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25.流浪の望み


 リクウの朝は早い。

 日が昇りまず最初にするのは稽古である。


 光岳寺にいた頃の話ではない。

 今現在も、リクウは必ずそうしている。


 猫の尻尾亭の裏庭で、早朝から型稽古をしている。

 決まった型を繰り返すリクウを、ルリが薪割り用の切り株に座って眺めている。


 あれから一週間が経った。

 モランの姿はどこにも見えない。

 リィスはと言えば、リクウの紹介でバルテ老の世話になることになった。


 バルテ老は、リクウが感じる中で最も力のある冒険者だ。

 酔っ払いながらの行軍は詳細を覚えていないが、バルテ老はそこでも術師として活躍していたような記憶がある。

 そもそも未だに一線にいる老人という時点で間違いはないと思う。

 危険が伴う仕事を続けて老人になれるという時点で、それが何よりも実力の証明になるのだから。


 リクウとしてはダメ元で聞くだけ聞いてみたのだが、バルテ老は快諾してくれた。

 これにて一件落着となった。


 リクウくらいになると、身体はもう自動で動く。

 リクウの考えとは関係なく、身体が稽古の型を刻んでいく。

 

 型稽古をしていると、郷愁の念が湧いてくる。

 

 光岳寺では朝起きたらまず本堂で朝のお勤めを。

 それから道場で朝の稽古を。

 朝の稽古は今リクウがやっている型稽古だ。


 光岳寺の門弟全員で行う型稽古はそれなりに迫力があり、見たことのない人間が見れば見世物としても楽しめるかもしれない。

 同朋達と並んで行う型稽古を思い出しながら、リクウの身体は動く。


 唐突に、そろそろ街を出るかという気になった。


 異国の人間は情が薄い、と真都揶では噂されるが、そんなことはないとリクウは思った。

 ヴェローズは居心地良く、ついつい長居してしまった。

 リクウに確たる旅の目的はない。

 ただ楽しく、人の役に立てればそれで良いと思う。


 しかし、せっかくこうして異国の地に来られたのだから、色々なものを見て回らねば損だと思うのだ。


 龍型に始まり虎型に終わる。

 型稽古が一巡し、脱力する。


「主も毎朝毎朝、変なところで真面目じゃのう」

「これだけが取り柄だからな」


 ルリがぴょんと勢い良く切り株から飛び降りた。


「なあルリ」

「なんじゃ?」

「そろそろ街を出ようと思う」

「ずいぶん急じゃな」

「リィスの件も一段落したし、この街で見たいものはだいたい見たしな」

「そうか、妾はこのまま定住してしまうのではないかと不安になってたところじゃ」

「確かに居心地は良かったけどな」

「妾もなかなか楽しかったぞ。それで? 次はどこに行くんじゃ?」

「それは、まだ考えてない」

「なんじゃ、ただの思いつきか」

「思いつきさ。お前がここに連れてきた時と同じくな」

「まあ行き当たりばったりも面白くていいじゃろう。それで? いつ出るんじゃ?」

「明日か明後日にでも」

「では、世話になった連中に挨拶回りせねばならんのう」

「そうだな」


 ルリがどういった反応をするかわからなかったが、どうやら出発には賛成のようだった。

 

 陽は高度を上げ、眩い光がリクウ達を照らしていた。


 裏口から宿に戻り、ちょうどおばさんに遭遇した。


「ああ、おばさん。俺そろそろ旅立つよ」


 おばさんはまだ目覚めて間もなく、いかにも起きぬけといった様子であった。

 リクウの顔を見て、次にルリの顔を見て、それからしばらく間があった。


「おばさん?」

「ええと、なんて言ったんだい?」

「妾たちは旅に出ると言うておる。今まで世話になったの」


 おばさんは目をパチクリさせて、


「あ……ああ……そうだね。そうだったね。あまりにいるのが自然になってて、そんなこと忘れてたよ」

「今まで俺のような異人を居候させていただき、ありがとうございました」


 リクウは深々と頭を下げた。


「よしてくれよ、こっちだって色々手伝ってもらったんだから」


 リクウが頭を上げると、おばさんはどこか元気がないようにも見えた。


「気を使って、というわけではないんだよね? うちならいくらいてくれても別に構わないんだよ?」

「いえ、この街には長居させていただきましたが、本来は流浪の望みゆえ」


 おばさんは残念そうに、


「そうかい、そうだろうねぇ。出発はいつにするんだい?」

「明日か、明後日には出ようかと」

「明明後日にはできないかい?」

「できるけど、なにかあるのか?」

「パーティを開いてやろうと思ってね」

「ぱーてぃ?」

「宴会だよ。この街で知り合った人たち全員つれてきな。盛大なお別れ会をしてやるからさ」


 ルリの瞳が期待に輝く。


「もしかして、ごちそうがいっぱい出るのか!?」

「任せときな、腕によりをかけて作ってやるからさ」

「おお! それは楽しみじゃ!!」


 ルリがぴょんぴょん跳ねている。


「もしかしてそりゃあ、酒も期待していいのか?」

「それも任せときな、秘蔵の一本をごちそうしてやるよ」


 リクウもぴょんぴょん跳ねている。


 ちょうど宿客が朝食に姿を現す時間だった。

 一階に降りてきた宿客が、ぴょんぴょん跳ねる坊主頭と幼女を見て目をこする。

 見間違いではないのを確認して、引き返して二度寝すべきか検討してから、聞いてみることを決める。


「朝からいったい何をやってんだい?」


 一日が始まる。

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