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39.麗しき


「ルリ出かけるぞ」

「ふん! 一体どこへ出かけるつもりじゃ!」


 昨日から、ルリは露骨に不機嫌であった。

 四六時中側にいる以上、こう不機嫌だとリクウとて気が滅入ってしまう。

 それに、いずれ服を買ってやるという約束を果たさぬつもりはないのだ。

 面倒で後回しにしていたが、ルリがそこまで気にしているとは思いもしなかったのだ。


「服屋だよ、約束してたろ」

「と言いつつ、また飲みに行くわけではあるまいな?」


 ルリは不審の眼差しを向けている。


「如尊に誓うさ、ルナリアから店も聞いてるんだ」

「そういうことなら、付き合ってやらんでもない」


 お前の服を注文しに行くんだが、という野暮な突っ込みはしない。

 ここで機嫌を損ねてはまた面倒だ。


「じゃあ行くぞ、早速」


 思い立ったが早いがリクウはルナリアの家を出た。

 ルリは渋々といった風を装ってついてくるが、歩調が弾んでいる。


「ルナリアから聞いた店とは、どんな店じゃ?」

「なんでも、おーだーめいどっていう、注文した服を作ってくれる店らしい」

「ほう、それで妾にぴったりの服を作るというわけだな?」

「そういうことだよ」


 ルリはむふふと笑い、


「苦しゅうない! 苦しゅうないぞ! 初めからからそうしてればいいのじゃ!」

「はいはいすいませんでしたね」

 

 ルリの機嫌は途端に良くなる。

 現金なやつだ、と思うが口には出さないでおく。

 大通りではなく、ルナリアの店から続く小道を歩いた。

 街の南西部には服や装飾品の工房が連なる箇所があり、リクウが目指しているのはそこだった。


 歩いていると、薄っすらと汗ばんでくる。

 夏の日差しがリクウとルリを照らしていた。

 

 暑いといえば暑いのだが、真都揶の夏に比べるとかなり楽だ。

 真都揶の夏はじっとりとした、湿気の多い夏だが、浪西涯の夏はカラっとしていて、気温も真都揶ほどは高くない。

 リクウのいた山の上と比べるとさすがに暑いが、それでも不快感を覚えるほどではなかった。


 日中の職人通りは閑散としていた。

 まばらに人がいる程度で、市場のような雰囲気はまったくない。

 

 歩きながら店を見ても呼び込みなどはなく、中で職人が黙々と仕事をしているようだった。


 リクウは目的の店を探しにかかる。

 その特徴は、派手な店だという。

 

 そんなおおざっぱな、とリクウは思ったが、ルナリアは絶対にわかりますと自信満々だった。

 服屋と派手な店の二つを満たすのは、ラノールの店以外にないという。


 リクウは先を見ながら歩き、遠目からでもその店はわかった。

 明らかにケバケバしい店が職人通りの一画に見受けられた。

 紫に黄色に赤に桃色にと、目立つ以外何も考えていないような店が嫌でも目に入ってくる。


 服飾というのは美的感覚を求められる仕事なはずで、こんな店の職人はヤバいのではないかとリクウは不安になる。


「どうやら、あれらしい」


 リクウは自信なさげにケバケバしい店を指さす。


「なんじゃ、あれは…… 本当に大丈夫なのか?」


 とルリはリクウの内心を代弁してくれた。


「ルナリアのおすすめだからなぁ、とりあえず入ってみるか」


 ケバケバしい店の看板には、たしかにラノールの店、と書いてあった。

 中に入ると、店部分は想像よりもずっと狭かった。

 木で作られた人型に服を着せた見本がいくつか置いてあるだけで、他には何もない。


 ただ、置いてある服は曲者揃いだった。

 皮製の黒光りした上着には、なぜか肩から金属製の棘が出ていた。

 服といっていいのか、女性用のものは金属製の胸当てに股間当てだけの、いかがわしい目的にしか使わなそうな怪しい代物。

 他にも実用性がとてもあるとは思えない奇妙な服が並んでいた。


 奥のカウンターには、人がいない。


「すいませーーーーーん!!」


 リクウが声を出すと、カウンターの奥の扉が開いた。


「あら! いい男!!」


 濃い青ひげの、いかつい中年の男だった。


「っといけない、何かご用かしら?」

「ここなら、おーだーめいどで服を作ってくれるって聞いたんだが」

「作るわよー、どんな服でも」


 といいながら、男はリクウの服装を睨めまわした。


「マトーニャの人かしら? もしかして」


 ひと目で見抜かれ、リクウは顔には出さずに驚いた。

 ルナリアが言っていた通り、腕はいいのかもしれない。


「よくわかったな」

「そんな服を着てればね。マトーニャの服を作って欲しいってことかしら?」

「そうだ。ただ作ってもらいたいのは俺じゃなくこっちだが」


 とリクウはルリを示す。


「あらあらあらあら、なんて可愛いんでしょう!! この子の服を作らせてもらえるの!?」

「光栄に思うがいいぞ!」


 とルリは胸を張っている。

 ルリは男の見た目には少しも怯まないらしい。


「いいじゃないいいじゃない、光栄に思っちゃうわ。それで、どんな服をご希望かしら?」


 考えてもいなかった。

 リクウはルリへと目を泳がせる。


「ルリは、どんな服がいいんだ?」

「真都揶っぽい服じゃ!」


 やはりそれか、と思う。


「ずいぶんと漠然としてるわねぇ。もっと具体的な注文はないの?」


 リクウは服の事などわからず、ルリもおそらくわからないだろう。

 さてどうするかと考えているところで、男もリクウたちが門外漢なのを理解したのか、


「じゃあ、あたしの好きに作らせてくれない? その代わりお値段はいくらか割り引くわ」

「どうする? ルリ」


 ルリは考えているようであった。

 眉間にシワが寄っている。


「あなたならどんな服でも似合うと思うけど、あたしがとびきりのやつを作ってあげるわ。ね?」


 リクウは博打の気配を感じていた。

 ルナリアが勧めるからには信じたいが、展示品や店の外装を見るにヤバい気もする。

 着物ではなく僧服を見てリクウたちが真都揶の人間だと見抜いたあたり、基礎ができていない職人というわけではなさそうだが、それ以外に腕を推測できるものはなにもない。


「頼もう、とびきりのやつを作ってくれ」

「まいど!」

 

 と男はその顔に似合わぬ笑顔を浮かべた。


「あ、お値段は1ボンドくらいになると思うけど大丈夫かしら?」


 リクウは頭の中で計算する。だいたい金貨一枚か。

 高額ではあるが、ヴェローズの偶然からの蓄えでそれほど問題ある金額でもない。


「大丈夫だ、それで頼んだ」

「まっかせて、とびきりのヤツを作ってあげるわ!!」



***



 ルナリアの店を告げたら、男は場所がわかるようであった。

 ルリの身体の尺を取り、出来上がり次第届けると言われ、その日は帰ることになった。


 翌日には、


「まだかのう」


 とルリが頬杖をついて呆けた顔をしていた。


 その翌日にも、


「まだかのう?」

「一週間くらいかかるって言ってただろ」


 さらにその翌日にも、


「まだかのう?」


 その頃には、リクウも無視していた。

 それから一週間が経って、ちょうどリクウとルリがルナリアの店の一階でだべっている時であった。

 ようやく男が姿を現した。


「ラノールさん! こんにちは!」


 とルナリアが元気な挨拶をしていた。


「あらルナリアちゃん、また美人になって」


 とラノールはふふふ、と似合わぬ笑いをこぼしていた。


「マトーニャのお兄さんもお嬢ちゃんもちょうどいるみたいね。よかった。これが注文の品よ」


 カウンターからラノールが品を渡してきた。

 布で包んであり、中からは着物のようなものが出てきた。

 黒を貴重にして、金の筋が幾重にも入ったものだった。

 

 ような、というのがミソだ。

 よく見ると袖が短めだし、袖口には下がなく、袂に物を入れられるようにはできていない。

 おまけに袴下も短く、その左右には大きな裂け目が作られていた。

 足が露出するように切れ目を入れた服をリクウは見たことがあるが、それは北出門ペーデムンのものだ。

 ラノールは絶対に真都揶と北出門がごっちゃになっていると思う。


「ほお、これはなかなか良さそうではないか! 着てみてもいいのか?」

「もちろん、サイズは合ってると思うけど、そういう意味でも着てみてほしいわ」


 ルリは、なんと、その場で小坊主用の白服を脱いだ。

 すっぽんぽんである。


 新しい服を渡すとすぐに着はじめる。

 この服には帯という概念もないらしく、腰の左右に紐があり、それで衿を閉じるらしい。


 着終わったルリは、


「どうじゃ!!」


 と腰に手を当て胸を張った。


「あらあらかわいい!! マトーニャのお姫様みたい!!」

「ルリちゃんかわいーー!! すごく似合ってるよ!!」


 ラノールとルナリアは大興奮だった。

 それから、ラノールと、ルナリアと、ルリの視線がリクウに集まった。


「リクウさんはどう思います?」


 ルナリアが聞く。


 ミューデリアが服を持ってきたときと同じだ。

 リクウは、思った通りのことしか言わない。

 だから、今回も思ったことを言った。


「かわいいと思うよ、かなり」


 ルリが下を向き、そこからぬふふふふ、という不気味な笑い声が漏れる。


「そうじゃろうそうじゃろう! 妾はかわいいんじゃ! ぬはははは!!」

 

 言いながらリクウのケツをばんばん叩いてくる。


 なんにせよ、機嫌が良くなってくれたのは幸いだ。


 それに、とルリを見て思う。

 普段近くにいる者が見目麗しいというのも、いいことだ。


 それからしばらくルリは、機嫌が悪かった反動なのか、有頂天であった。

 

 付き合わされるリクウとしては、幾分疲れることにもなったが、悪い気分ではなかった。

 


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