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15.宵越しのご馳走は持たない


 いくら酔っ払いと言えど、ある程度の準備をするくらいの分別はあった。

 行くと決まるが早いが、全員が即座に動いた。

 各々の面子が外に買い出しに行き、荷物を作っては戻ってきた。

 それでも、準備は記録的な速さで終えられた。


 レッドパイソンの討伐を目指すパーティとしては、恐ろしいほどの速さであった。

 

 昼過ぎに喜び組は出発した。

 

 リクウを先頭に、幼女、獣人、ドワーフが三人、老人にエルフと続く。

 道中は、騒がしいことこの上なかった。

 

 酔っ払ったリクウが賛七偈という七光如尊を賛嘆する歌をめちゃくちゃなリズムで歌うと、歌を知りもしないその他の面子があーあーうーうーと適当に声を合わせて歌い始めた。

 その絵面は冒険者のパーティというよりも単なる酔っぱらいの集団で、シラフであるルリだけが勘弁してくれと気乗りしない様子でぷかぷかと浮いてい移動していた。


 森に入ってもそれは変わらず、誰かが歌ってはそれに合わせての大合唱が続いていた。

 もちろん危ない。

 それほど危険の多い森ではないが、レッドパイソンを代表とする凶暴な魔物もいくらかは生息しているのだ。

 その中で、こんなにいかにも狙ってくださいと自身の存在を主張するのは自殺行為に他ならない。


 が、その迂闊さと、強運が逆にいい方向に働いた。

 危険な魔物と遭遇する機会が実は何度かあったが、それらは迂闊な獲物と見るよりも、正体不明の脅威といった認識をして遭遇を避けた。

 結果として喜び組は全く魔物と遭遇することなく西の森を闊歩していた。


 西の森は高い木に覆われた森だ。

 そのため、雨上がりだというのに地面は泥濘んだりせずに酔っ払いの足にも優しかった。

 これだけ歩いていたら酔いが覚めるのでは? と思うかもしれないが、それは甘い考えだ。


 飲んでいるからだ。

 歩きながら。

 酒を。


 木筒、革袋、瓶をそのまま。

 どんな形にせよ誰もが酒を持っていた。

 さすがに歩きながらガブ飲みというわけではなかったが、酔いが覚めない程度にはちびちびと飲み続けていた。


 リクウたちは歌いながら森を彷徨った。

 レッドパイソンはなかなか見つからなかった。

 手分けをして探そう、と発言するものなど誰もいない。

 故郷のじいさんがした愉快な失敗を話すヤツはいても、効率良くレッドパイソンを探すにはどうすればよいかなどとつまらない話をするやつはここにはいないのだ。

 

 日が暮れ、木々の隙間から夕暮れの光が差し込んでいた。

 葉を踏みしめる音は鳴りを潜め、誰から言うともなしに、今日はここで野営でもするかと皆が座り始めた。


 森の中の開けた空間だった。


 相談もせずに各々は動きだし、各自が薪になりそうな木や枝を集めた。

 日が暮れる頃には焚き火が暖かさと柔らかな光を提供していた。


 そうなって何をするかと言えば、宴会である。

 ドワーフの三人が準備してきたものは、なんと酒と食料が全てであった。


「おいおいおいおい」


 リクウは目の前に繰り広げられる光景に目を疑う。

 続いて老魔術師とエルフが持ってきた荷物が広げられる。

 ほとんどが酒と食料であった。


「おいおいおい、お前らマジか」


 最後にリクウが荷物を広げる。

 全て酒であった。

 大してなかった有り金が、全て酒に化けていた。


「これじゃあ一晩中飲めちまうじゃねぇか!!!!」


 リクウはめちゃくちゃいい笑顔で笑った。


 宴が始まった。

 いい加減酔っ払いの中で一人シラフでいるのが辛くなったのか、ルリまで飲み始めた。

 見た目幼女が酒を飲んでいるというのに誰も止めようとしない。

 それどころかいいぞー、やれやれーという声まで聞こえる。

 ルリが見た目通りの幼女ではないことをみんな察しているのか、それとも何も考えていないのか、誰もわからなかった。


 焚き火を囲んで多様な種族が飲んでいる光景はある種幻想的かもしれない。

 焚き火の周りをルリが跳びはねながら踊っていた。

 それに合わせて全員が手拍子。

 歌が始まる。


 リクウも道中で覚えた冒険者の歌。

 歌の調子は陽気だが、その内容はそうでもなかった。


 我ら冒険者は恐れるものなし。

 栄誉と金を求めてどこまでもゆくぞ。

 もし俺が帰らなかったら故郷のあの子に伝えておくれ。

 俺は誰よりも勇敢であったと。


 宴会は続き、夜も更け始めていた頃だった。


「なあ」


 人狼のバステルがいくらかトーンの低い声で言った。


「なんだなんだぁ!?」


 全員がこれからどんな面白いことを言うんだと期待の眼差しをバステルに向ける。


「オレらぁレッドパイソンを捕まえに来たんだよなぁ?」


 全員が一瞬「うん?」という顔をしたが、それから口々に同意を示した。


「じゃあよぉ、あれ」


 バステルが、指をさした方向は、リクウの背後であった。

 リクウが振り返る。


 そこには、人の何倍も身の丈があり、リクウの胴回りより太い胴をした巨大な蛇が屹立していた。

 一見すると木のようにも見えるが、それには確かな頭部があり、ふたつの眼に、しゅるると不気味な音とともに出し入れされる舌があった。


 吹き荒れる風のような威嚇音。


 最速で動いたのはエルフのカミーラであった。

 放った矢が頭部に命中し、僅かに遅れて老魔術師のバルテが動いていた。


 地面から浮き上がった砂と小石が意思を持ったかのように動き、砂塵となってレッドパイソンに襲いかかった。

 砂塵は頭部の前で二筋に分かれ、レッドパイソンの双眸を正確に貫いた。

 地鳴りのようなレッドパイソンの鳴き声が響く。


 レッドパイソンは苦しみながらも鎌首をもたげ、丸太での打突のようにリクウたちに突っ込んできた。


 リクウはそれを弾いた。

 激突に完璧にタイミングを合わせ、左から右に杖を器用に操り、殺人的な霊力を込めてぶん殴った。

 巨大蛇が地面に叩きつけられ、人狼がその首に爪を突き立て動きを封じ、三人のドワーフが凶悪な斧で巨大蛇の頭部を滅多打ちにした。


 戦闘時間が十五秒以上かかったということはないはずである。

 巨大蛇が痙攣し、それを最後に動くことはなくなった。


「ッシャア!!」

「ォラア!!!!」

 

 という威勢のいい叫び声が夜の森に響き、ハイタッチや拳をぶつける音がした。

 ルリはといえば、レッドパイソンの死体の上に乗って、片膝を曲げて前に出し、両手を腰に当て、凛々しい眼差しで前を見据え「妾が倒した」と言わんばかりのポーズを取っている。


「なあ」


 リクウは老魔術師のバルテに話かける。


「レッドパイソンってなぁめちゃめちゃ美味いんだよな?」

「ああ、美味いぞ。儂も食ったことはある」

「酒には、合うかな?」

「合うぞ、ありゃあ最高だ」


 リクウが杖をドンと地面についた。

 皆の目がリクウに集まる。


「われわれはぁ! れっどぱいそんを討伐したぁ!!」

「おおおおおおお!!」

「殺めた命はぁ!! できる限り食べて血肉にしろというのが俺の宗派の教えだぁ!!」

「いい宗派だぁ!!」「俺らも従うぞーーーー!!」

「そういうわけでぇ!! おばさんの分を残してぇ!! いただこうと思うぅ!!」


 ドワーフたちの手により、レッドパイソンは驚くべき早さで解体された。

 レッドパイソンは焼いて食う。

 適当な木串を作り、そこに肉を刺しては焼く。

 

 ここでも老魔術師は活躍した。

 老獪というやつか、その経験は準備の入念さにも活きていた。

 塩を持ってきていたのである。


 全員の手に、レッドパイソンの塩焼きと、酒が握られた。

 

「乾杯!!!!!!」


 酒瓶そのままでの乾杯。

 全員が瓶に口をつけて酒を飲む。


 そうして、全員が同時に塩焼きを口にした。

 咀嚼し、口の中に肉の味と、程よい塩加減が広がる。


 リクウは叫ぶ。


「うめええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 ***


 ところで。

 おばさんの分を残すとリクウは決めた。

 全員が当然それには賛成していた。


 ただし、この決議には穴があった。


 どのように残すかを全く決めなかったのだ。


 リクウは誰かが残すだろうと思った。

 ルリも、バステルも、ガイラとオルティガとナッシュも、カミーラもバルテも、誰かが残すだろうと酔っ払った頭で考えていた。


 するとどうなるか。


 おばさんの分は、なかった。

 夜が明ける頃には、レッドパイソンは骨しか残っていなかったのだ。

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