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44.酒宴


 リゼットまでは歩きで半日近くかかる。

 そうなると日帰りというわけには行かず、リゼットに最低一日は泊まるのが無難だ。


 リクウたちは、二日で日程を組んだ。

 一日目はリゼットまでの移動とちょっとした観光。

 二日目は砂丘で採取しての帰宅となっている。


 今リクウは宿にいる。

 リゼットに着いてから少しばかりの観光を楽しみ、宿泊先の宿で一風変わった料理を楽しみ、もちろん酒も楽しんで、今リクウは何をしているかと言えば正座している。


 修行や精神統一をしているわけではない。それは違う。

 正座させられているのだ。

 ルナリアに。


 別段悪いことをしたわけではない。

 ルナリアに酒をたらふく飲ませただけである。

 行為の良し悪しはともかく、それがこの結果に繋がったのは間違いない。


 最初は「無理ですよぉーもぉー」と笑っていたルナリアだったが、時間の経過と共に次第に無口になり、突然リクウに向かって、


「リクウしゃん!! ちょっとそこに座りなさい!!」


 と高らかに叫んだのだ。

 リクウも初めは拒否していたのだが、ルナリアは強硬で目がすわっていた。

 こうなってしまっては逆らうのは無駄で、こういう事も楽しむのが酒飲みの嗜みだというのがリクウの持論だった。


 リゼットのそう広くもない宿屋での食堂で、リクウは正座させられている。

 他に客がいないのだけが救いだった。


 ルナリアは酔っ払って真っ赤になった顔でリクウを睨めつけている。

 ミューデリアはと言えば、これまた酔いに酔ってルナリアに抱きついている。

 ルナリアは意に介さず、リクウに向かって言う。


「だいたいリクウさんはいつもいつもお酒を飲み過ぎなんですよ! こっちの国じゃお坊さんはお酒は飲んじゃだめなんですよ! それにお酒の飲み過ぎは身体に悪いんですよ!」

「いや酒は……」

「口答えしないのっ!!」

「はい、すいません……」


 とリクウは縮こまる。

 ルリが面白がってルナリアに酒が入ったコップを渡す。

 ルナリアは「ルリちゃんありがと」と言って男顔負けの勢いであおる。


「それにですねぇ、リクウさんは冒険者でぇ、まだ銅級ブロンズじゃないですかぁ! それについてはどう思いますか!!」

「いやー資格とやらは、ノリとあると便利そうだからで取っただけで、あんま興味はねぇなぁ」

「はいっ! だめです!! 0点!!」


 とルナリアはリクウにビシッと指さす。

 しがみついたミューデリアは「ルナリアしゅきぃー」と蕩けた顔で言っているのだがルナリアは全く相手にしていない。


「人間はっ! いつだって向上心を持たなきゃなりません! あっルリちゃんありがと」


 またグビリと一杯。


「あのよー、酒の飲み過ぎは身体に悪いんじゃなかったのか?」

「それとこれとは話が別ですっ!!」


 いやあ一緒だろう、とリクウは思うが口には出さない。

 酔い潰れるまで待つか、それとも話をちゃんと聞いていれば開放してもらえるのかはわからないが、そう長くは続かないだろう。


「リクウさんは強いんですからっ! それ相応の証を持ってなきゃいけません!! わかりましたか!!」

「はあ」


 とリクウは生返事。

 ルリが三杯目を持っていこうとしてルナリアに近づくと、


「ルリちゃん! ルリちゃんもちょっとそこになおりなさい!!」

「えっ、妾もか!?」

「おらっ、妾お呼びだぞ」


 リクウはめっちゃいい顔でルリに笑いかける。


「いやぁ、妾は何も言われるようなことなど……」

「いいから座りなさいっ!!」

「は、はあ……」


 とルリも渋々リクウの隣に座る。

 ルリ持ちっぱなしだったコップをどうするか迷っていたようなので、リクウはそれをとって飲んでやった。ああ美味い。


「ルリちゃん! あなたは自分の問題点がわかりますか!!」

「わ、妾がかわいすぎるところかの?」

「惜しいっ! 違います! リクウさんにくっつきすぎてるところです!!」

「なにが惜しいんだ?」

「そこ! 黙りなさい!!」


 リクウはしゅんとなる。


「ルリちゃんは寝ても冷めてもリクウさんにくっつきすぎです!! 子供はいつの日か親元を離れなければなりません!!」

「いや、リクウは別に妾の親ではないし、リクウは妾の媒介になってる故あんまり離れては……」

「言い訳しないのっ!! ルリちゃんだっていつか大人になって!」

「妾はも……」


 ルリは何かを言おうとするがルナリアは聞いちゃいない。


「それにいずれは結婚だって!!」


 と言ってから、ルナリアは真っ赤な顔で不思議そうにする。


「ルリちゃん、結婚するの?」


 とルナリアがルリを見て涙目になる。

 リクウはいよいよやべーなとは思うのだが、どうすればルナリアを制御できるのか検討もつかない。


 ルナリアがミューデリアを引きずりながら近づいて来て、ルリに何をするのかと思えば、急に抱きついて泣き出し始めた。


「ルリちゃんいやだよぉーー!! お嫁にいっちゃいやぁーーーーーー!!」


 ルリが果てしなく困惑している。

 リクウはこんなに困ったルリを見たのは始めてかもしれない。

 よくわからんが愉快だ。


「やだぁーーーー!! 置いてかないでよぉーーーー」


 ルリがしかたなく、といった感じでルナリアの頭を撫で始める。

 もう立っても平気だと思い、リクウは立ち上がって酒を取りに行く。


 ルリにルナリアが抱きついて泣き、そのルナリアにはミューデリアが抱きついてしゅきしゅき言っている。


 そんな奇妙な光景を眺めながらリクウはコップを傾ける。

 どうやら完全に開放され、ターゲットはルリに移ったらしい。

 ルリの尊い犠牲に乾杯だ。


***


 翌日、朝食で集まった時だった。

 食卓につくと、ミューデリアが、


「頭いったぁ……」


 と辛そうに眉を歪めていた。

 

 一番ハッスルしていたルナリアはというと、


「ミューちゃん大丈夫?」


 と心配そうにミューデリアを覗き込み、当人は平気な顔をしている。


「あのー、ルナリアさん。昨日の夜のこと、覚えてます?」


 リクウが聞くと、


「覚えてますよ、みんなでお酒を飲みましたよね!」


 と元気よく答える。

 あんなことをしておいてよくそんなに堂々としていられるな、とリクウは思ったが、


「自分が何したかとか覚えてます?」

「えーと、細かいことは覚えてませんけど、なんだかみんなで楽しんだって記憶はありますよ!」


 覚えてないじゃん。とは口に出さない。

 そう言って抜群の笑顔を見せるルナリアに、細かいことを言うのはやめようと思った。


 ただ、リクウはひとつだけ誓いを作った。


 もうルナリアに飲ませすぎるのはやめよう、と。

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