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46.叫ぶ


 ヴェローズに戻って、毛生え薬の調合が成功するまで二日かかった。

 ルナリアとミューデリアが協力して作業をしている中、リクウは珍しくぶらぶらもせずに待っていた。


「できたぁーーーー!!」


 その言葉に、リクウは待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。


「よし、じゃあ俺が試そうか」

「え、本当に試すんですか?」


 とルナリア。


「難しい薬なんだろ? 俺が人柱になってやるよ」

「いいの? フサフサになっちゃうわよ? アンタのそれ、宗教的な何かで剃ってるんじゃないの?」

「そうだが、あれだ、錬金術の発展に貢献してやろうってんだ」

「ただハゲから開放されたいだけであろう。無駄じゃ無駄」

「やってみなきゃわかんねぇだろ!」


 ルナリアができた薬を小瓶に入れて、リクウへと手渡した。


「じゃあこれ、使ってみてください。確かに成功してるかは確認したいですし、リクウさんがいいなら」

「おお……!!」


 リクウは小瓶を受け取り、天へと掲げて感嘆の声をあげる。


「使い方ですけど、寝る前にその小瓶分を頭にすり込んでください。起きたらふさふさなはずです」

「起きたらふさふ……えっ?」

「毛生え薬ですから、もちろんふさふさになりますよ」

「いやそうじゃなく、起きたらって、生えるのを増進するとか、そういう薬ではないのか?」

「違いますよ、一晩でブワッっと生えます」

「なにそれこわ……」


 リクウはちょっと怯む。

 一晩で生えるとか、健康に悪いのではないか。自然の摂理に反するのではないかと不安になる。


「それはー、安全なんだよな?」

「安全なはずです。成功してれば」

「失敗してたら?」

「……わかりません」


 店の中に思い沈黙がたちこめた。


「なんじゃ? ビビってるのか? 錬金術の発展になんたらではなかったのか?」


 とルリが煽ってくる。


「ビビるかよこの俺が! いいぜやったらぁ!! 見とけよふさふさな俺をよ!!」

「たぶん大丈夫なはずよ、アタシが一緒にやったんだもの」


 ミューデリアは実に自信ありげだ。


「聞くが、これは髪の成長を早めたり、生やすための能力を回復するものではなく、強制的に発毛させる薬なんじゃな?」

「そうだけど、どうして?」

「いや、それなら可能性がなくはないかもしれんと思ってな」

「可能性もクソもあるかよ、俺は生やす! フサフサになってやる!」

「盛り上がってるところ悪いが、それでもあんまり期待しないほうがいいと思うがのう」

「元はと言えばお前のせいだろうが」

「知らんのう、妾と会った時にツルツルだった主が悪いのでは?」


 リクウが襲いかかり、ルリが飛んで逃げる。

 またいつもの下らない争いが始まる。



***


 夜。

 街は静まり返り、月も沈み、星あかりしかない時間。


 リクウは鏡の前で自分の姿を見ている。

 部屋の明かりは魔導ランプだけで頼りないが、鏡の中の自分の姿はよく見えた。


 つるっつるのピッカピカである。

 本当にもう、産毛の一本たりとも生えていない。

 美しいと言えば美しいかもしれないが、リクウはそれを望んではいない。


 光岳寺を出て、髪の毛を伸ばしてあわよくばモテモテに、などと考えていたのに、気づけばルリがいる限り永続的なハゲが約束されていた。

 ルリ曰く、ルリに憑かれて不老になっている恩恵の一部だと言うが、不老など望んじゃいないし、永続ハゲはどう考えても恩恵ではない。


 それも今日でおさらばだ。


 リクウは手に薬をたらして、頭に塗り込んでいく。

 薬に粘性はなく水のようで、頭に塗るとひんやりとする。

 リクウは繰り返し、繰り返し、丁寧に薬を塗り込む。


 そうして薬瓶は空になった。

 これでよし。


 最後の見納めとばかりに改めて鏡の中を見る。

 なかなかに男前じゃないか、とリクウはいい気になって笑う。


「なんじゃ、気色悪い」

「うぉああ!」


 リクウは飛び上がる。


「いるに決まってるじゃろうが、アホタレが。それで、薬は使ったんじゃな?」

「おうよ、これでこの頭ともおさらばよ」

「そんなにその頭が嫌なのか? 妾は似合ってると思うが」

「長い髪がもっと似合うかもしれないだろ」

「そうは思わんがのう」


 そうしてリクウたちは床についた。

 

***


 朝起きて、リクウは最速の動きで鏡の前に立った。

 

 鏡の中には、当然ながらリクウが映っている。

 いつものリクウだ。


 つるっつるのピカピカである。


 げっそりである。

 薬が失敗なのか、リクウには効かないのか、それすら確かめる気力がなかった。


 人は絶望から救われる可能性を見出し、それが実らなかった場合、決して当初の絶望には戻らない。

 救われる可能性があった分だけ、さらに深い絶望に落ちるのだ。


 リクウは部屋の外へは出ず、ベッドに戻り、そのまま不貞寝した。


***


 さらに翌日。

 気力はいくらか回復し、リクウはスフェーンの横で、店番のお供をしていた。

 なにも必要があってやっていることではない。


 出かける気力がなく、退屈しのぎにやっていることだ。

 ルナリアたちには、


「なーに、期待なんかしてなかったさ、ははっ」


 と言ったはいいが、思いっきり期待していたし笑う気分でもなかった。

 それ以外にも問題があった。

 薬が失敗作である可能性が出てしまったのだ。

 

 作り直しはできない。

 素材はあるだけ使ってしまい、もう一度やり直すとなるとまたリゼットの砂丘まで出かけなければならない。

 いくらなんでもそれはさすがに厳しく、そもそもリクウに効かないだけであって、失敗作ではない可能性もあるのだ。

 リクウが人柱になったことで、ややこしさがむしろ増していた。


 結局、依頼人には成功報酬で、といった形で薬を渡すことにした。


 リクウは店のカウンターで道行く人を見ている。

 どいつもこいつも髪がある。許せない。


 笑顔でルナリアの店に直進してくる男がいた。

 幸せそうな笑みを浮かべ、髪の毛もふさふさである。

 リクウは意識せずに舌打ちしてしまい、


「どうかしましたか?」


 とスフェーンに尋ねられてしまった。


「こんにちは、ルナリアさんいるかな?」


 ふさふさの男は客だった。


「どちら様でしょうか?」

「ミディランって言えばわかると思う」

「わかりました。マスターをお呼びしますので少々お待ち下さい」


 スフェーンがルナリアを呼んで戻ってきた。


「あっ、ミディランさん! すごい!!」


 ルナリアの声が店内に響く。


「見てくださいよこれ! ルナリアさんのおかげですよ!!」


 と、ミディランと呼ばれた男は頭部を指さしている。


「おいまさか、この客って……」

「そうです、毛生え薬の依頼人です」

「だって、俺は……ちょっとあんた、薬を使う前はどんな感じだったんだ?」

「どんな感じって、ツルツルですよ。ちょうどあなたみたいな」


 リクウは無言で立ち上がった。

 そのまま踵を返し、裏口へと向かう。


「ちょ、リクウさんどうしたんですか?」


 リクウはルナリアの声も意に介さずにあるき続け、裏口から裏庭へと出て、ドアをしっかり閉める。


 快晴だった。

 夏の特有の怖いくらい青い空。

 リクウはその空に向かって、叫ぶ。


「なんでだあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

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