、すぐに見れるものでもないのか。出るまでにちょっとは目に見える成果が見たかったけどな」
「また来ればいいじゃないですか。わたしはいつでも歓迎しますよ」
とルナリアが言う。
「そうだな。そういうのもアリだよな」
「今度リクウさんが来る時は、ミューちゃんの家よりもおっきな店にしときますから!」
「それ、アタシの前で言う?」
ミューデリアは呆れたような笑みを浮かべている。
「でも、リクウさん、本当にありがとうございました!」
「スフェーンの? ありゃあ俺の恩返しみたいなもんで――――」
「違いますよ、全部です」
「全部?」
「リクウさんがいなかったら、きっとわたしはそんなにしないうちに、お店を続けるのを諦めちゃったと思います。けど、リクウさんが手伝ってくれたおかげでなんとか続けられて、ミューちゃんも手伝ってくれるようになって、今ではそれなりにちゃんとした経営ができるようになりました」
「そりゃあルナリアが頑張ったからだろうよ」
「けど、きっかけはリクウさんですよ。最初は怪しい人かと思ったけど、まさかこんなことになるとは思いませんでした。だから、ありがとうございます」
リクウはなんだか照れくさくなって、
「ま、まあ当然のことをしたまでだ。早く食べようぜ」
そう言うとルリが意地悪に、
「お、こやつ照れておるぞ!」
「別に照れてねぇよ」
「嬉しいなら素直に喜べばいいものを」
食事が始まった。
ルナリアが作った食事はとても美味しかった。
元々美味しいのかもしれないが、外の開放感と、心地よい日和でそれ以上に美味しく感じたのは間違いない。
食事を終えて、リクウは敷物の上に横になった。
空はどこまでも青く、風が優しく花々を揺らしていた。
ありがとうございます。そう言ったルナリアを思い返していた。
良い行いができたのだろう。リクウはどこか誇らしい気分に浸っていた。
この空は、遠く真都揶まで続いているはずだ。
そんな場所から、わざわざこんな遠くまで来たかいがあったというものだ。
リクウは秋の青空を見上げて笑う。
そうして旅は続く。




