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28.幸運


「いやいやいや、怪しかないよ!! 真都揶じゃ七高宗は最大勢力よ!」


 リクウと名乗った男は大仰な身振りで抗言する。


 まとや、とはなんだろうとルナリアは思った。

 まとや、まとや、そこでリクウと名乗った男の姿を見て、出身地ではないかと思う。

 近い名前の外国、もしやマトーニャではないか。


「リクウさんって、マトーニャ人なんですか?」

「そうよ、はるばるやって参りました、遊びに。あと世を正すために」


 リクウはまたしても杖をついてポーズを取る。


 マトーニャと言えば、東の果てではないか。

 武力で知られた国で、ペーデムンの侵略軍を皆殺しにしたという噂はこのロシャーガまで響き渡っている。

 ロシャーガとはエンデを挟んで間接的な貿易が行われているだけかと思ったが、旅行者がいたのか。


「どうじゃ? 腕は妾が保証する。ひとつやらせてはみないか?」


 可愛らしい幼女に言われてしまうとルナリアは弱い。

 それに、マトーニャの人間というのはかなり気になる。


「あの、私はそんなに報酬を払えないんですけどいいですか?」

「いーよいーよ、報酬なんて」

「いーよって、リクウさんは冒険者ですよね?」

「僧侶だよ」

「僧侶? 僧侶だからわたしを手伝ってくれるんですか?」

「いや、困ってるヤツがいたら助けるだろ、普通」


 リクウという男の目は澄み切っていて、嘘の気配を感じさせない。

 信じてみてもいいかもしれない。ルナリアは疑っていたことに罪悪感を覚える。

 

「じゃあ、お願いしていいですか?」

「任された、大船に乗った気でいてくれ」


 その軽い態度に不安はあったが、ルナリアはリクウという男を信じてみることにした。


***


「じゃあルナリアはお母さんの店を引き継いでるのか」

「そうです、わたしが卒業すると同時に、お母さんは任せたって言って旅に出ちゃいました」

「で、それをひとりで切り盛りしてる、と」

「いえ、ひとりではないんですけどね。ただやっぱり勝手がわからなくて」

「押し付けられたって、別に休業したっていいんじゃないのか?」

「みんなのためになる錬金術師になるのはわたしの夢なんです。だからやってみようと思います。お母さんももしかしたら、わたしが店の営業を続けるなんて思ってなかったかもしれませんけど」

「いいじゃないか、みんなのため。そういうの俺は好きだぜ」

「妾もいいと思うぞ」


 アロナの森の中を歩きながら三人は話していた。

 アロナの森はアルテシオンの南西にある森だ。

 かなり規模の大きな森で、その奥にはリステール山脈があり、それを超えるとその先はもう海だ。


 アロナの森は、アルテシオン側に面している入り口付近は比較的安全度が高い。

 ただ、そうなると人がよく入り、錬金術に使えるような素材、特に少しでも珍しいものは手に入りにくい。

 

 だからルナリアは森の少し奥まで行くつもりであった。

 

「しかし、ルリちゃんも連れて行くんですね?」


 ルナリアはきびきびと歩くルリを見て言う。


「妾が見てないとこの坊主は何をするかわからんからな」

「取り憑いてんだよ、コイツぁ、だから離れられないの」

「取り憑いてる?」

「悪霊だよ、悪霊」

「違うわ! 高貴な妾を悪霊なんぞと一緒にするではない!」


 ルリがリクウの尻をピシャリと叩いた。

 リクウが反撃にルリのほっぺたを引っ張る。

 馬鹿っぽい争いが始まる。

 その緊張感のなさに、ルナリアはちょっと不安になる。


 しばし歩いて、森の気配が変わってきた。


「ここらへんでいいかもしれませんね」

「で、俺等は何を探せばいい?」

「えっと、採取はわたしがやるので、リクウさんは見張っててくれれば大丈夫です」

「りょーかい」


 リクウが手近な岩に腰を降ろす。


 ルナリアは早速素材探しを始める。

 ルナリアが最も求めているのは治療薬ポーションの材料だ。

 いくらでも需要がある商品であり、適正価格で出せばいくらでも売れる。

 調合もそれほどは難しくない。


 とりあえず店の体を保つには最初はひたすらポーションを売るのが良いとルナリアは考えている。

 そうなるとマジックリーフはいくらでもあっていいし、メディスングラスも量が欲しい。

 

 ルナリアは夢中で素材を探し回った。

 マジックリーフの生育状況は良かったし、メディスングラスもいっぱい見つかった。

 ルナリアは背負ったカゴに見つけた素材を放り込んでいく。


 りんごの樹も見つけたが、なっているりんごはまだ青かった。

 秋頃になったら素材を取りに来るついでにりんご狩りも悪くないかもしれない。


「ッシャア!!」


 突然の声にルナリアは跳び上がる。

 声の方を振り返ると、リクウとルリがハイタッチしていた。

 といっても、リクウはルリの手の高さに合わせているので、ハイタッチという表現は正確ではないかもしれない。


 そんなことよりも見逃せないのは、リクウの足元になにか動物が横たわっていることだ。

 遠目からは狼に見える。

 ルナリアはリクウの元に走った。

 狼ならば群れが近くにいるかもしれない。

 素材は十分取れたし、撤退も視野にいれたほうが良い。


「リクウさん、それは――」


 近くに行けばよく見えた。

 ルナウルフだ。間違いない。

 額に埋まった赤い魔石が見える。

 ルナウルフは狼が魔物化したもので、ルナリアでも大変危険な生き物だと知っている。

 群れの心配はない。魔物化したルナウルフは群れの仲間を生かしたりはしないのだから。

 

 それが、目の前で倒れている。

 足をピンと伸ばして横たわり、少しも動かない。


「死んで……るんですか……?」

「ああ」

「ルナウルフ……ですよねそれ」

「それは知らない」

「額の魔石、間違いないですよ。大丈夫だったんですか?」

「妾が囮になって、リクウが横からズビュンじゃ! 楽勝じゃった!」

「楽勝って……」


 ルナリアの記憶が正しければ、ルナウルフの危険度は四等級に属する。

 四等級と言えばそもそも滅多に遭遇しないし、もし討伐依頼が出されたとすれば、金級の冒険者がパーティを組んで討伐するような相手である。

 間違っても銅級の冒険者タグをチラチラさせる人間がズビュンで倒していい相手ではないはずだ。


「リクウさんってもしかして、すごい人なんですか?」

「いんや、そこそこだよ。上には上がいる」


 そこは謙虚なんだ、とルナリアは意外に思う。

 ルナウルフを再度見て、改めてゾッとする。

 もし他の冒険者に声をかけてここまで来た場合、ルナリアはアルテシオンに帰れなかった可能性まである。

 

 ルナリアは幸運に感謝した。

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