16.破滅の日
朝起きて、二日酔いを覚ますための迎え酒が始まる。
もう滅茶苦茶である。
レッドパイソンの肉が一欠片も残っていないことを咎めるやつはいない。
一匹いたのだからもう一匹もすぐに見つかるだろうと、実にポジティブな結論が考えなしに下された。
天気は良く、気温も心地よく、酒も美味い。
文句のつけようのない森での朝であった。
全員が赤ら顔で、誰もが笑っていた。
手分けをして探す、という頭のいい方法を提案したのはルリで、全員がそれを拍手で褒め称えた。
三組に分かれての捜索が行われ、しばらく経ってからドワーフの大声が森に響いた。
「おーーーーーーーーーーい!! こっちになんかあったぞおおおおおお!!」
なんか、という時点で絶対にレッドパイソンではなかったが、皆が興味津々でドワーフの元に集まった。
そこにあったのは、洞窟であった。
小さな山の岩肌に、ぽっかりと洞窟が開いていた。
洞窟は地下へと下るように続いており、その奥がどうなっているのかはわからなかった。
レッドパイソンのような巨大な蛇がこのような洞窟にいるとは考え難い。
しかし、喜び組の反応は以下のようなものであった。
「どうする?」
「行くか?」
「行っちゃいます?」
こうして洞窟への突入が決定した。
発見してしまったからには探索する。それが男の浪漫である。
ここで問題が発生した。
松明が作れないのである。
全員の持ち物は気持ちの良いくらい酒と食料で、面白くないものを持ってくるやつなどいなかったのだ。
ひとりを除いてぼんやりと酔いの回った頭で「あかりはどうしよう」と立ち尽くしていた。
「さて、じゃあ行くかの」
と先陣を切ったのはバルテ老で、洞窟に入り込むと魔術で輝く光球を作り出し洞窟内を照らした。
媒介もなしにこういった魔力塊を維持し続けるのは極めて高度な術ではあるが、それについて考えるものはいなかった。
明るくなってすごい便利じゃん、そんな思考から酔っぱらいどもは歓喜の声を上げた。
洞窟内は、どこか妙であった。
歩きやすすぎるのだ。
なだらかな勾配の岩場は人工的とも言える整い具合をしており、酔っぱらいの足に優しく、コウモリなどの不快な生き物の影が全くない。
この時点で、何かがおかしいのではと考えるべきであった。
しかし、そんな正常な思考を持つものはここには存在しなかった。
なんか面白いものが見つかればいいなぁといった実に単純な思考で洞窟に入り、歩き安くていいじゃんと思うやつらしかいない。
そんな時だった。
「待て、なにかいるぞ。音が聞こえる」
人狼のバンテスが言った。
全員が立ち止まって耳を澄ますが、獣人以外にその音を拾える者はいなかった。
動くか動くまいか迷っているところで、洞窟の先、光が届くギリギリの距離に、なにか動くものが見えた。
骸骨だった。
立って、しかも動く、紛うことなきアンデット。
二体の骸骨はそれぞれ剣と槍を手にし、突如駆け出してきた。
リクウが前に出て、杖で骸骨たちの足を払った。
それだけで骸骨は倒れ込み、倒れ込んだ骸骨はドワーフの手で無慈悲に砕かれた。
こういったアンデットは自然発生しない。
つまりここには何かがある。
酔っ払いと言えどもリクウとルリ以外は熟練の冒険者であり、その異常事態に感づいていた。
が、全員が「まあ行っとく?」くらいの実に軽いノリで探索の続行をそれぞれの脳内で決定した。
骸骨には何度も遭遇したが、すべて同じように対処した。
三度目の遭遇をする頃には、リクウが転ばし、ドワーフがトドメを刺し、残りのみんなが応援するという必殺の陣形が完成していた。
「この先大きい空洞があって、たぶんそこで行き止まりだ」
バステルがそう告げた。
洞窟は思いの外深くはあったが、ついに終わりが見えてきた。
バルテが光球を空洞へと先行させた。
そこには骸骨がひしめいていた。
自然では有り得そうにもない大空洞。
喜び組の面々がそこに踏み入れると、無秩序にうごめいていた骸骨のすべてが入り口を向いた。
そこにはバルテの光球以外の光源もあった。
壁面には等間隔で魔導ランプが設置されて、骸骨たちを不気味に照らしていた。
骸骨たちは、すぐには襲ってこなかった。
リクウたちの真正面に道でも作るかのように左右へと分かれた。
そうしてその奥には、黒い外套を着た骸骨が佇んでいた。
「貴様ら、なにも……」
骸骨から発せられた言葉は、声というよりも低い唸りが結果として言語を形作っているような響きがあった。
が、その言葉は最後まで紡がれることはなく、リクウの大音声によってかき消された。
「大将首だああああああああああああああああああ!!!!!!」
リクウが骸骨たちが作った道に一直線に駆け出した。
骸骨が道を塞ぐように狭まろうとするのを、バルテの魔術が阻止した。
足元の岩場が隆起して骸骨たちの体勢を崩したのだ。
その時にはもう、他の者も動いていた。
ドワーフの三人組も、バステルも、エルフのカミーラまでも短剣を持って骸骨を退け、リクウに道を作るように動いていた。
死霊王は、純粋な驚きに支配されていた。
話をしようともせず、自分の元へとやってきたこやつらは一体何者なのか、と。
死霊王はその一瞬で幾通りもの予想を立てたが、その中に「宿屋のおばちゃんの誕生日プレゼントを探しに来て、たまたま見つけた洞窟を探検してみている酔っぱらいたち」というものは存在しなかった。
死霊王が動いた。
手にした錫杖を地面に打ち付ける。
魔術をもっての威圧である。最速の術式であり、リクウの突撃も間に合いはしなかった。
死霊王の放った魔力が、洞窟内の全員を襲った。
本来であればそれは、全員にいくらかの隙を作った可能性がある。そうなれば交戦中の者は骸骨の攻撃を受けることになり、一度傾いた天秤を覆すのは極めて難しかったに違いない。
こういった精神攻撃系の魔術には、弱点がある。
それは、正常な精神状態ではない人間には、効力が薄いというものである。
喜び組の面々は、もれなく正常ではなかった。
誰の手も、止まることはなかった。
リクウが駆ける。
影を置き去りにするように。
疾風のように。
死霊王への道を阻む最後の骸骨たちを杖で弾き飛ばし、死霊王へと迫る。
肩から入った。
死霊王へと右肩をぶつけるような突撃。
「唵!!」
そうして激突の瞬間に背面が当たるように回転し、全ての勢いと霊力をぶち当てた。
落雷のような大音響が空洞内に響いた。
死霊王が、文字通り弾け飛んだ。
空洞内にいた骸骨たちが、糸の切れたように倒れていく。
リクウは杖を掲げ、高らかに宣言する。
「勝ったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ドワーフたちが駆け寄り、それぞれが、
「シャア!!」
「ラァ!!」
「ウッシャア!!」
とリクウとハイタッチをかます。
喜び組の面々はなんかやってやったぜと喜びに跳ね回っている。
自分たちが知らぬ間にヴェローズを救っていたと気付きもせずに。
こうして、誰も知らないうちに死霊王の企みは消え去った。
本当の破滅はある日突然、しかも理不尽にやってくるものだ。
***
洞窟での探索は、思わぬ成果をもたらした。
それは、奥にいた骸骨の錫杖に、巨大な魔石が使われていたことだ。
このクラスの魔石というのはそうはない。
売れば億万長者、とはいかないが、結構な期間遊んでくらせるような代物ではある。
昼をすぎたころに喜び組はレッドパイソンの探索をあきらめ、今までの勢いはなんだったのかと思わせるほど普通にヴェローズへと帰った。
錫杖を売って現金に変え、その一部を使って運良く市場に出ていたレッドパイソンの肉を購入して、残りは均等に分配した。
そうして翌日、おばちゃんの誕生日。
リクウはおばちゃんが受付している時間帯を狙った。
リクウを先頭に、喜び組の面子全員で猫の尻尾亭へと入った。
「どうしたんだい? 大勢で」
おばちゃんは目を丸くしてリクウたちを見ていた。
「おばちゃん、今日誕生日なんだろ? みんなでこれを食おうよ。うちらで取ってきたんだ」
リクウはレッドパイソンの肉を掲げて見せた。
「あたしなんかのためにそんなわざわざ。ばかだねぇ……」
そう言いながらも、おばちゃんは本当に嬉しそうだった。




