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53.怪物との遭遇


 貧乏くじは、誰かが引かなければならぬ。

 今回その貧乏くじを引いたのはヴァーモントだった。

 何が悪いかと言えば、精霊銀級ミスリルに昇格したタイミングが悪い。

 今思えばこの貧乏くじを引かせるために精霊銀級ミスリル昇格の話が来た可能性すらある。


 自分の実力に自信はある。

 運や偶然で精霊銀級まで上り詰めたわけではない。

 そんじょそこらの討伐であれば喜んで受けるし、難なく達成してみせる。


 が、いくらなんでも竜はないだろうと思う。


 ヴァーモントは今、十二人の冒険者を引き連れて、アロマ山を登っている。

 目的はもちろん、竜の討伐である。


 ふざけた話であった。

 竜の討伐など、それこそ王国の聖騎士の仕事だ。

 ただ、今は王国は魔王亡き後の魔族問題で手一杯で、南の問題に手を割く余裕などなかった。

 それならば、大きな被害を出していない竜などほうっておけばいいのに、国警は律儀にも冒険者の討伐隊を組織することに決めた。

 国警自体が何をするかと言えば、ヴァーモントが竜を討伐した後片付けだ。

 アルテシオンに「後方支援部隊」とやらを派遣してはいるが、実戦に参加できない下っ端の集まりでしかない。


 ヴァーモントはアロマ山に巣食う竜の討伐隊の、隊長を務める男だった。


 精霊銀級に昇格した直後に「精霊銀級であるヴァーモント様に是非ともお頼みしたい依頼が」などと言われては断れるわけもなかった。


 無論、単独で行けとは言わない。

 国警は金級冒険者を、合計で十二名集めてくれた。

 どいつもこいつも竜を倒して名をあげようというおめでたい連中で、ヴァーモントはこいつらをまったく信用していなかった。


 ヴァーモントを含め、竜と戦ったことのあるものなど一人もいない。

 実際やってみたらいけてしまった、となる可能性がないとは言い切れない。

 しかし、ヴァーモントはそういう楽観的な考え方はしなかった。

 だからこそ、冒険者としてここまで生きて来られたとも言える。


 ヴァーモントの経験則から、戦いが数ではないのがわかりきっているからだ。

 

 お気楽話を背後に聞きながら、ヴァーモントは行軍を続ける。

 森林もそろそろ終わりが近づき、いよいよ山頂が近くなってきた。


 例えば、十の力を持つ相手に、七の力を持つ二人でかかれば、かなりの確率で勝てるだろう。

 逆に、十の力を持つ相手に、五の力を持つ二人で戦った場合は、なかなか怪しい。

 数がいると戦法が多角的にとれるという利点はあるが、攻撃が通じにくい場合もあるし、どちらかが即沈められてしまった場合、絶望的な状況になる。

 では、百の力を持つ相手に、十の力を持つ十人で挑んだらどうなるか。

 それは、絶対に無理だと断言できる。

 いくら数がいようと、個の力の差が極端に開いた場合、戦いになどならないのだ。

 人間が蟻に負けないのと同じ。竜が人間に負けないのも同じなのかもしれない。


 背後から聞こえるやかましい声とは裏腹に、ヴァーモントの心は冷え切っていた。

 自分は、今日死ぬかもしれない。


 森林地帯を出て、じゃりじゃりとした岩肌を歩く。

 情報によれば、竜は山頂に巣食っているそうだ。

 自分は今、死刑台に向かって歩いているのかもしれない。


 勝てないと言い切る理由はないが、勝てると言える理由はそれよりもなかった。

 後ろの連中が役に立つかは未知数であるし、ヴァーモント自身ですら通用するかわからない。

 

 最悪逃げるか。

 ヴァーモントはそこまで考える。

 悲観主義こそが冒険者が生き残る上で最も重要なことなのだ。

 勝てるならば、そのままの勢いで勝って終わりだ。

 負ける場合は、敗走か死かで話が大きく変わる。

 

 そんな事を考えていると、いよいよ竜の姿が見えた。

 想像よりも大きい。

 遠目にでもその大きさがわかる。


 竜は寝ているのか、山頂よりも手前の平地で蹲っているように見える。


 竜の巨体を目にして、後ろの連中が息を飲むのが伝わってきた。

 ようやく自分が何をしに来たのかを理解したのか、お気楽なムードから一気に緊迫した空気に変わった。

 せいぜい役に立ってくれよ、とヴァーモントはただ祈った。


 ヴァーモントは冒険者達を手で制して、一旦立ち止まった。


「竜は寝ているように見える。できればこのまま不意を討ちたい。俺から仕掛けるから、お前らは自分の判断で戦ってくれ。即興の連携が上手くいくなど思っていない。各々が最善を尽くしてくれ」


 冒険者達が頷く。

 ヴァーモントは再び歩を進める。


 竜はまだ起きない。

 目覚めないことを祈りながらヴァーモントは歩を進める。

 距離が縮まり、ヴァーモントは信じられないものを目にした。


 蹲る竜の元に、二人の人型があった。

 一人は幼い少女に見えた。

 もう一人の男は、座り込み、杖を片手に抱き、ただ地面を見つめていた。


 ヴァーモントの背筋に、冷たいものが登ってきた。


 おそらく、人間ではない。

 竜を使役したのか、殺したのかはわからないが、あの人型が竜以上の何かであるのは間違いないと思われる。

 幼い少女の、異様とまで言える美貌が人外の何かであるのを肯定している。


 逃げるのか。

 逃げられるのか。

 相手に戦う意思はあるのか、ないのか。

 

 ヴァーモントは混乱の極みにあり、背後の冒険者たちにも動揺が広がっていた。

 何か指示を出すべきかヴァーモントは逡巡し、その間に少女が男に声をかけていた。

 

 男がすっくと立ち上がる。

 坊主頭で、見たことのない服を来ていた。

 男はヴァーモント達の姿を認め、すぐさま走って距離を――――


***


 勝ったまでは良かったのだ。

 リクウは、なんとか竜を打倒した。

 三撃目の魂震。気絶寸前の限界まで霊力を振り絞り、見事トドメと相成った。


 それはいい。すごくいいのだが、リクウは勝ったあとのことを考えていなかった。

 眼の前には、竜の死体がある。

 家ほどの大きさの生き物が、絶命して横たわっている姿は、それが生きていなかろうと、えも言えぬ畏怖の念を抱かされた。


 これを、どうしよう。

 問題はそこであった。

 目的は魔石であり、魔石を取り出すべきだ。

 べきなのだが、リクウは魔石の取り出し方など知らなかった。

 

 かつてルナリアがやっているところを何度か見てはいるが、真面目に見てはいなかった。

 魔石を取り出すのに特殊な手順があったとしても、リクウはそれを知らない。

 つまりは、魔石を自力では取り出せないのだ。


 本当に困った。

 小さな獲物ならば、持って帰ってギルドの近くにある解体所に持っていけばやってくれるだろう。

 しかし、この巨体である。

 持って帰るなどとてもじゃないが不可能だ。


 応援を呼びに行く、というのが一番妥当な気はしたが、そうなるとこの場には誰も残らないことになる。

 討伐隊が近々ここに来る、という話はリクウの耳にも入っている。

 もし入れ違いになってしまった場合、リクウが苦労して倒した竜は持ち去られてしまうかもしれない。


「主はバカじゃないのか?」


 というルリの言葉は、本当に刺さった。


 かくして、リクウは待ちを決めた。

 誰かが来るのを待とうというのである。

 最悪、討伐隊が来るだろう。

 それまでここで竜の見張りをすることに決めた。


 いつ来るかもわからない何かをただ待つ、というのは非常に厳しいものだ。

 

 森林地帯まで戻って食料をなんとか確保し、あとの時間は竜の死体の前で過ごした。


 一日目は何もなかった。

 気力がゴリゴリと削られるのを感じた。


 二日目になって、早くもリクウは何も喋らなくなった。

 膝を曲げて座り、右腕で杖を抱きかかえ、無心で地面を見つめていた。


「のう、リクウよ」

「なんだよ?」

「あれが、主が待つと言っていた討伐隊ではないか?」


 見ると、十人ほどの人の集まりが、山を登ってきているではないか。

 リクウは立ち上がり、たまらず走って近づこうとして。


 なぜか討伐隊が、絶叫した。


 リクウが近づこうとすると、蜘蛛の子を散らすように、叫びながら逃げ出した。

 わけがわからない。


「まってくれえええええええええええええええ!!!!」


 誰も待たずに、一目散に逃げようとする。

 リクウはそれを追いかける。


 馬鹿みたいな追いかけっ子が始まる。


 一人を捕まえて説得しようと、残りが逃げてしまっているのが問題だった。

 最終的に全員を揃える頃には、日が暮れていた。


 そうしてリクウはなんとか、討伐隊に竜の解体を頼むことができた。

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