24.逆らう者はどうなるのか
満月の優しい光がヴェローズの街を照らしていた。
ギルドからの帰路を、リクウとルリはゆったりとした歩調で歩いていた。
酔ってはいない。酒はほどほどにしておいた。
リクウはわざと遠回りな道を歩いていた。
真都揶も浪西涯もヤクザものの性質は変わらない。
面子を潰されれば、手が出るものだ。
さきほどのギルドでのひと悶着。結果を見ればリクウが恥をかいてモランが引いた形であるが、それ以上の意味はあった。
それはギルドに一番人が多い時間に、注目を浴びた状態でネタをバラされたことだ。
あれだけ注目されれば、これから先モランはリィスには手が出しにくいはずだ。
モランがどれだけ厚顔無恥かにもよるが、リィスはこれ以上声をかけられないのではという気もする。
無論計算してやったことではなかったが、結果としては良い方向に動いたとリクウは考えている。
事実の度合いはわからないにしても、モランはコスい野郎だと周知されてしまったわけだ。
となればどうなるか。
モランの動きはいくつか考えられる。
心を入れ替えて真っ当に動くか、周囲を無視してリィスに絡み続けるか、それか恥をかかせたリクウにせめて痛い目を見せようと考えるかだ。
リクウは杖をついて人通りの少ない道を行く。
ルリも理解しているのだろう。今日はえらく口数が少ない。
尾行されているのだ。
リクウは帰り道から逸れて人の少ない方へと進んでいた。
気配を察知される時点でたいした使い手とは思えない。
というか十中八九モランたちだろう。
リクウは七光宗が光岳寺の武僧として、それなりであったと自負している。
妖異であろうと相当な相手でなければ渡りあえるし、人間相手ならばなお自信がある。
おかしなもので、光岳寺の武僧は妖異を相手にするのが本業であるが、それよりも人間相手の、特に近接での戦闘を得意とする。
これがなぜかと言えば、訓練を積むための組み手の相手が同じ人間である武僧だからだ。
妖異を倒す訓練、といっても、そう簡単に妖異が出るわけではない。
そうなれば日常的な訓練は人間同士の組み手となる。
結果、対人間相手への技術が磨かれ続けるわけだ。
金級冒険者というのがどれほどのものかはわからないが、遅れを取るとは思わない。
モランたちの身のこなしを見てもそれはわかる。
が、強者ほど自身の実力を隠すものである。
相手の正確な実力を見抜くのをリクウは不得手としている。
修行時代には、枯れ木のような爺さんをあなどって、三日三晩生死の境をさまよった経験すらある。
油断はできない。
リクウは夜の街を歩く。
夜の市場街は人通りが少ない。
そこをさらに裏道にそれ、細い裏通りからさらに脇道へと進む。
そこで行き止まりだ。
行き止まりの壁にはリクウの読めない落書きが書かれていて、壁の近くにはガラクタが積まれていた。
ガラクタから何か小さな生き物が飛び出した。大きさからして鼠だと思うが、暗がりでリクウの目には判別できなかった。
「リクウよ、わかっておるな」
「ああ、つけられてるだろ?」
リクウは身を翻して細道の方を見据える。
そこにはなんの姿もない。
一分が経ち、二分が経ち、もしこれで来なかったらこれ以上の道化はないぞとリクウが不安になったところで、モランはようやく姿を現した。
取り巻きの二人が前に立ち、三人が脇道へと入ってきた。
三人ともが武装していた。
さきほどは来ていなかった金属鎧をつけている。
腰には三人共が剣。
モランたちは歩調を合わせてリクウへと近づいてくる。
「やあ、変わった場所で会ったね」
「アンタに会う予感がしてたんでね」
「誘い込んだつもりかつもりか、逃げ場をなくしたのかどっちかな?」
「キショい気配がしたんで、逃げていたのじゃ!」
モランの声の調子が変わる。
「さっきはよくも馬鹿なことをしてくれたね」
「どんぐりは間違えたんだよ、マジで」
「大した余裕だ、これから何が起こるかわかるかい?」
「さあなぁ。浪西涯の流儀はわからないんでね」
「リクウくんは冒険者ってものがわかっていないようだから、先輩として教えてあげようと思ってね」
「へぇ、なにをだい?」
「この国の冒険者の流儀ってやつをさ」
取り巻きの二人が一歩前に出た。
ルリがリクウの背後へと隠れる。
「さきほど僕の信用はいくらか失われたわけだ。このまま行けば我々はヴェローズのギルドでナメられることになってしまう。ならどうすると思う?」
「俺をとっちめて面子を保とうってか?」
「そうさ。これでキミが消えれば、誰がやったかは嫌でもわかる。証拠は見つからないけどね。敵対した相手が消えれば、みんなに伝わるわけだ。我々をナメたらどうなるかがね」
恐ろしいほどの強気だな、とリクウは関心する。
前に出ている二人は隙だらけに見える。
単なる隙にしか見えないが、これだけ強気だととんでもない実力を隠した偽装なのではと疑ってしまう。
「冒険者なんていってもね、あらくれの無法ものと大差ない。さっきキミは冒険者階級がどれくらい偉いのか聞いてたね? それに答えてあげよう」
暗闇で表情がわからなくても、モランがニヤついているのがわかった。
「階級はあまり関係ないよ。冒険者はね、強いほうが偉いんだ」
薮はつついてみなければ何がいるかわからない。
鬼が出るか、蛇が出るか。
リクウは仕掛けた。
右の男の顎を杖で左から右に薙ぐように狙った。
不安になるほど簡単に当たった。
そのまま勢いを殺さずに杖を回転させ、左の男を打った。
大した霊気も込めていない、小手調べのつもりであった。
右の男は糸が切れたように倒れ、ピクリとも動かない。
左の男はうずくまり、打たれた部分を抑えて苦しげにうめいている。
リクウは思った。
――――コイツら、マジか。
ルリも同じことを考えたらしい。
「リクウよ。こやつらちと弱すぎやせんか?」
モランが抜剣しようとした。
何をしても勝てる気がした。
顎を打って昏倒させてもいいし、抜剣しようとしている手を打ってもいい。
全てを無視して単純に突くだけでもモランの動きは止まりそうだ。
払った。
足を。
モランはろくな回避行動すらせず、無様に転けた。
リクウがモランの喉元に杖を突きつける。
「この場合はどうなるんだ? 冒険者は強いほうが偉いんだっけ?」
月明かりが裏路地を照らした。
モランの顔が顕になる。
リクウは、これほど怯えた人間の顔を初めてみた。
***
翌日から、モランのパーティはギルドに姿を見せなくなった。
リクウはそんなことなどなかったように、いつも通りの気ままな振る舞いをしている。
しかし、周囲の目は依然とは少々違っていた。
リクウからしたら襲いかかってきたモランを撃退しただけである。
リクウはそのことを話したりしないし、周囲も聞いたりはしない。
だから真実はわからない。
ただ、起こったことだけで判断するとこのようになる。
リクウと揉めたモランの姿が消えた。
暇があれば酒ばかり飲んでいるこの陽気なハゲ頭と敵対したら一体どうなるのか。
ヴェローズの冒険者ギルドの面々はその一端を見てしまったのかもしれない。
リクウは周囲の畏怖の視線に気付いてもいない。
ギルドでは、まこと平和な光景が繰り広げられている。
チェスの勝負を避けたリクウをルリが煽り、リクウは勝負をするではなくルリのほっぺたを左右から引っ張った。
ルリの方も負けてはいない。リクウのほっぺたを引っ張り、お互いが頬を伸ばした実に間抜けな顔をしている。
そこへリィスが現れた。
リィスはギルドに入っていきなりの光景に、面食らいながらも笑った。
そこには今までになかった、一切の曇りのない笑顔があった。




