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49.秋の訪れ


 晴天なのに、暑いよりも心地よいと感じる陽気であった。

 太陽は暖かく、穏やかに吹く風は気持ちがいい。

 道行く中で、リクウはぽつりとつぶやいた。


「そろそろ行くかぁ」


 隣にいたルリがリクウのつぶやきに反応する。


「行く? どこへじゃ?」

「アルテシオンから出るかってことだよ、また別の場所に」


 ルリはきょとんとして、


「そりゃまた随分と急じゃの? 何かあったか?」

「こんなやりとり、この間もやらなかったか?」

「そうじゃったかの? してなんで急に出ようかと思ったんじゃ?」

「秋だなぁって思ってさ」

「なんじゃそりゃ」

「加えて言えば、ルナリアのところもだいぶ落ち着いてきただろう? そろそろ俺の助けもいらないはずだし、俺としてもこの街で見るもんはだいたいみたしな」


 ここ最近は、ミューデリアの加入でルナリアの店もだいぶ落ち着いていた。

 素材を取りに行く頻度も減り、市場で材料を揃えて済ませる頻度も増えてきた。

 それにリクウもこの街に滞在して数ヶ月になる。

 近場の名所にも行ったし、街中の店も気になるものはだいたい網羅した。

 季節の変わり目はよい機会だろうと、急に思ったのだ。


「それで? いつ行くんじゃ?」

「さあ?」

「さあとはなんじゃ、はっきりせんやつじゃな」

「帰ってルナリアと話して、適当な時を見つけるさ。そう遠くないだろう」


 となると、次に行く場所を決めなければならない。

 リクウは大陸のほぼ南端からこの旅を始めている。

 基本的な方針は北へ、北へだ。

 北にはこの国の首都となる場所もあるらしいし、北に行くほど妖異が物騒になると聞く。

 北へ向けて旅をしようと思うのだが、それも絶対の方針ではなく、面白そうな場所があれば寄り道も検討するつもりではいる。


 そういうわけで情報収集であり、その足は冒険者ギルドに向いていた。


「しかし、最近はなんだか物騒じゃのう」

「物騒?」

「ほれ、見よ」


 ルリが示す先には、甲冑を纏った兵士らしき人間がいた。

 浪西涯の甲冑は真都揶の甲冑より重量感があり、見ていて動きにくいのではないかと心配になる。


「そういや最近見かけるな」

「じゃろ? 近々なにかあるのやもしれん」


 冒険者ギルドに着くと、ちょうどロレントがいた。

 リクウはロレントに近づき、気楽な感じで声をかける。


「やあロレントの旦那。あれからクランとやらの調子はどうですか?」

「リクウくんか、久しぶりだね。クランはまあ、それなりってところさ。今日はどうしてここへ?」

「情報収集にね。そろそろこの街を出ようかと思いまして」

「そうか、てっきりルナリアくんのところに居付くものかと思ってたが」

「一時的な手伝いですよ。最近じゃ俺が手伝うことも減って繁盛してますし」

「ポーションが値上がりしてしまったのは残念だけどね。知る人ぞ知る穴場だったのに」

「ところで、最近兵士っぽい人が多いのはなんなんですか?」

「兵士っぽい人?」


 とロレントは考え、


「ああ、傭兵団かな。アロナ山に竜が住み着いてるって話は知ってるかい?」

「あー、聞いたことある気がします」

「うちのもんが話したからね。うちの前団長がその竜にやられてしまったんだ。以来山は近づけない場所になってたんだが、ようやく討伐隊が結成されたってわけさ」

「龍じゃと? それは本当に龍か?」


 ルリがいつになく真剣な表情をしていた。


「本当にって?」

「ああ、龍ってうちの国じゃ神様みたいなもんなんスよ。そんなのがこんなところにいるのかってルリは聞きたいんじゃないか?」

「神様か。それはわからないな。僕は直接遭遇したわけじゃないし、けど強力な魔物っていうのは間違いないと思うよ。討伐隊が結成されるほどのね」


 確かに冒険者ギルドで討伐の依頼というものの存在は知っていたが、わざわざそんなものが結成されるほどの相手というのは聞いたことがない。


「ところで、次はどこに行くつもりなんだい?」

「それそれ、それですよ。それを熟練冒険者であるロレントさんにご教授いただきたくてね」

「なんだい、気持ち悪いな」

「俺は見ての通りの異人で、こっちの地理は全く知りません。だからなんか面白そうな場所はありませんか? って話で」

「リクウくんはダリーシャ港から来たのかい?」

「ええ、まあそっち方向から。ヴェローズにしばらく滞在して、それからこっちに来ました」

「なるほど、じゃあ南以外のどこかって感じか」

「そうっスね。とくに目的はないんで、面白そうな場所ならなんでもいいです」

「そうだなぁ、面白そうな場所かー」


 ロレントは眉を寄せ、しばらく固まったあとに、


「そうだ、ここから東にあるタイクーンっていう街に、勇者様がいるらしいよ」

「勇者様?」


 リクウはオウム返しに聞く。


「あれ、わからないかな、魔王を倒した勇者様」

「ああ! わかりますわかります。その話はマトーニャまで伝わって来てます」


 浪西涯で妖異の王が打倒されたという話もリクウが来る場所を決めた一因であった。

 その討伐を果たした張本人が、まさか近くにいるとは。


「その勇者様がタイクーンに滞在してるって話はちょっと前に聞いたな。いつまでいるのか、今もいるのかはわからないけど、そこに行ってみるってのも面白いんじゃないかな? そうでなくともタイクーンはワインの名産地だから楽しめると思うよ」


 俄然興味が湧いてきた。

 勇者なる人物がどれほどの強者なのかは、リクウも武僧として興味がある。

 リクウはいまいち自分の立ち位置がよくわかっていなかった。

 かなり強いという気はするが、上を見ればいくらでも強者がいるという気もしていた。

 この国の、おそらく頂点である人物を拝んでおくというのも意味はありそうだ。


「あざます! ロレントさん。俺行ってみますよ、そのタイクーンとやらに。勇者様、っていうのには興味がありますね」

「思いの外気に入ってるね。まあお役に立てて良かったよ」


 こうして、リクウはアルテシオンを出ることを唐突に決め、タイクーンに行くことも唐突に決めたのであった。

 あとは、ルナリアに話さなければならない。

 ルナリアのところにも馴染み、寂しくないと言えば嘘になるが、リクウもまさかここに定住する気はなかった。

 それに、ルナリアの方もリクウがいずれ出ることは理解しているはずだ。


 なに、気が向いたらこの街に戻ってくる可能性だってある。

 終生の別れというわけでもあるまい。

 たぶん、これからもこういった別れはいくらでもあるのだろう。


 リクウはヴェローズのおばちゃんや、仲良くなった面々を思い出した。

 あれもそういった無数にある別れの一つだったのだろう。


 リクウはふと、かつて聞いた詩の一節を思い出した。


 さようならだけが人生だ。

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