35.仲直り
リクウがルナリアの家に戻ると、ちょうどルナリアは調合を一段落させたところらしかった。
「あれ? リクウさん、そのお酒どうしたんですか?」
「ん? これは、まあ、そのだな、うん。ところでちょっと話いいか?」
「話、ですか?」
「ああ、割と真面目な」
「いいですけど」
ルナリアは手近にあった椅子に、リクウは机に腰をかける形になった。
ルリはあまり興味がないのか、ふよふよと二階へ上がっていった。
「ポーションの値段の話なんだがな」
ルナリアはリクウが持っている酒に鋭い視線を走らせた。
「ミューちゃんに何か言われたんですか?」
秒でバレた。
「いや、あのだな、」
リクウは何か言い訳を考えようとし、考え、考え、何も出てこなかった。
「その通りだ。話してくれと頼まれた」
「変えませんよ。だって、高くしたら買えなくなっちゃう人が出るじゃないですか」
ルナリアはいかにも不満そうだった。
「ミューちゃんからはちゃんと話を聞いたのか?」
「いえ、上げろってだけ。途中からミューちゃん怒り出しちゃって」
「そこを俺がちゃんと話そうってわけだ。何もミューちゃんだって意味なく上げろって言ってるわけじゃない。話、聞いてくれるな?」
ルナリアは僅かな逡巡を見せたが、
「は、はい」
「よし。なんで上げるかって言えば、安すぎるからだ。ルナリアは格安で提供してる自覚があるな?」
「あります」
「それが良くない」
「どうしてですか? みんな喜んでくれてますよ!」
「そりゃあそうだろう。いいものが安く買えれば誰だって嬉しい。けどな、そのせいで残念な思いをしてる人も出てくる」
「残念?」
「そうだ。今ルナリアは店を閉めてるよな?」
「はい、今一生懸命ポーションを作ってます」
「ってことは、今この瞬間買えてないやつがいるかもしれないわけだ?」
「それは、そうかもしれませんけど」
「そこだよ」
リクウは格好をつけてルナリアを指さした。
ルナリアは納得の言っていない顔でリクウを見ている。
「ミューちゃんにポーションの値段を聞いたが、あっちの店じゃこっちの四倍だそうだな? そんなに差がありゃあ知ってるやつはみんなこっちで買う。それはまだいい。ただな、そんなに安いと必要なくても買うやつが出てくるんだよ。だって四分の一だぞ? 俺だって買いたくなる。そうなるとどうなるか、本当に必要なやつが買えなくなっちまうんだよ。ルナリアの店で買ってるやつの何割が本当に必要なやつなんだろうな?」
「それは……」
「まだあるぞ。こんだけ安値で回転率を上げれば、在庫がおっつかなくなる。ルナリアは今、在庫補充しかできない状態だよな? ひたすらポーションを作ってるわけだ?」
ルナリアも話がわかってきたのか、叱られた子供のようになっている。
「錬金術師っていうのは、依頼されて特定の品を作る場合も多いそうだな? ルナリアはそんな暇あるのか? ないよな? 本当はルナリアに依頼したいって人もいるかもしれんぞ」
「がんばります、たぶん」
「がんばり過ぎなんだよ、ルナリアは。いきなり店を任されてなんとかしようとしてるのは偉い。ただな、安売りしすぎるのは俺も良くないと思う。必要な人が求めやすい価格っていうのは俺もいいことだと思うが、必要のない人まで欲しくなる価格っていうのは色々良くないと思うぞ。それについてはどう思う?」
「リクウさんの、言う通りだと思います」
「ミューちゃんの言う通りなんだよな、これが」
ルナリアはそこでハッとした顔をする。
「俺が思うにな、ライバルとか言ってたけど、ミューちゃんはルナリアのことが好きなんだと思うぞ。だからわざわざこんな忠告をしてくれる。まあ怒りっぽいから上手くいかなかったみたいだが、そしたらそしたで俺みたいなやつを使ってまで伝えてくれようとする」
「はい、私、もっとちゃんとミューちゃんの話を聞くべきでした」
「じゃあ値段を上げるのは悪くないと思うな?」
「はい」
「ミューちゃんの助言をちゃんと聞くか?」
「はい、それはもちろん」
「よし」
リクウは入り口の扉を開けた。
すると、ミューデリアが入ってきた。
いかにもおずおずと、といった感じで、今すぐにでも逃げ出したそうにしている。
「さあミューちゃん、説得したぞ。約束は守ってもらうからな」
「そのミューちゃんってやめてよ」
「ほら、がんばれミューちゃん、負けるなミューちゃん」
すんごい目で睨まれた。
ミューデリアは家の中ほど、ルナリアの近くまで来て、
「あの、ごめんね。ちゃんと言えなくて。ルナリアが真面目に聞いてくれないから、カッとなっちゃって」
ルナリアが立ち上がり、優しく微笑んでいた。
「んーん。私こそごめん。安ければ安いほどいいとしか思ってなくて、ちゃんと考えてなかったから」
ミューデリアの頬に、涙が伝っているのが見えた。
リクウには二人の仲も、ミューデリアの葛藤もわからなかったが、色々と抱えているものがあったのだろう。
そんなミューデリアにルナリアが近づき、そっと抱きしめた。
リクウはそれを見て、二階へと上がっていった。
右手にはしっかりと酒瓶が握られている。
どうにもこれ以上はすることがなさそうだし、かえって邪魔になりそうだった。
二階へ行くと、ルリが居間で退屈そうにしていた。
「なんじゃ? もう終わったのか?」
「ああ、たぶん円満解決だよ」
「そうか、それはよかった」
「というわけでコイツだ」
リクウは酒瓶をテーブルに置いた。
「一段落の祝いにさっそくやっちまおう」
「ただ早く飲みたいだけじゃろ」
リクウはキッチンからふたつのコップとコルク抜きを持ってきた。
コルクを抜くと薄っすらと酒の匂いが鼻をくすぐった。
酒を注ぐと、濃い葡萄色の液体がコップを満たした。
ルリの分も注いでやる。
「よしじゃあ飲もうか。二人の仲直りに乾杯!」
杯がぶつかる小さな音。
リクウが酒を口に含み、舌で味を確かめる。
得も言えぬ豊潤な味わいが口を満たす。
酒というのは、一定以上であればだいたい満足できるものだ。
例えば普通の酒の十倍の値段がする酒があるとしよう。
この酒が普通の酒の十倍美味いかと言えば、そんなことはまずあり得ない。
どんなに美味くてもせいぜい二倍程度で、一定以上はどんなに値段が上がっても満足度は伴わないものだ。
この酒は、リクウの経験を覆した。
「なんじゃこれは! 美味いではないか!!」
ルリの顔が喜びに輝く。
「美味いなこりゃ、想像以上だ」
リクウはルリに向かってコップをかざした。
ルリがもう一度軽く打ち付けた。
「二人の友情に乾杯だ」




