33.店番
リクウは店番をしている。
もちろん、ルナリアの錬金術店の、だ。
ルナリアとスフェーンは買い出しに行きたいらしいのだ。
店番を任せるなどいくらなんでも信用しすぎではないか、とも思うのだが、頼まれたなら仕方がない。
リクウは外に面した店のカウンターで済まし顔をしている。
僧服はそのままだが、前掛けをかけているのでそうおかしくは見えない。
リクウに店番などできるのか、と思うかもしれないが、ナメてもらっては困る。
リクウはルナリアの店の商品を完璧に把握していた。
それもそのはず、今のルナリアの店には商品が二種類しかないからだ。
かけるやつと飲むやつの二つだ。
両方ともポーションというらしい。
かける方は傷にかけ、傷の悪化を防ぎ回復を早める効果がある。
飲む方は、体力回復に軽い疾病の回復を早める効果があるそうだ。
両方とも金額は銀貨一枚。簡単である。
その他にも個別に何かを作ってくれという依頼が来る場合もあるが、その時はルナリアが戻ってくることを伝えて待ってもらえば良いとのことだった。
ルリはと言えば、二階の部屋で本を読んでいた。
ルリは浪西涯の文字を勉強中らしい。どれだけの間浪西涯に滞在するかわからないが、リクウも文字を覚えたほうがいいのでは、と最近思い始めたところだ。
「すいません、キュアポーションいただけますか?」
客が来ていた。
「あー、かける方と飲む方どっちですか?」
「えーと、飲む方ですね」
「少々お待ち下さい」
リクウは薄い青色をした方のポーションを取り出して客に渡し、対価として銀貨を一枚受け取った。
「あざます!! またのお越しを!!」
リクウはできるだけ愛想よく言った。
次に来たのは冒険者風の男だった。
帯剣していて、革鎧をつけている。
歳の頃は三十代か。風格のある男だった。
その所作を見ても、なかなかのやり手だというのがわかる。
「メディカルポーションをふたつもらえるかな?」
「かける方、ですよね?」
「そうだね」
「お待ち下さい」
リクウは緑色をした方のポーションをふたつ取り出した。
「キミ、見ない顔だけど店主さんはどうしたんだい?」
「ルナリアは今買い出し中です」
「そっか、ここはすごい安くポーションを売ってくれてるから助かってるんだよ」
「あざます!! どうぞこれからもご贔屓に!!」
リクウは銀貨を受け取りポーションを渡した。
次に来た客は、あの鼠の獣人だった。
「なんでアンタが店番してるんだ……」
「そりゃあ信用されてるからよ」
「売上ちょろまかしたりしないでくれよ」
「しねーよそんなことは。それよりなんか買ってかないのか?」
「買わんよ。必要ないのにオレらまで買ったらまた在庫がなくなっちゃうだろ」
「なんだ、ただ俺を監視に来たのか?」
「オレらはまだ信用したわけじゃあないからな」
「あー、そういやこの前もらった果物、りんごがやたら多かったのはルナリアの好物だって知ってたからか?」
「そうだよ、悪いか?」
リクウは笑う。
「俺はあんたらの事信用してもいい気になってるけどな」
「はっ、俺らはヤクザもんだよ」
とアグラヴは去っていった。
最後に来た客は、とりわけ変わっていた。
少女だった。
ルナリアよりもさらに背が小さい。
長い癖のある金髪で、瞳は濃い青色。来ている衣装は豪華絢爛で、それだけで身分が高いか金持ちなのがわかった。
「あなた、誰なの?」
少女はよく通る声で言った。
その口調はどことなく高圧的で、いかにもお嬢様といった風であった。
「店番です」
「そういうことじゃなくて! なんでルナリアの店にあなたみたいなのがいるのよ!!」
「そりゃあ、店番任されてるからよ」
少女は整った顔立ちをしているが、目つきがキツイ。
その目がリクウを睨んでいた。
「ルナリアがあなたを雇ってるってこと?」
「いや、俺は居候」
「ハァ!? なにそれ!?」
少女のあまりの剣幕にリクウはたじろぐ。
「いやさ、錬金術師ってやつは素材を集めにでかけたりするだろ? そうなると護衛が必要になる。俺はそういうとこを手伝う代わりに居候させてもらってるってわけだ」
少女はいかにも納得のいかないという顔でリクウを見ている。
「まあいいわ。それで? ルナリアはポーションをいくらで売ってるの?」
「銀貨一枚。買うのか?」
「銀貨一枚!?」
少女は驚きを顕にして、
「安い安い安い!! あの子はもうまったく何してんの!!」
と勝手に憤慨している。
「安くて悪いこたないだろ、てかお嬢ちゃんは何なの? 店先でいきなり騒いでちょっと引くんだけど」
「アタシはあの子のライバルよ!!」
「というと?」
「アタシも錬金術師なの!! マニフィックの錬金術店、あなたも知ってるでしょう!?」
リクウの顔を見て少女は察したらしい。
「まさか知らないの!?」
「この街に来たのはつい先日だからなぁ」
少女は深い溜息を着く。
「あのね、」
そこにルナリアが戻ってきた。
傍らにいるスフェーンは両手いっぱいの荷物を持っている。
ルナリアは店先にいる少女を見て嬉しそうにして、
「あれ、ミューちゃん!?」
少女がかたまる。
「ようミューちゃん、ルナリアが戻ってきたぞ」
「うるさい! ミューちゃんって呼ぶな!」
少女がルナリアに向き合う。
「あんた! あれだけ言ったのに値段直してないじゃない!」
「だって、高くしたらみんなが買えなくなっちゃうよ」
「ああもうだから!!」
少女は地団駄を踏み、
「帰る!!」
と突然言い放って、本当に帰っていった。
リクウと、ルナリアと、おまけにスフェーンすら呆然としていた。
「なんなの、あれ」
「ミューちゃんです。ミューデリア・マニフィック。この街にあるもう一つの錬金術店の一人娘で、私の同級生です」
「値段がどうの言ってたけど」
「ああ、お母さんが行ってからうちは安すぎるって。ところで、リクウさん店番は大丈夫でしたか?」
「おう、もちろんよ」
と受け取った銀貨をルナリアに見せた。
「さすがです! ありがとうございます!」
開放されたリクウはルリを呼びに行った。
「なんじゃ、店番は終わったのか? なにやら騒がしかったが」
「ああ、変なやつが来てな」
「変なやつ?」
「まあ後で教えてやるよ。飯に行こう」
「今日は外で食べるのか?」
「おうよ」
それからリクウはキメ顔で言う。
「労働の後は、一杯引っ掛けるもんだろ?」
「小一時間店番したくらいで何を偉そうに、まあいいじゃろう」
そうしてリクウは昼間から飲んだ。
労働のあとの一杯は格別だった。




