45.魂震
「ねぇ、ほんとにこの、リクウさん……で大丈夫なの?」
ヴェローズを出る時に、ミューデリアがそう言っていたのをリクウは忘れない。
「大丈夫ですよ、リクウさんは銅級だけど強いんです!」
とルナリアがフォローしてくれたのも忘れない。
リクウは今、見張りをしている。
ルナリアとミューデリアの、である。
初めての砂丘は、見ごたえのある光景だった。
一面の黄色い地面に青空の二色だけがその世界だった。
遮るものがない分日差しは熱く感じ、さすがのリクウも頭に布を巻いていた。
そうして遠巻きにルナリアとミューデリアを見張っているのだ。
二人はサボテンを見つけては近づいて調べを繰り返している。
リクウは小高い丘の上だ。
この砂丘がどれくらい危険かと言えば難しいところで、砂しかないこの場は生物の生息にあまり適さず、魔物はほとんど現れない。
ほとんど、というところがミソで、一種類だけ危険な魔物がいるらしい。
なんとか、かんとか、デスワーム。長い名前だったのでうろ覚えだった。
なんでも地中を移動して生物に襲いかかるらしい。
だから、リクウは一定距離をあけて警戒していた。
ルナリアとミューデリアから付かず離れずを維持し、主に耳を済ませて警戒に当たっていた。
地中を移動するならば、何かしらの音が聞こえるだろうという判断からだ。
「しかし、いい眺めじゃのう、ここは」
ルリが砂丘全体を見ながら言う。
「そうだなぁ、真都揶にはこんなところないものなぁ」
見える範囲は、どこまでも砂で覆われていた。
砂、砂、砂、それ以外は何も無く、遠い果てには海が見えた。
地面が黄色一色な分空の青が余計に目立つ。
雲ひとつない青空は、普段よりもずっと青く見える。
空はどこまでも続き、その果ては見えない。
この空も真都揶まで繋がっているのかな、と思うとリクウは不思議な気分になった。
「ぬおっ、なんじゃこやつは! リクウ見てみろ! 変なのがおるぞ!」
見ると、ルリが虫のようなものを示している。
「なんだなんだ? うわきっしょ」
手のひらくらいの、割と大きな虫だった。
その姿はザリガニに似ているが、大きく異なる点があった。
それは、尻尾があり、その先には棘がある。
「これ絶対毒あるやつだろ……」
尻尾の棘は蜂を彷彿とさせる。
この尻尾を相手に撃ち込んでのみで攻撃、とはなかなか思えず、そう考えると毒があるのではとリクウは考えた。
「くらえ! このきしょ虫め!!」
とルリが砂を蹴りあげて虫を攻撃する。
虫は両のハサミを持ち上げてルリを威嚇しているようだ。
違和感。
砂を蹴り上げる音以外に、何かが聞こえる。
「ルリ、静かにしろ」
「なんじゃ? これから妾がコイツを成敗しようという時に」
音で判断すべき、と考えていたが、そんな必要はなかった。
地面が浅くではあるが盛り上がっていたからだ。
その盛り上がりは、ルナリアとミューデリアがいる方へと進んでいた。
不味い。
リクウは走った。
「逃げるなリクウ! こんなヤツ妾が、あーもうっ!!」
とルリも飛んで着いてくる。
砂場で思い通りに進めない。
足を取られるほど砂が柔らかく深いわけでもないのだが、素早く移動するには足かせであった。
それでもリクウは人間とは思えない速度で駆ける。
ミューデリアだけが近づいてくるリクウに気付いていたが、リクウは速度を緩めることなく走り続ける。
地面の盛り上がりを抜き、ミューデリアが何かを叫んだのも耳にはいらず、二人の元まで近づき、そのまま二人の腹に手を当てて、物を運ぶように二人を抱えて走った。
二人の悲鳴が聞こえる。
距離を離したのを認識して、二人を投げ捨てた。
リクウは身を返すと、それは地面から顔を出していた。
砂地から、柱のようなものが飛び出していた。
露出している部分だけで見ても、高さも太さもリクウの二倍はある。
蛇、というよりは巨大なイモムシに似ているが、その頭部は口しかないような奇妙な構造で、口周りには見るからに凶悪な牙が生えていた。
足場が悪い。
七光宗の武僧には、デカブツ妖異に対する必殺がある。
名を”魂震”という。
大層な名前をしているが、要するに力と霊力を完全に合致させた体当たりだ。
それを行うには、この砂丘の足場の悪さが問題だった。
どれだけ強大な妖異なのかわからない以上、全力の一撃を叩き込むのが最善だ。
完全な魂震を決めるには、三歩は欲しい。
真っ当な地面であれば、それで完全な力が得られる。
しかしここでは、全力を込めた踏み込みが二歩目にうまく伝わらないのだ。
一、二、三で力を大きくしていくはずが、ここでは力が累積させにくい。
それでも突っ込んだ。
後ろにかばうべき二人がいる以上、即沈める以外に選択肢はない。
巨大なイモムシが動こうとするが、その時にはもうリクウの射程内だった。
密接距離になったところで体を回し、右足で強く踏み込んだ。
一。
その一歩に込められる全ての力を込め、荒れ狂う力を肩口へと流し、そこに持てる霊力を合算させ、肩から妖異へとブチ当たった。
露出していた部分が、すっ飛ぶような速度で地面へと激突し、それきり動かなくなった。
通った。
感触でわかる。
一歩ではあったが、十分な力が練れた。
その荒れ狂う力は、イモムシの身体に完全に浸透した。
地面にめり込む衝撃はもはや関係なく、リクウの体が当たった瞬間にはもう絶命していたはずだ。
緊張はしたが、どうやら大きいだけであまり妖異といえるほどのものではなかったのかもしれない。
「ちょ、ちょっと、アンタ何したのよ!?」
腰を抜かしていたミューデリアが驚きの声を上げる。
「魂震、七光宗の必殺技のひとつだ」
「倒したの?」
「俺の魂震がまともに入って生きていたやつはいないね」
ミューデリアは驚愕の瞳でリクウを見ている。
ミューデリアの隣にいたルナリアはのんびりした調子で立ち上がり、ズボンについた砂を振り払った。
そうしてミューデリアに向かってとびきりの笑顔を見せる。
「ね? だから言ったでしょ? リクウさんは強いんだって!」




