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47.うちの子に


「つまりだなぁ、みんなが同じものを同じように見られて、言葉が通じ合うのはこの七光如尊の見聞光のおかげなわけだ」

「なるほど、それがマトーニャでの考え方なのですね」

「マトーニャってか七光宗の教えだな」


 何をしているかと言えばお説法である。

 リクウも時には坊さんらしいこともする。


 聞き手はスフェーンで、店番をしながら人のいない時に軽い感じで話しているのだ。

 なにもリクウが押し付けがましく教えを説いているわけではない。

 スフェーンの方から「リクウ様の”宗教”とはいったいどのようなものですか?」と聞かれたので教えているのだ。


 リクウにもこれは意外であったが、知りたいというなら是非とも教えよう。

 たとえそれが、人造で作られたほむんくるすとやらであろうとも、だ。


 ルナリアの店は繁盛していると言っていい。

 ポーションは値段が上がった分、売れる数こそ減っているがバランスが取れていて、依頼も頻繁に来るようになっていた。

 今もルナリアは依頼の品を作るために素材の買い出しに行っている。


 最近は資金にも余裕が出てきたので、ルナリアは買える素材ならば買ってしまって、薄利気味の仕事をするようになっていた。

 ルナリアはかなり忙しそうにしているが、本人はとても楽しそうなので、リクウとしてもこの流れは悪くないものだと思っている。


 素材を買う、となるとリクウが採取の手伝いをする機会も減るわけで、そうなると暇になる。

 今日も午前は店番を手伝うという名目でスフェーンと雑談をしていて、昼になったらルリと出て適当に昼飯を食い、その後は散歩でもするかと考えていたところであった。


 リクウはカウンターに頬杖をついてあくびをひとつ。

 

「アンタ、えらく暇そうにしてるのね、最近忙しいって聞いたんだけど」


 いつの間にかミューデリアがカウンターごしに姿を見せていた。


「おっ、ミューちゃんじゃん、また来たのか」

「ミューちゃんって言うな!! 最近お店が忙しいって聞いたから来てみたのに、アンタが暇そうにしてて拍子抜けしたわよ」

「そりゃあ作るのはルナリアだからなぁ。俺はどっか出かけるなら手伝いもするが、そっち方面は何も手伝えん。ところで今日は何しに来たんだ?」

「言ったでしょ、様子を見にって。ルナリアはどこ?」

「残念ながらルナリアは今買い出し中だよ」

「いつ出たの?」

「市場が始まる時間になったら即さ。そろそろ帰ってくると思うけどな。それで? ルナリアが帰ってきて忙しかったらなんだってんだよ」

「それは、その、忙しいようならアタシも手伝おうかなって……」


 と、そこでなぜかミューデリアは恥ずかしそうにする。


「お前はほんとにルナリアが好きだなぁ……」


 言った途端、ミューデリアの顔が真っ赤になった。


「好きって!? そんなんじゃないわよ!! ただあの子は放っておけないっていうか!! 近くで見てないと安心できないっていうか、そういう……」

「へえへえわかりましたよ。そんなにルナリアが気になるならもうウチの子になっちゃいなさいよ」

「それは良い考えだと思います」


 今まで横で話を聞いているだけだったスフェーンが、いきなり割り込んできた。


「あ?」

「ですから、ミューデリア様がうちの子に、という話です」

「いや、それは俺の冗談でだな」

「ミューデリア様、どうでしょう?」

「どうでしょうって……」


 ミューデリアは露骨に困惑していた。


「マスターは今、非常に忙しく、今のペースで仕事をするのは厳しいと感じています。人員の増加をすべきだと思いますが、錬金術師などそうはいません。そこで、ミューデリア様に本格的に店を手伝ってもらえたら、という話です」

「それって、アタシにここの従業員になれって言ってるの?」

「はい、ミューデリア様は優秀な錬金術師と聞きますし、マスターもミューデリア様が一緒に仕事をしてくれたら喜ぶと思います」


 スフェーンはいつになく饒舌だった。

 相変わらずの無表情ではあるが、そこには明確な意思が感じられる。


「それはアナタの考えなの?」

「はい、マスターのためになることだと思っています」

「わかった、考えてみるわ」


 とミューデリアが答えたところで、


「あっ、ミューちゃんだ!!」


 ルナリアが帰ってきた。


「おう、ルナリアおかえりぃ」

「ただいま! リクウさん! 三人で何を話してたんですか?」

「いやよ、ミューちゃんがうちの子になるってよ」

「待ちなさいよ! まだ決まったわじゃないんだから!!」

「なんでだよ、いいじゃん」

「なになに? なんのお話? ミューちゃんがうちの子?」

「僕がミューデリア様に、マスターのお店を手伝ってくれないか頼んだのです」


 ルナリアは不思議そうにスフェーンを見ていた。


「スーくんが?」

「はい、最近はマスターひとりで依頼をこなしきるのは難しいと考えています。ですから、ミューデリア様にも本格的に手伝っていただけたらとお願いしたのです」


 それを聞いて、ルナリアの顔がパッと輝いた。


「え!? じゃあミューちゃんがうちのお店を手伝ってくれるの!? やったぁ!!」


 と、ルナリアは本当に跳び上がって喜んだ。


「ちょっと待ちなさいよ! まだ手伝うって決めたわけじゃないんだから!!」


 ルナリアが跳び上がるのをやめ、しょんぼりとしながら、


「ミューちゃん……手伝ってくれないの?」

「やめなさいよそんな顔! 手伝わないとも言ってないでしょ!」

「ミューちゃん、手伝ってくれない? 今ならちゃんとお給料だって出せるし、確かにわたしひとりじゃちょっと厳しくなってきてるんだ」


 ルナリアが真面目な口調で言った。


「……アタシとしては手伝ってあげたいわよ。今日だってそのつもりで来たしね」

「じゃあ!?」

「けど今すぐ確定ってわけにはいかないわ。お父様にも聞いてみないと」

「そっかぁ。そうだよね、ミューちゃんのとこもお店やってるわけだし、勝手にはできないよね」

「まあ期待しててくれていいわ。お父様もきっと許してくれると思うから」


 そう言いつつも、ミューデリアの目には闘志が漲っていた。

 何が何でも納得させる、そういった目であった。


「それにしても、スーくんがミューちゃんに頼んでくれたんだ?」

「はい、マスターが喜ぶと思ったので」

「うん、嬉しいよ。ありがとね、スーくん」


 スフェーンは、口の端を微かに持ち上げ、笑っていた。


「お? 笑ったな?」

「ほんとだ、スーくん笑ってる!」

「いえ、これは……」


 スフェーンは、今度は恥ずかしそうにした。


「いいんだよ、スーくん、嬉しい時は笑って」


 そんなスフェーンをミューデリアはじっと見ている。


「この子、ルナリアのお母様が作ったホムンクルスなのよね?」

「うん、そうだけど、どうして?」

「いえ、ホムンクルスにしては感情豊かだなって思って」

「そうだねー、スーくんがこんな風にお願いししたり、笑ったりは初めてかも?」

「そういや、俺が来た時よりスフェーンは自分から話をすることが増えた気がするなぁ」


 ミューデリアがスフェーンを見て難しそうな顔をしている。


「まあ、ホムンクルスだって成長するんでしょうね、たぶん」

「たぶんって?」

「個体差があるだろうし、そもそも現存するホムンクルスがこの国に何体いるのかって話よ。比べようがないわ」

「スーくんは成長してるの?」


 スフェーンはその質問には困ったようだった。


「すみませんマスター、僕にはまだわかりません」

「そっか、でもいいことだと思うよ! スーくんが笑って、いっぱいお喋りしてくれるようになったら、今よりずっと楽しくなると思う!」


 相変わらずルナリアは太陽のような笑みを浮かべる。


「わかりました。マスターがそう言うなら、そうなれるように努力してみようと思います」


 ***


 翌日には、ミューデリアがルナリアの店で働くことが決まっていた。

 お父様との話がどのように行われたかは、ミューデリアは話してはくれなかった。


 ともかく、こうしてルナリアの店はまた一際にぎやかになった。

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