37.能ある鷹
ギルドにとっては迷惑な話であるが、ギルドではロビーが一番広い。
そこに、人垣ができていた。
二人の男を、冒険者たちが遠巻きに囲んでいた。
一人はロレントだ。
四十も近い、冴えない男で、ゆるく木剣を構えている。
もう一人はギリー。
三白眼の赤髪で、雄々しい目つきはいかにも冒険者だ。
木剣を構えてロレントと対峙している。
リクウとルリは、人垣の最前列でその様を見ていた。
「のうリクウよ、主のせいで大変な騒ぎになっとるではないか」
「んー、まあいいんじゃないの?」
「無責任な、そもそもあのロレントという男は本当に勝てるのか?」
「そりゃあ勝つでしょ。あいつな程度なら楽勝さ」
ルリは納得行かぬように口をへの字に曲げている。
「しかし、ロレントという男は最古参の人間だと言ったな? それなら強さが知られてないないのはおかしくないか?」
「おかしくないだろ」
「なぜじゃ?」
ルリはこういう事には疎いらしい。
「人によるけど、武人にゃあ二つの種類がある。一つは自分の力を思い切りひけらかすやつ。こういうやつは目立つし、出世もし易いと聞く」
「ふむ、それでもう一つは?」
「もうひとつは、自分の力を隠すやつさ。戦いになっても、相手を倒すのに必要な力だけで倒す。俺もどちらかと言えばこっちなんだがーーーー」
「そういうカッコつけはいらん。それの利点はなんじゃ?」
「見られても問題ないってとこさ。こういう場所では特にそうだ。今あのロレントさんは俺等含めて何十の冒険者に見られてるよな? 戦えば、手の内を知られることになる。本当の武人ってなぁ手の内を隠すもんだ。人生いつ誰と戦うことになるかわからんからな」
ルリはリクウの言葉を噛み砕いているような間を開けたあと、
「わからんでもない。けど圧倒的な力を見せれば挑んでくるやつも減るし、評価もされるしいい事ずくめでは?」
「それはそうだが、そういう場合は挑んでくるやつが対策をして、勝てる確信を持って来るってのもある。ひけらかすやつに正体不明の怖さはないってことさ。まあ一長一短だ。あっ、すいません! 俺もロレントさんに銀貨五枚で!」
とリクウは賭金を募っている男に銀貨を渡し、賭けの証明になる紙切れを受け取った。
「主よ、七光宗は賭け事も禁じておらんのか?」
「おらんよ。それにこれは応援みたいなもんだ」
「ほんに生臭坊主じゃな」
賭けが締め切られ、ようやく戦いが始まるらしい。
しかし、とリクウは不思議に思う。
相手のギリーという男は、力量の差を本当に理解していないのだろうか。
自信満々に木剣を構え、目に恐怖はない。
団長候補というからにはそれなりの実力者だと思うのだが、その片鱗を感じられるものはなかった。
対してロレントは緩く構えて誘っていた。
一見隙だらけに見えるが、それに食いつけば手痛い反撃を受けることになる。
ギリーという男もそれはわかっているようで、木剣を構えてジリジリと距離を詰めている。
お互いの剣先がぶつかりそうになった瞬間だった。
ギリーの木剣が手から離れ、天井にぶつかってから地面に落ち、鈍い音を立てた。
「お見事」
リクウはつぶやく。
ほとんどの人間が見えていなかったはずだ。
剣先がぶつかりそうになった瞬間に、ロレントの剣先がギリーの木剣を右回りに巻き上げ、その手から奪ったのだ。
遅れてざわめきが人垣に広がった。
ギリーは納得が行かぬと、その後二度も挑んだが、勝負になりもしなかった。
結果として、リクウの銀貨五枚は、銀貨十四枚へと化けた。
***
別の日の夜だった。
リクウとルリは再び冒険者ギルドに来ていた。
無論、依頼を受けるためではなく、飲みに来ている。
酒場はそれなりの賑わいを見せていた。
リクウはただ飲むだけではなく、それ以外の目的もあった。
その後の経緯を知りたかったのだ。
騒ぎの原因になった以上、事の顛末くらいは知っておきたかったのだ。
酒場のテーブルを遠目に見ていくと、ロレントらしき姿は見つかった。
リクウはロレントに近づき声をかける。
「ロレントさん、調子はどうですか?」
「ああ、キミか」
ロレントはリクウを見て軽いため息をついた。
ロレントの了解も取らずにルリが対面に座り、リクウもそれに続いた。
「なんじゃ、疲れた顔をしとるの」
「そう見えるかい? まあそれはリクウくんのせいだよ」
ロレントは自嘲気味に笑った。
「今のロゴスの牙の団長は誰だと思う?」
「そういうからには、主なのか?」
「そうだよ」
「なんだ、そりゃあめでたいことじゃないですか」
「ガラじゃないんだよ、僕に団長なんて」
「それだけ実力があれば、いずれ日の目は見ましたよ」
「じゃあキミもそうなるのかな?」
「俺? 俺はそこそこですよ」
「それだと僕はそこそこ以下なはずなんだがね」
自嘲の笑みの中に、不敵さが混じっていた。
「まあ奢りますよ、ロレントさんには儲けさしてもらいましたし」
リクウは給仕を呼んで酒を注文した。
「あれ! リクウさんじゃないですか!」
とテーブルに近づいて来たのは、リュークと呼ばれていた青年だった。
「聞いてくださいよ! なんとロレントさんが団長になったんスよ!」
「それは今聞いたよ」
「ロレントさんは若手にも優しかったし、ぴったりだと思ってたんスよ僕は!!」
とリュークは興奮しているようだった。
「ほら、喜んでくれるやつだっているじゃないですか」
とリクウ。
それでもロレントは曖昧な笑みを返すだけだった。
酒が運ばれてくる。
音頭はリクウがとった。
「それでは! ロレントさんの団長就任を祝いまして!」
飲んでいる間にいつの間にか人が増える。
先日と同じように、机が繋げられていく。




