38.乙女心
ある日の午後だった。
「ミューちゃんさ、実は結構暇なの?」
リクウは大きな鞄を持ってきたミューデリアを、冷ややかな目で見ている。
今度はいったいなんだろう。
「ミューちゃんって呼ぶな! 女の子が重そうにしてるんだから持ってあげるくらいないの? マトーニャ人は」
「いや、うちに来たのか通りがかりなのかを考えてた」
「来たに決まってるでしょ! 持ってきたこれ、アンタのためなんだから」
「俺のため?」
リクウは仕方なくミューデリアの鞄を取り上げた。
思っていたほどは重くない。
あれからミューデリアは、なにかにつけてルナリアの家を訪れていた。
ルナリアの手も最近は空いている場合も多く、そういう時は一緒にのどかに過ごしていたりもする。
ミューデリアが家に入ると、
「あ! ミューちゃん! 今日も来てくれたんだ!」
ルナリアが満面の笑みで迎えた。
ルナリアはリクウの持っている鞄を見て、
「その鞄? なんですか?」
「ミューちゃんの持ち物だよ、なんでも俺のためらしい」
「リクウさんのため?」
リクウにとっては検討もつかなかった。
感触から酒じゃないのはわかる。
軽さからすれば布類に思えるが、リクウのためになる布類となるとやはり想像がつかない。
「上で開けましょ、ほら運んで」
リクウはしゃあねぇ、というツラをして鞄を持って階段を登る。
「スーくん! ちょっと店番お願い! 二階にいるから何かあったら呼んでね」
「わかりました、マスター」
とスフェーンが抑揚のない声で言う。
「なんじゃ、ミューデリアか」
二階にいたルリが、ミューデリアを見て言う。
「やっほールリちゃん。今日はルリちゃんにいいものを持ってきたわよ」
「ほう? なんじゃなんじゃ?」
「おい待て」
リクウは鞄を置いた。
「なに?」
「俺にとっていいものじゃないのか?」
「ルリちゃんはアンタの使い魔なんだからアンタにとってもいいものでしょ?」
「ふぁみ……何?」
「とにかく、それを開けてみて」
リクウは居間の広いスペースで鞄を開けた。
すると、中には色とりどりの衣装が詰め込まれていた。
「ほう! もしや妾の服か!?」
とルリは目を輝かせている。
「そうそう、アタシのお下がりだけどね」
ほう、ほう、と頷きながらルリは鞄の中身を検分している。
「わー! かわいーーーー!」
とルナリアまで鞄の中に夢中だ。
「ルリちゃんいつも同じ服来てるし、喜ぶと思って」
「ありがたいのう、どっかの誰かは買うてくれるといいつつ未だに買ってはくれん」
「明日にでも行くつもりだったんだよ」
「一昨日も似たようなことを言ってたじゃろうが」
とルリの射抜くような眼差しを浴びてリクウは顔を逸した。
「アンタもいつも同じ服装だけど、なんなのそれは?」
「僧服だよ。光岳寺の武僧の正装だ」
「その服しか見たことないけど、まさか洗ってないとかないでしょうね?」
「んなはずないだろ、ちゃんと洗ってる。同じ服を五着持ってんだよ」
「なんでそんな自慢げなのよ、マトーニャ人の感性はわからないわ」
「妾のこれも、リクウは同じのを三着持ってきておる。真都揶の感性ではなくあやつの感性じゃ」
ミューデリアの軽蔑するような視線。
リクウとしては、同じ服を着るのは効率がいいとしか思えないので、その視線は納得できないものがある。
が、女には女なりの考え方がある、というのもリクウは理解していたので野暮なことを言わなかった。
「さ、アンタは早く下に行って」
ミューデリアが言った。
沈黙が二階の居間を満たしていた。
「なんでここで無視するのよ?」
「え? 俺?」
「アンタに決まってるでしょ! 他に誰がいるのよ!」
「いや、てっきり俺はルナリアに店番にもどれって話かと」
「そんなはずないでしょ! 女の子が着替えるんだから席を外す!」
「へーへーわかりましたよ」
ルリとは一緒に寝るし一緒に風呂にも入る。
今更着替えもなにもないと思うのだが、面倒なことになりそうな気もしたので大人しく従った。
階下に降りて、店番をしているスフェーンの隣に座る。
「なあスフェーン、ミューちゃんが来たのはあれから何度目だっけ?」
「六度目と記憶しています。二日に一回以上のペースで来ていますね」
「それについてスフェーンはどう思う?」
「マスターが嬉しそうなので、良いことかと思います」
「そっかぁ……」
二階からはきゃぴきゃぴとした声が聞こえている。
ややあって、二階からルリが降りてきた。
衣装がまるで違う。
薄い黄色を基調にした浪西涯風の服で、ミューデリアのよく着ている服をそのまま小さくしたようであった。
「どうじゃ!?」
とルリがポーズをとる。
「んー、ミューちゃんをちっちゃくしたみたいな感じだなぁ」
リクウは思ったままの事を口にした。
「他にないかなにのか?」
「うーん、黄色は違うんじゃないか?」
ルリは不満を顕にし、
「待っておれ、変えてくる」
と再び二階へと上がった。
それからルリは、代わる代わる衣装を変えては降りてきた。
どれも可愛らしいが、どこか違う。それがリクウの印象だった。
リクウはお世辞は言わず、思ったことを伝えた。
そのたびにルリは面白くなさそうに上へと上がっていく。
「リクウ様、なにがご不満ですか? 僕にはルリ様は非常に美しいように見えますが」
「いやー、単に俺の趣味の問題かもしれんがな」
最後に着てきたのは、一風変わった服であった。
大きめの丸い帽子に、紫と白のふわふわとした服。
たぶん冬用で、今の季節に着る服ではないように見えた。
「今度こそどうじゃ!?」
「んー今までの中じゃあ一番いいんじゃないか?」
「そうじゃろうそうじゃろう! リクウもようやく妾の魅力がわかったか!」
「でもなぁ、ルリはやっぱり真都揶の着物が似合うと思うんだよな」
何が引っかかっていたのか、リクウは自分でも今気づいた。
ルリの墨を流したような美しい黒髪には、やはり真都揶のものが合う。
それがどうにも納得いかなかった理由だったのだろう。
「ふむ……」
とルリは考えるような間をおき、今度は不満そうな顔はせず、静かに上へと上がっていった。
リクウにはその反応がよくわからない。納得してくれたのだろうか。
次に降りてきたのはルリではなくミューデリアだった。
「アタシそろそろ帰るから、アンタはもっと乙女心ってやつを理解しなさいよね!!」
リクウは、いい加減気になっていたことを言っておこうと思った。
「ミューちゃんさ、ルナリアに会いたいだけなら、わざわざ毎回理由をつけてこなくていいんだぞ?」
ミューデリアの反応は劇的だった。
「はぁ!? 何言ってるのアンタ! アタシは用事があって来ただけで、ルナリアに会いに来たわけじゃないんだから!!」
ルナリアは何か言いたそうなイライラした態度を隠しもせず、しかし結局は何も言わずに、
「帰る!!」
とだけ言って去っていった。
取り残されたリクウとスフェーンは、店のカウンターから平和な通りの光景を眺めていた。
「スフェーン」
リクウは言う。
「乙女心って、わかるか?」
スフェーンは言う。
「わかりません」
リクウは深いため息をついた。
「だよなぁ、俺にもわからん」




