50.五人で遊びに
結局あれからロレントのクランの面々と飲むことになり、帰ってきたのは暗くなってからであった。
リクウがルナリアの家に入ると、工房の区画がまだ明るかった。
「なんじゃ、ルナリアたちはまだ仕事をしとるのか」
リクウたちが明かりの元に向かうと、そこにはルナリアどころか、ミューデリアもスフェーンもいた。
二人はスフェーンを作業台の上に寝かせてなにやらしていた。
「いっ!?」
思わず声を出したのはルリだった。
リクウはなんとか耐えた。
何に驚いたのかと言えば、スフェーンの胸元が開いていたからだ。
服の話ではない。
スフェーンの胸が開いていて、その中が見えていた。
「あ、リクウさんおかえりなさい。飲んできたんですか?」
「ちょ、ちょちょ、ルナリア! それは何やっとるんじゃ!!??」
ルリが珍しく動揺していて面白い。
リクウはルリが動揺していることで、逆に落ち着くことができた。
「飲んできたけど、なにやってんのそれは。俺酔っ払って見間違えてないよな?」
「これは、スーくんのコアを改良できないかって見てて」
「こあをかいりょう? 悪いことをしてるわけじゃないんじゃな?」
「スフェーンが最近わかりやすい感情表現をするでしょ? けどあれって、元々実装されてる機能じゃないの。スフェーンの中の人工精霊が成長して、今はコアがそれについてきてない状態なの。だからコアをアップデートしてスフェーンがこのペースで成長できるようにできないかな、って二人で見てたのよ」
「つまりは、検査的な何かをしてたって事か?」
「まあだいたいはそう」
リクウは安堵の息を漏らした。
「ビビった。猟奇殺人の現場に出くわしたかと思った」
「なにバカなこと言ってんの」
「スーくん、ありがとね。もう降りていいよ」
言われてスフェーンは台から降りて、服を正した。
「それで? その改良とやらはできそうなのか?」
「うーん、どうでしょう。技術的な問題じゃなくて、素材的な問題で難しいかもしれません」
「素材? 俺が手伝えるようなものでもないのか?」
「一応魔物の魔石なんですけど、既に使われてるものがかなり高品質で、これ以上はなかなか難しいかもしれません」
「そうね、これ以上となると相当なもんだわ。市場にも出回らないだろうし、値段も相当になる」
「例のアロマ山の竜くらいならいけるかもしれませんが、討伐が成功しても魔石は市場には流れなそうだなぁ……」
とルナリアが落胆のため息をついた。
「それ、俺が取りに行くじゃだめなのか?」
ルナリアが一瞬、何を言っているのかわからないといった顔をした。
それから、
「む、むむ、無理ですよ! 竜ですよ! 竜! ちょっとは考えてください!!」
「龍って言っても、神様みたいな存在ではないんだろ? こっちの龍は」
「神? えっとわからないですけど、でも非常に危険な魔物なんです! 討伐隊が組まれるほどの!」
「そんなにか?」
「そんなにです! 個人で討伐なんてそれこそ白金級の冒険者でも難しいものですよ!」
「じゃあ、勝てるには勝てるんだな? ということはやっぱり真都揶の龍とは別物か」
「バカなことはやめてくださいよ!? ほんとに無理ですからね!!」
ルナリアは珍しく強い口調で言った。
「まあ上等な魔石以外にも他にアプローチがあるかもしれませんし、しばらくは二人で色々考えてみます」
「すいませんマスター、わざわざ僕のために」
「いいんだよ、スーくん。わたしだってスーくんにいっぱい笑ってもらいたいんだから」
とルナリアはいつもの笑顔で言うが、スフェーンの方は心苦しそうでもあった。
「とりあえず、今日は終わりにしときましょう。アタシも帰るから」
「ごめんねミューちゃん、こんな遅くまでありがとう!」
「べ、別にアンタのためじゃなくって、錬金術師の勉強のためなんだから!」
いつもの調子でミューデリアが頬を赤らめていた。
これもリクウにとって見慣れた光景になったものだ。
「そうだ、伝えとくことがある」
「なんですか?」
「俺はそろそろこの街を出ようかと思う」
「え?」
ルナリアは、本当に意外だったようだ。その表情が、そう物語っていた。
「街から出るってつまり、この街から出るってことですか?」
「ああ、ルナリアの店もミューデリアのおかげで落ち着いたし、俺もこの街は堪能したしな。季節の変わり目だし、いい時期かと思ってな」
「そう……ですよね。忘れてました。リクウさんたちは旅人ですものね。なんだかずっといるような気がしちゃってました」
ルナリアは目に見えて気落ちしているようであった。
「それで? いつ出るとか決めてるの?」
「いや、とくには。ただぼちぼち考えて準備をしようかな、と」
「行き先は?」
「タイクーンってところだ。なんでも勇者様とやらがいるらしい。俺はそれに興味があってね」
「そう、アタシも行ったことあるけど、悪くない場所だったわよ」
そう言いながらも、ミューデリアもどこか面白くなさそうにしている。
そこで、ルナリアが突然パンと手を鳴らした。
「じゃあ、最後にピクニックに行きませんか?」
「ぴくにっく?」
「行楽よ行楽。みんなで外に遊びに行こうって話じゃない?」
「そうです! その通りです! 最近はずっと休んでなかったですし、いっそのことお店まで閉めて、スーくんも一緒に五人で遊びに行きましょう!」
「ほう、いいではないか」
「マスター、わざわざ僕のために……」
「いいの、スーくんも家族なんだから」
言われたスフェーンは気恥ずかしそうにしている。
やはり、最初に会った頃と比べて格段に表情が増えているのを、リクウは改めて実感した。
「どうですか? リクウさん。お店を閉める関係で来週くらいになっちゃうとは思うんですけど」
「構わんよ。急ぐ旅じゃないしな」
「じゃあ来週はみんなでピクニックです!!」
ルナリアが高らかに宣言した。
こうして、アルテシオンでの最後の過ごし方が決まった。
どうやら、暗い別れにはならなそうだった。




