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32.物騒な隣人


「よっしゃ!! 快晴だぜ!!」

「行楽日和じゃの」


 リクウとルリはルナリアの家を出て空を仰ぎ見る。

 気分の良くなる青とさんさんと照りつける太陽。

 夏の快晴だった。


「じゃあ早速行くとするか」


 といったところでリクウは立ち止まった。


「どうしたんじゃ?」


 ルリが首を傾げて聞く。


「いや、なんか見られてる気配が」

「そりゃあ見られるじゃろう。目立つんじゃから。リクウよ、主はその服をなんとかせんのか?」

「なんとかってなんだよ?」

「こう、こちらの国の服を買うとか」

「これは俺の僧侶としての誇りなの、ルリだってずっと同じ服じゃんか」


 ルリは憤慨したようにリクウを睨み、


「それは主が買ってくれないからであろう!」

「え、そうなのか?」

「そうに決まっとろうが」

「そうか、そうなのか。わかった。じゃあそのうち買うか、ルリの服を」

「ほんとか??」

「俺はてっきりその服を気に入っているのかと……」

「誰が小坊主の僧服を気に入るんじゃ、まったく」


 まず大通りに出た。

 事前にアルテシオンの見どころはルナリアに聞いてある。

 

 アルテシオンは学術都市である。

 ヴェローズのような交易都市とはまた違った様相だった。

 リクウは大通りを練り歩く。

 

 商店の数はヴェローズよりもむしろ多いくらいであるが、店の内容は大きく違っていた。

 ヴェローズの市場のような食料、武具店は数が少なく、雑貨屋や本屋などの店がずっと多い。

 料理店もヴェローズより多く、リクウは美味そうな店を見つけては記憶に刻みつけていた。


 ひとまず目指すは時計塔だった。

 そこが街の中心近くだ。

 天高くそびえ立つ時計塔は街のどこからでも目に入る。


 時計塔の周囲にはアルテシオン魔導学院もあるそうだ。ルナリアの母校でもあるし、リィスの母校でもあったはずだ。



 時計塔の周辺は、かなり変わった場所に見えた。

 大きな広場があり、そこからは三つの主要な建物が見える。

 正面には時計塔だ。細長い石造りの塔で、かなりの高さがある。

 リクウは一度だけ都の城を見たことがあるが、単純な高さではそれよりも高いかもしれない。


 そして右側にはアルテシオン魔導学院。

 門の奥には広大な敷地にいくつもの大きな建物が建っているのが見えた。

 広場には学生の姿も多い。

 十代半ばと思しき少年少女が、特徴的な制服を来て歩いているのをよく見た。

 学生、というからには質素な服を想像していたが、リクウから見たらひらひらとして派手に見える。


 浪西涯に来てから思っていたが、こちらには術師が多い。

 これは、このような学び舎があるからなのだろう。

 真都揶で術師といえば、弟子入りして教わるのが普通だ。

 こういった大体的な教え方をするようなものではない。

 たいていは密教の教えのように、秘密裏に口伝されるものである。

 だから浪西涯に比べると真都揶には術師が少ないのだろう。


 道行く学生は若々しく、生き生きとしていた。


 こうして学生を見ていると、光岳寺を思い出した。

 あそこも如尊の教えと武を学ぶ場所であった。

 リクウが同朋と過ごした時間と同じようなことが、この学び舎でも行われているのかもしれないと思うと、郷愁の念が首をもたげた。


 最後に、時計塔を正面に見て左側の建物。

 ルナリアはこれを大図書館だと言っていた。

 なんでも、市民に本を貸し出してくれる場所らしかった。

 ヴェローズの冒険者ギルドと同じくらいには大きな建物で、半球状の特徴的な屋根をしていた。

 せっかく立派で面白そうな建物ではあるが、文字が読めず、市民でもないリクウにはこの街で一番縁のない場所になりそうだ。


 ぐぅとリクウの腹が鳴った。


「なんじゃ、腹が減ったのか?」

「減ったなぁ」


 広場にもまばらに露店があった。

 休日だともっと賑わうのかもしれないが、今はそれほど店の種類はなかった。

 リクウはその中の食い物屋から良さそうなのを見繕って昼食を買った。

 パンにウィンナーと野菜を挟んだもので、なかなかに美味しかった。


 帰りには、冒険者ギルドに寄った。

 寄ったと言っても前を通っただけである。

 ヴェローズと同じくらいの規模で、同じような造りの建物だった。


 そういえばリクウはこの冒険者ギルドというものがどういったものなのかよくしらない。

 国全体で統括された組織なのか、それとも街ごとで管理している場所なのか。

 後者ならばリクウの冒険者証はどうなるのだろう。


 気にならないでもなかったが、リクウはまあいいか、で済ませた。

 そのうち気が向いた時に飲みついでに来てみるのもいいだろう。

 

 ルナリアは調合が一段落したらしく、今日の晩は歓迎のごちそうを作ってくれると言っていた。

 まだ日が落ちるまでしばらくあるが、早めに帰っておくのもよかろうとの考えだった。


 帰り道、ルナリアの家の近くになると、また視線を感じた。

 気の所為ではなく、尾行されている気配。


 リクウはルナリアの家へは向かわず、脇道にそれた。


「なんじゃ? どこにいくんじゃ?」

「つけられてるんだよ、なんだか知らんけどな」


 本当になんだか知らん事態だった。

 観光客を狙った何かにしては雰囲気が剣呑である気がする。

 それに、これはルナリアの家を出た時と同じ相手であろう。

 観光客を狙っている、というよりもリクウを狙っているはずだ。


 リクウは道を曲がり、その場で待った。

 

 獣人だった。

 背の低い、鼠の獣人が四人ほど。

 リクウの姿を見て、そのうち二人がびくりと背を震わせた。


「なにか用かい?」


 鼠の獣人の一人が答えた。


「ああ、アンタに用がある」

 

 堂々とした態度から、そいつが頭だとリクウは判断した。


「物騒な話かい?」

「それはアンタ次第だ。ちょっと付き合ってくれるか?」

「いいだろう」


 なんにせよ、いずれぶつかるなら今ぶつかっておいたほうがいいとリクウは考えた。

 

「そっちのお嬢ちゃんは帰っていいぞ」

「いや、妾も行くが、面白そうなんでな」


 鼠の獣人は困惑を表しているらしき表情を浮かべていたが、


「好きにしな」


 とだけ言い捨てて先に進んだ。


 獣人についていくと、ルナリアの家の裏通りにたどり着いた。


「入ってくれ」


 獣人が案内したのは、民家にしてはかなり大きな家だった。

 獣人たちが建物内に入って行き、リクウもそれに続いた。


 入った部屋の左手には長椅子と低い机があり、ある種の応接室に見えた。

 それ以外には何もなく、奥へ続く扉があるだけだった。

 鼠の獣人、というからにはリクウは散らかっている家を想像していたが、そんなことはなかった。

 ただし、匂いはある。

 人間には多少なり不快感のある匂いだ。


「座ってくれ」


 リクウとルリは言われるがままに座った。

 対面には、頭目と思われる獣人だけが座った。


「アグラヴ一家のアグラヴだ」

「リクウだ。マトーニャから来た僧侶だ」


 アグラヴは顔を奇妙に歪めたが、リクウはその表情を理解できなかった。


「さて、単刀直入に聞こうか。アンタ、ルナリアの嬢ちゃんとはどういう関係だ?」

「どういう関係って、居候で手伝う約束をしている」


 アグラヴは間を置いてから再び口を開く。


「本当か?」

「本当だよ。言って信じないなら言う意味ないだろ」

「そりゃあそうだが。嬢ちゃんの人の良さを利用して悪巧みをしてる何者かだったりはしないんだな?」

「それも聞く意味ないだろ。悪巧みしてるなら正直に答えないだろ」

「そりゃあ……そうだが」

「それ前提で一応言うが、俺は流浪の身で、この街にいる間はあの嬢ちゃんを手伝ってやろうと思ってる者だ」


 アグラヴは黙り込んでしまう。困っているのかもしれない。

 そこでルリが口を開いた。


「主らあれか? ルナリアに悪い虫がついたんじゃないかと思ってわざわざこんなことをしとるのか?」

「い、いや! いや…… そうだ、その通りだ。オレらはあの嬢ちゃんに借りがある。あの嬢ちゃんによからぬ事を考えてるやつが近づいてたんなら、排除しようって腹だ」

「で? 俺は排除されんのか?」


 鼠はまたしても表情を変えた。獣人相手に困るのは、その表情が何を表しているのかわからないことが多い点だ。


「わからん、悪いやつではないようには見えてる」

「見た目通り信じて欲しいところだな」

「わかった、時間を取らせてすまなかった。おい!!」


 とアグラブが扉の奥に声をかけた。

 すると獣人が一人出てきて、その手にはカゴを持っていた。


「詫びだ、嬢ちゃんにも分けてやってくれ」


 カゴにはいっぱいの果物が入っていた。

 りんごの割合がかなり多いが、他にも色々な果物がある。


「あとな、オレらのことは言わんでくれよ」

「なんでだ?」

「オレらは見ての通り日陰者だからな、もう帰ってくれて大丈夫だ。嬢ちゃんにおかしなことしないでくれよ」


 リクウらは立ち上がり、アグラヴ一家の家を出た。


「なんだか、よくわからん奴らじゃったなぁ」

「あいつらはルナリアが好きってことだろ」

「まあそうなのかもしれんが」

「いいじゃねぇか、色んなやつに好かれてるってことはそれだけいいヤツってことだろ。助け甲斐があるじゃねぇか」


 気付けばもう日が暮れ始めていた。

 リクウの手には、りんごがいっぱいの果物カゴがある。


 変わった一日になったが、悪い気分ではなかった。


 

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