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12.冒険者資格


 あろうことかリクウは真っ昼間から酒をやっていた。


 昼間のギルドの酒場は喧騒から程遠く、昼食や待ち合わせの人間がわずかにいるだけだった。

 その日は朝からやることがなく、ギルドに行けば何かあるだろうと来てみたはいいが、残念なことにおもしろそうなことは何もなかった。


 ピピンたちがいればここらへんの観光名所であるゼーレの滝を見に行く話でもしたいと思ったのだが、生憎と今日は不在らしい。


「のう」

「ん?」


 ルリだった。

 リクウが飲んでいる間にどこかに行っていたルリが、眼鏡をかけた女性を連れて戻ってきたのだ。

 

「ライネが主に用があるらしい」

「ちょっといいかしら?」


 言いつつも女性はリクウの返事を待たずに対面に座った。

 ギルドの受付だとリクウは記憶している。ギルドの受付には二人いて、リクウの認識で片方はきれいな方、もう片方は腕相撲が強そうな方である。

 このライネと呼ばれた女性はそのきれいな方であった。にしてもライネという名前は知りもしなかった。どうやらルリにはリクウの知らない交流もあるらしい。


「なんでしょう?」

「リクウさんって冒険者資格に興味あるわよね?」

「いやー、そうでもないですかねー」


 言ってゴクリと酒を飲む。

 今日は果実酒だった。浪西涯の強い酒も悪くはないが、さすがに日中から酔っ払うのはどうかと思う程度の良識はリクウにも存在していた。


「あれ!? 聞いてた話と違うんですけど!?」

「聞いてた話? ルリか?」

「妾は知らんが」

「グスタフさんよ。リクウさんが資格に興味あるって聞いたんだけど」

「ああなるほど」

「ってことはあるのよね?」

「ないかあるかで言えばありますかね、ギリギリ」

「じゃあさ、この際取ってみない? ライセンス。今なら職員も暇してるし」

「でも俺字ぃ読めないですよ。なんか試験するんでしょ? それに実際問題異国人でも取れるんですか?」

「だいじょぶだいじょぶ、むしろ身分証明になるわよ。試験だって簡単な面接と実技だけ」

「実技とは?」


 ライネはニヤリとし、


「腕っぷしってこと。マトーニャの人なんだからそれは大丈夫よね?」

「まあ、そこそこですかね」

「じゃあやってみない? さっそく」

「うーん……」


 あって悪いことはないのだろうが、別になくてもいい気はしていた。

 それに、こうまで勧められると逆に取りたくなくなってくる、妙な天邪鬼が発動していた。


「取ってしまえばよかろうに、こうして昼間から飲んでいるよりは建設的じゃろうて」

「これはこうして昼間から酒で身内みのうちに渦巻く煩悩を清めているんだ。これ以上に建設的なことなんてあるか」

「もしかしてあれか? 主はその試験とやらに落ちるのが怖いのか?」


 リクウは立ち上がり、凛々しい眼差しをライネに向けて言う。


「やります」


***


 ライネはリクウとルリをギルドの裏手へと連れて行った。

 ギルドの北側は訓練所になっている。

 訓練所といっても実質的には何もない空き地で、暴れても壊してしまうものがないというのがこの場所の唯一のウリだ。


 面接はライネの裁量ですっ飛ばすことにした。

 通常、冒険者資格を取る場合は面接と実技の二つが行われる。

 面接といっても難しいものではなく、最低限の常識を確かめるためだけのものだ。

 ハイレベルな品行方正など求めたら最後、冒険者はこの世界から姿を消すだろう。


 冒険者の面接は、いくらなんでもそいつはヤバい。といった相手を取り除くためにある。

 例えばまだ声変わりもしていない少年だとか、食べたばかりの朝食を要求する老人だとか、見えない誰かと常に話し続けている御仁とか。

 笑い事ではなく、こういった志願者は定期的にいるのだ。だからこそ面接が設けられている。


 ライネがこれを説明したところ、ルリが、


「昼間っから酒を飲んでいる生臭は大丈夫なのか?」


 と言ったがライネは笑って誤魔化した。

 普段の素行と、一部冒険者からの評価を見れば問題なしと判断するそうだ。

 部分的な素行不良はほとんどの冒険者にあるのだから。


「それで? ここで何をするんで?」


 リクウは緊張感のない伸びをしている。

 ライネからみても大物なのかやる気がないのかちょっと不安になる。


「ちょっと待っててね。もうすぐ来てくれると思うから」


 すると背後から革鎧をつけた中年の男が現れた。

 エドガンだ。

 エドガンは引退した冒険者だ。元々はかなりのベテランで金級ゴールドまで上がった冒険者だったのだが、足に癒しきれぬ傷を負い、それからは冒険者ギルドで働いている。

 主な仕事は冒険者資格に関する資格試験や新米冒険者のサポートなど多岐に渡る。全盛時の力はないにしても、それくらいの仕事をこなせる力はまだまだあった。

 今日はこのエドガンの予定が空いているということもあって、ライネは急遽リクウに資格試験を勧めたのだった。


「この兄ちゃんが志願者かい?」

「そう、お願いねエドガン」

「よろしくお願いします」


 とリクウが頭を下げる。


「おう、よろしくな、兄ちゃん」


 ライネはひとつ咳払いをする。


「では、試験を始めたいと思います。試験内容はこのエドガン氏と簡単な模擬戦を行ってもらうものとなっております」


 質問、とリクウは手を上げる。


「はい、リクウさんどうぞ」

「模擬戦ってのは、素手ですか?」

「そこはご自由にですが、基本的には一番得意なものが良いかとは思います」


 リクウがキョロキョロとあたりを見回し、訓練所の隅にあった長めの棒を持った。


「これ、使っていいですかね?」

「どうぞ」


 エドガンも対武器戦となって木剣を手にした。

 リクウは手の中で棒を弄んでいる。棒の長さは背丈ほどだ。

 リクウは棒を両手で持ち、だらりと下段に構えた。


「いざ」


 リクウとエドガンが対峙する。

 リクウの周りを包む空気が、変わったような気がした。

 ライネは気配の変化を感じて、補足を伝えようとした。

 この試験は、ある程度戦うことができさえすれば合格であるということを。

 銅級の資格を取ろうとするものが、そもそも金級の冒険者になど勝てるはずがないのだから、当然の話なのだが、リクウの気配はそれをあえて伝えなければと不安にさせられるものであった。


 ライネが口を開こうとしたその時だった。


 エドガンがすっ転んだ。

 気付いた時には、リクウが倒れたエドガンの喉元に棒先を突きつけていた。

 ライネから見たら、何が起きたかわからなかった。


「これで合格ですか?」

「いえ、まだ始まっ……」


 エドガンが、頼むからこれ以上は勘弁してくれという目でライネを見ていた。

 ライネはその目を見て、察した。


「合格です。おめでとうございます」

「しゃあ!!」


 とリクウは急に気合がこもった声を出した。


「やるではないか!!」


 とルリも嬉しそうな声をあげている。

 リクウはルリの元まで近づいて膝立ちになり、右手、左手、両手と順にハイタッチをしていき、その後は拳をぶつけたりと何やら騒々しい。


 ライネの胸中は、想像だにしなかった結果に穏やかではない。

 エドガンは、引退したとて元金級の冒険者である。ちょっとした不意打ちでやられるような相手ではない。

 それに、ライネの目からは最初から最後まで何も見えなかった。

 起きた結果から逆算すれば、リクウはあの棒でエドガンの足を払ったのだろう。

 目の前で起きたはずのそれが、ライネの目には映らなかった。


 マトーニャの人間。飲んだくれにしか見えなかった男が、噂に違わぬ武勇を見せつけた。

 この愛らしい幼女にしても、リクウの使い魔だと思っているがその正体は不明だ。

 

 目の前にいるリクウとルリは、うぇーいとお気楽に喜びを示している。悪さをするようにはとてもではないが見えない。

 それでもライネはマトーニャ人という存在に、そこはかとない畏怖を感じていた。


***


 夜。

 リクウはまだ冒険者ギルドにいた。


 もらいたての銅で作られたタグを、これ見よがしに首から下げている。

 最低階級のライセンスをこうも誇らしく見せびらかす人間もそうはいない。

 

「あれっ、リクウさんライセンス取ったんですか?」


 ピピンであった。


「おうよ、これで俺も銅級冒険者ってやつよ」

「いいじゃないですか、じゃあ今日は記念に僕が奢りましょうか」

「おっ、いいのか?」

「お世話になってますしね」


 三人で飲んでいると、四人の男が現れた。


「あんちゃん冒険者になったのか、俺が口きいといてやったからな」


 グスタフたちであった。


「おう、これで俺も冒険者ってやつよ」

「じゃあ記念に俺がおごってやろうか」

「お、いいのか?」

「そこの兄ちゃんの分までおごってやるよ」


 夜のギルドの酒場では喧騒が渦巻いていた。

 リクウのいるテーブルは一際騒がしい。

 

 酒が運ばれる。

 料理が運ばれる。

 宴会が始まる。

誤字報告ありがとうございます。

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