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20.小さな依頼主


 リクウはその日暮しを好む。

 だから翌日の予定を立てることはそう多くないし、理性よりも気分で行動するほうがずっと多い。

 

 リクウは今日も今日とて冒険者ギルドで暇をしていた。

 銅級と言えど今やリクウは立派な冒険者であり、冒険者ギルドで時間を潰すのになんの負い目もない。


 とはいえ、自分から依頼を受けたことは未だにないのだけれど。

 

 今日は特にやることを思いつかなかったのでとりあえずギルドに顔を出してみた。

 ピピンとリックが依頼に出るようならついていってもいいし、他からも声がかかる可能性はなくもない。

 リクウはギルドのロビーでそれとなく周囲を窺う。


 掲示板の前に冒険者が群がっている。

 人間がほとんどだが、中には亜人も混じっている。真都揶では見られない光景にリクウはそれとなく異国の風情を感じた。

 冒険者ギルドの朝のいつもの光景だった。


 冒険者ギルドへと依頼をした場合、緊急でなければ翌日の掲示板へと依頼が貼り出されることになる。

 依頼の貼り出しに立ち会えば真っ先に最新の依頼が確認できる。

 美味しい依頼が転がっている可能性があるし、自分に向いた依頼が見つかることもある。

 なので朝一番に掲示板を見に来るのは冒険者の鉄則である。

 というのはピピンとリックからの受け売りだ。


 リクウはといえば、寝ぼけ半分の眼差しで他の冒険者を見ているだけだった。

 ルリは近くのテーブルでバルテ老とチェスをしていた。

 バルテ老は精霊銀級ミスリルという上位階級の冒険者だと聞いた。

 朝もはよからルリと遊んでいるあたりを見ると、ミスリル様も暇なのかもしれない。

 バルテ老がルリに銀貨を投げた。ルリが勝ったのだろう。


 どうにも面白そうなことはなく、ならば自分から依頼を受けてみるのも一興かとリクウが考えた時だった。

 目の前に男が立っていた。


 長髪の、左目の下に涙ぼくろのある男だった。

 どこかで見た覚えがある気がするのだが、さて誰だったか。


「やあ、リクウくん、おはよう」

「おはよっす」


 男は眉を寄せて、


「もしかして、僕が誰だかわかってない?」

「あーいやー、その」


 リクウは相手の胸元に冒険者証を見つけた。

 階級は金級ゴールド


「冒険者のーー」

「いやその顔はわかってないね。まあ無理はしなくていいよ。リィスくんと一緒にパーティーを組んでいるモランだ」

「あー」


 そういえばそんなやつがいた気がする。


「ところでリクウくんは今日は空いてるのかな?」

「いやー、微妙っすね」

「微妙、とは?」

「街でもぶらついて美味いものでも発掘しようかと」

「えーと……」


 モランはどこか困惑しているようであった。


「その、暇なら僕らの依頼を手伝ってくれないかな?」

「依頼?」

「そう、簡単な依頼だよ」

「リィスも一緒ですか?」

「いや、彼女は今日はいないかな。我々金級冒険者の依頼に同行すれば、リクウくんにも経験になると思うんだがどうだろう」

「遠慮しときますかね」

「どうしてだい?」

「アンタは金級冒険者なんだろ? それで簡単な依頼なら手伝いはいらなそうだ」

「手伝い、というかリクウくんの経験になると思うから誘っているんだけど。初心者冒険者への支援ってやつさ。報酬もそれなりに出すよ」

「やめときますよ、気分じゃないんで」

「気分って、そんなんじゃ冒険者は食っていけないよ?」

「今のところはどうにかなってるんで」

「いつまでも続く保証はなくないかい?」

「その時が来たら考えます」

「わかったよ、それじゃあ今回は諦めよう」


 そういってモランは立ち去った。

 よくわからない男であった。後半は喧嘩腰であった気もする。

 まあ、人間は自分の思い通りにならないと面白くないと感じる生き物だ。

 不快な思いをさせてしまったかもしれないことに、リクウは若干の申し訳無さを覚えた。


 ややあってリクウも立ち上がると、受付から受付嬢のライネが手招きしていた。


「なんだ?」

「ちょっと、リクウさんさっきモランさんと何を話してたの?」


 ライネは囁くようなひそひそ声で言う。

 朝のギルドの喧騒はそれなりで、そんな中で声を抑えて話されると聞きとるのが大変であった。


「いや、そんな大したことじゃ。依頼を手伝ってくれないかって」

「それで?」

「断った。別に手伝いは必要なさそうだったんで」

「そっか、それならいいんだけど」

「なんでそんなこと聞くんだ?」

「いやね、モランさんってそこそこ腕の立つパーティのリーダーなんだけど、良くない噂があって」

「良くない噂?」

「噂は噂だからあんまりはっきりとは言えないんだけど――」


 そこに元気な声が割り込んできた。


「すいません!!」


 小さな女の子だった。

 ルリより少し大きい程度の、胸にどんぐりで作ったペンダントをかけた、十にも満たなそうな女の子。

 それに女の子の影には、それよりも背の高い男の子がいた。


 女の子の視線は、ライネ嬢を見据えていた。


「えーと、どんなご用かな?」

「依頼を出したいんですけど!」


 女の子は堂々と言った。


「リシェールの丘まで護衛を頼みたいんですけど!」

「んーと、ごめんね。お父さんかお母さんはどこかな?」

「レニーはね! お母さんの誕生日にお花を上げたいの! でね、びっくりさせたいから秘密なんだ!」

「そうなの、すごいわねー」

「お、嬢ちゃん偉いな。誕生日のお祝いは大事だもんな」


 リクウが褒めると、レニーと名乗った女の子は、


「うん!!」


 と元気な返事をした。


「お金も持ってきました!」


 レニーは背伸びをして受付に革袋を置いた。

 一応、といった感じでライネはその中身を検める。

 中からは銅貨ばかりが数十枚出てきた。


「うーんとね、これじゃあ冒険者さんを雇うのはちょっとむずかしいかなー……」

「そうなの……?」


 レニーは途端に元気をなくす。


「ほら、やっぱり言った通り無理じゃないか」


 レニーの影に隠れていた男の子が口を開いた。

 レニーはそれを聞いて泣きそうな顔をしている。


 ライネもいたたまれない様子でふたりの子供を見ていた。


「その依頼、俺が受けようか」


 リクウが言った。


「ほんと!?」


 レニーの顔が途端に輝いた。


「でもリクウさん……」

「お母さんの誕生日を祝うのは大事だろうよ。なら手伝うよ。暇だし」

「いいの!? ありがとう!」


 とレニーは元気良く言った。

 後ろの男の子はと言えば、リクウを疑うような眼差しを向けていた。


「まあリシェールの丘なら近場だし大丈夫だとは思うけど……」


 ライネは若干心配そうにしていた。


 そこにとことことルリがやってきた。

 ルリの来た方を見ると、ガックリと肩を落としたバルテ老が目に入った。

 どうやら勝てなかったらしい。


「なんじゃなんじゃ? なんの騒ぎじゃ?」

「ルリ、依頼だ、行くぞ」

「ほう、どこに行くんじゃ?」

「リシェールの丘だよ!!」


 レニーが割り込む。


「なんと。もしやこの子が依頼主か?」

「そうよ。俺はこのお嬢ちゃまお坊っちゃまの護衛をする」

「報酬は――――」

 

 とルリが言いかけて口を閉じた。それから、


「関係ないか。まったく、人のいいことじゃて」


 ルリは呆れたようにしつつも、その口元は笑っていた。

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